貴族の本性

 数時間後、ルロナ、ファレナ、ビヤレルの3人は貴族が住んでいる四階建て豪邸の近くの広場に集まった。

 特異点冒険者が2人もいるからか、広場にいる多くの人間の視線が集まっている。

 すぐに3人は情報を交換した。

 まずはビヤレルがゴチルから手に入れた情報。

「どうから、例の貴族は魔族とつながってるみたいだ。奴らはこの街の重要な書類や技術を魔王に伝えてるんだと。新型の通信装置や、都市の細かな設計図まで。…それらがすべて、魔王軍の手に渡っているそうだ」

 国王の言っていた貴族妙な動きとはまさにそれだった。つまり、貴族は魔王軍のスパイだったのだ。

 だが、ルロナはそれに小さな疑問を覚えた。

「あれ?この前のアソという魔物も魔王軍のスパイなんですよね?すでに内部に貴族というスパイがいるのに、わざわざ外から送り込んでくる必要があるんでしょうか」

 ファレナも顎に人差し指を当てて考え込む。

「確かにそうね。狡猾だって言われる魔王がわざわざそんな無駄ことをするようには思えないし。一体どういうことなのかしら」

(二重スパイ?奴は囮?しかし、結局貴族の悪行が国に気づかれている。何故そんなことを…。…魔族は何も魔王軍だけではない。まさか、奴は魔王軍では…ない?)

 ルロナが思考のループに飲み込まれそうになったところで、それを遮る者がいた。

「まあまあ、今はあの貴族をどうしてやろうかってことについて話し合おうぜ」

 それかけた話をビヤレルが戻し、ファレナが得た情報について話すことになった。

「えっと、ヲネさんによると、あの貴族は子供にろくな教育を施さないそうなの?」

「自分が役目を終えた後に、この街を担う存在になるはずなのにか?」

「ええ、自分たちの都合のいいように物事を教えて、操り人形のようにしようとしてるらしいわ。そうすれば、自分が長の座を降りた後も、この街を好きなようにできるから。ホントに最低よね…」

 ルロナはこの話をしているうち、つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。ルロナは殺し方や人の操り方にはこだわりがあった。その上で、この貴族のやり方は、ルロナが嫌いな方法であった。

(もっと優雅で芸術的な方法があるだろうに…)

 そんなことを考えているうちに、ルロナの番になった。

「この街では獣人が差別されているんですよね」

 ファレナとビヤレルは「残念ながら…」という風にそれを認めた。

「どうやら、あの貴族の一族がこの街を統治し始める前は、そんなことはなかったようなのです!」

 ルロナは深呼吸をして、昂る気持ちを抑えながら言った。

「奴らは街の住民たちを支配するため、獣人たちを世間の共通の敵とし、一箇所に追い込んだのです」

「そんなことがあったのね…」

「はい」

 ビヤレルは頷いて、こう告げた。

「よし!これであの貴族を成敗する理由は十分だ!」

「できれば今すぐにでも乗り込みたいですね」

「でも…まだこの情報を国に伝えられてない以上、動くわけには…」

 すると、ルロナの背後から声が聞こえた。

「話は聞かせてもらったよ」

 見ると、そこにはフードを深々とかぶった青年が歩いてきていた。そしてルロナはその青年のことを知っていた。

「このくらいでどうでしょう、ラクラさん」

「うん。問題ないよ」

 ファレナが困惑したようにルロナとラクラの顔を見比べる。

「え?どういうこと、ラクラって、貧民街を仕切ってる人?」

「そうだよ」

 ビヤレルがニヤッと笑う。

「なるほどな。獣人には人間よりもはるかに足が速くて体力も多い種類もいる。この街は王国との距離が他の街と比べて短い。そいつらなら、三十分もあれば余裕で国王に話を通すまで持ってけるだろうな」

 ニヤッと笑ったビヤレルに対し、ラクラは優しく微笑んだ。

「そういうこと」


 ラクラは他の獣人たちにこのことを伝えるため、すぐに貧民街へ向かった。

 次に、ビヤレルが作戦をたてた。

「私とファレナが真正面から突入して、混乱を生じさせる」

「ほう」

「そしてその隙にルロナ、お前は三階の左角の窓から侵入して、中に残った連中に気づかれないように四階の中央の部屋に進み、そこにいる貴族を拘束しろ」

「拘束ですか?」

「ああ、実は国から、「もしその貴族が何かしていたとしたら、ここに連れてきてほしい」とも言われていてな」

「なるほど…」

 ルロナは貴族を殺せないことにがっかりしたが、異世界にくる前の人生で、国を敵に回すとどれほど厄介か思いしらされている。そんなことをしてしまっては、目的を果たす前に死んでしまいかねない。ルロナはしぶしぶ、それに従った。

「そのには本来、誰もいないはずだ。侵入事態は容易いぞ」

「まあ、念の為心の準備くらいはしておいたほうがよさそうですね」

「そうしておけ、もし出会ってしまっても、私達は助けられない。その危機を脱せるかはお前の腕にかかっている」

「ええ、よく分かっていますよ」


 ビヤレルとファレナの2人が豪邸の門の前に立った。

 それぞれがそれぞれの意志をもち、突入態勢に入った。

 ファレナは、ふと胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

(ヲネさんはどこか寂しそうだった…。この貴族は昔は違ったのかな…)

 ルロナは広い庭の茂みの一角に身を潜めていた。殺さない。ただ、その拳は、万力よりも強く握られていた。

 ビヤレルはそびえ立つ壁に向かって呟いた。

「準備は整ったな。さあ、年貢の納めどきってやつだぜ?」

 四階中央の部屋で、鮮血のような赤の絨毯の上に、赤黒いワインをこぼし、乱暴に酒を煽るこの男は、この後運命の扉を叩く者が、国の刃、地獄からの使者だなんて、思いもしなかった。

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