魔王の刺客?

 しばらく歩いていくと、人影が見えた。例の怪しい魔法使いのようだ。

 外見はローブとフードをかぶった若い青年。

 黙っていても状況は変わらない。ルロナは青年に声をかけることにした。

「すみません。ここで何をしてるいるのですか?」

 急に話しかけられた魔法使いは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いて返答した。

「いや、依頼を受けてここまで来たのはいいものの、対象を見つけることが出来なくて…」

「ほうほう、そうでしたか」

 そんなふうに応じたが、ルロナは確信していた。この男は嘘をついている。自らも幾度となく使ってきた安っぽい言い訳。その類の匂いには敏感だから。

 しかし、この者の目的によっては利用できるだろう。

「お前…、嘘ついてんだろ。そんなくだらない誤魔化しが通るもんか」

 ビヤレルが詰め寄った。

 唐突に指摘したビヤレルに、流石のファレナも戸惑っていた。

「えっと…、いくらなんでも、そんな風に言うのは…」

 ルロナもファレナに同調しておく。

「そうですよ。第一、何を根拠に…?」

「勘だ」

 ビヤレルはきっぱりと言い切った。

 ルロナはビヤレルを止めることができないと確信した。ビヤレルの熱い目はまっすぐ青年の方に向かっていた。

 青年も流石にそれで諦めはしなかった。

「いやいや!そんなことだってあるでしょう!そんな怪しまないでください!」

 しかし、ビヤレルは反論する。

「依頼の対象を見つけられねぇような奴が冒険者試験に合格できるわけないだろ!」

 そしてビヤレルは、より強く青年を睨みつけた。


 青年の顔が歪む。観念した青年は、ローブを脱ぎ捨て、正体を現した。

「くそ!やっぱバレるか…思ったより早かったけど…!」

 ビヤレルが彼に問う。

「お前は何者だ!」

 青年は薄ら笑いを浮かべ3人から距離をとった。

 青年は背中から翼を生やし、空を飛びだした。額からは角が生え、手と足の爪が伸び、刃のように鋭く輝いた。その姿は、まるで魔獣そのものだった。

「僕はアソ。魔王軍のスパイさ。こうなったら仕方ない!行くぞ!」

 そう叫び、アソは空中で加速し、凄まじい速度で突撃してくる。

 すると、ビヤレルが2人の前に出て、剣を構えた。そしてこう呟いた。

「スキル発動。」

 するとビヤレルの持つ剣が赤く燃え上がるようなオーラをまとった。まるで彼女の心や魂を表したように。

 そしてその剣を振り抜いた。

 剣の一閃とともに、轟音が鳴り響いた。空気が爆ぜ、山の中腹が抉り取られる。崖がごっそり崩れ落ちた。

 まるで天地が割れるような光景だった。

 しかし、アソは間一髪で身をひねりながら防御魔法を展開し、脚を失いながらも生き延びた。

 アソは体勢を立て直し、魔法を使ってきた。

「ボム!」

 アソが放った火球はビヤレルに直撃した。しかし彼女には傷一つつかない。

 煙が晴れ、ビヤレルの視界が確保された。ところがそこにアソの姿がない。どうやら、ビヤレルに勝つことができないと判断し、先程の魔法を目眩ましにし、逃げ出したのだ。きっと、今までに手に入れた情報だけでも持ち帰りたいのだろう。

 そこでルロナは彼が逃げたであろう方向を向き、「拡大」のスキルを使った。

 すると一つ向こうの山にアソの姿を見つけた。走って追いつくことはできないだろう。

 だが、今のルロナは近距離でしか戦うことができないわけではない。

 宿にて、ファレナに「初心者向きよ」と言いわれ、ファイアという魔法を教えてもらった。

 ただ、ルロナではファレナほどの、威力をそのまま出すことはできない。

 だから少しの工夫を施した。

「凝縮ファイア」

 ルロナは魔力を拳の中で限界まで圧縮した。それはただのファイアではない。エネルギーを凝縮し、矢のように細く、鋭く、貫通力と速度を共に備えた魔弾。それを放った。

 凝縮ファイアはまっすぐ進んだ。そして、凝縮ファイアの進行方向に、アソの姿が重なった。

 アソの腹は貫かれ、燃えながら落ちていった。

「ガッ…クソ…だがまだ…手はある……!」

 静かな森に、一匹の燃えたぎる魔獣は消えていった。


 ルロナは自身の手を見て、拳を握りしめた。

 あの研究所には魔法に精通している者もいた。この「凝縮」は彼の持っていた技術で、それを教えてもらったことでルロナは魔力を凝縮する。ということができるようになったのだ。

(しかし、ファレナさんには違和感を与えてしまったかも知れませんね…)


 突然妙な方向に魔法を放ったルロナに、しばしの沈黙のあと、ファレナは不思議そうに聞いた。

「なんでそっちに魔法撃ったの?っていうか、わたし、ファイアしか教えてないわよね!?凝縮って何?!」

 ルロナがスキルを使ってアソを発見したこと、それにそのスキルが奪ったものだなんてファレナに伝えるわけにはいかない。凝縮はなんとなく試してみただけだ。そのため適当な言葉でごまかしておく。

「気配を辿って魔法を撃ったのですよ!ほぼ野生みたいな環境で生きてきたので、気配を辿るのが得意なんですよ。それだけです」

「野生児じゃないんだから…。まあ、納得してあげるわ。じゃあ、凝縮は?」

「なんとなく、こんなことをやってみたら強そうだと思ったので、やってみたんですよ」

「即興でそんなことできるなら誰も苦労しないのよ!やっぱりあなた…ただの人間じゃ…」

「偶然ですよ。ほら、人って頑張ると、案外思いがけない力を発揮できるものじゃないですか。」

 そうルロナは答えた。そしてにっこりと笑ってみせた。その笑顔を前に、ファレナはそれ以上踏み込むことができなかった。

(嘘には見えない。でも真実が隠されてる気がする…)

 そんなルロナに、ビヤレルはいくら気配が辿れるからと言ってそんな正確に当てられるのかと疑問を感じたが、今は気にしないことにした。


 そして、ビヤレルが軽く伸びをしながら言った。

「なるほどな!確かに特異点に選ばれるだけはある!納得したよ!」

 3人はとりあえず、魔王軍のスパイの報告のため、依頼ギルドに戻った。


 魔王軍が動き出している。それは、ルロナにも、ファレナやビヤレルにも、これで終わらないという確信を与えた。

 それぞれの胸に、別々の想いを抱えたまま、3人は夕暮れの平原を歩いていった。

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