残響の家
@gptjdwz
残響の家
田舎町の外れに、誰も近づかない古い家があった。朽ちかけた木造の二階建てで、かつては名家の屋敷だったが、今は「呪われた家」と呼ばれ、子供たちの肝試しスポットになっていた。大学生の彩花は、夏休みに帰省した際、幼馴染の健太に誘われてその家に行くことになった。「ただの空き家だよ。怖がる必要ないって」と健太は笑ったが、彩花の胸には妙な不安が広がっていた。
夜10時、懐中電灯を手に、彩花、健太、そして地元の友人二人、優香と亮太の四人は家に忍び込んだ。玄関の引き戸は軋みながら開き、埃とカビの匂いが鼻をついた。家の中は不自然に静かで、足音だけが異様に響いた。壁には古い家族写真が傾いて掛かり、どの顔もなぜか目が黒く塗りつぶされていた。
「これ、誰かがいたずらしたのかな?」優香が震える声で言った。亮太は笑いながら「ビビるなよ!」と肩を叩いたが、その手が触れた瞬間、優香が小さな悲鳴を上げた。「何か…冷たいものが触った!」彼女の言葉に、皆の笑顔が凍りついた。
二階に続く階段を登ると、廊下の奥からかすかな音が聞こえた。トントン…トントン…。まるで誰かが壁を叩いているような、規則的な音。健太が「ただの風だろ」と強がりながら進むと、音は急に止まった。代わりに、どこからか低いうめき声が響き始めた。「うぅ…かえして…」その声は、まるで床下から這い上がってくるようだった。
彩花の心臓はバクバクと鳴り、懐中電灯の光が震えた。亮太が「もう帰ろうぜ」と言いかけた瞬間、廊下の突き当たりの部屋の扉が、ゆっくりと開いた。誰も触っていないのに、ギィ…と音を立てて。暗闇の中、扉の向こうに白い影が立っていた。女だった。長い黒髪が顔を覆い、白い着物が不自然に揺れている。彼女の足元は床に触れていなかった。
「逃げろ!」健太が叫んだ。四人は階段に向かって走ったが、階段はなぜか異様に長く感じられた。後ろから、女の声が追いかけてくる。「かえして…私の声を…かえして…!」その声は耳の中で響き、頭を締め付けた。彩花は振り返らないよう必死に自分に言い聞かせたが、優香が突然立ち止まり、目を見開いて叫んだ。「見ちゃダメ!目が…目が…!」
優香はその場で倒れ、動かなくなった。亮太が彼女を抱き上げようとしたが、彼の手が彼女に触れた瞬間、亮太の目もまた黒く塗りつぶされたように見えた。彼は無言で立ち尽くし、ゆっくりと女の方へ歩き始めた。「やめろ、亮太!」健太が叫んだが、亮太は振り返らず、女のいる部屋へと消えた。
彩花と健太は必死に玄関まで逃げ、引き戸をこじ開けて外に飛び出した。背後で家が低く唸るような音を立て、まるで生きているかのように震えた。警察に通報したが、優香と亮太は家の中で見つからなかった。家の中は空っぽで、ただ古い家族写真が一枚増えていた。そこには、目が黒く塗りつぶされた優香と亮太の顔があった。
翌日、彩花は健太と再び家を見に行った。昼間の光の下でも、家は不気味な雰囲気を放っていた。健太が「もう二度と近づかない」と呟いた瞬間、彩花の耳元で囁き声がした。「次はお前だよ。」それは、あの女の声だった。彩花が振り返ると、健太の目がゆっくりと黒く染まり始めていた。
数週間後、彩花は町を出た。だが、どこに行っても、夜になるとトントン…という音が聞こえる。鏡を見るたび、自分の目が少しずつ暗くなっていく気がした。そして、時折、背後に白い影が映る。彼女は知っていた。この呪いは逃れられない。家はまだ、彼女の「声」を求めているのだ。
残響の家 @gptjdwz
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