第10話

 俺はオークの族長の屋敷へ連れ込まれていた。


 円形の広間の様な空間の周囲には、ズラリと屈強なオーク達が並んでいる。


 その円が途切れた所にある玉座には体長二メートル強はあろうかという、一際大きく、飾り付けられた衣服を着ている隻眼の族長オークが鎮座し、俺を鋭い目つきで睨んでいた。


 広間の中心に居る俺は怯えながら族長と向き合っている。


 自力で座ることすら出来ないので、ラルフォーナに支えられながら。


 俺の境遇についての説明は済ませ、今は族長の判断を待っている所だ。


 う、うう……

 胃が痛い……


「……信用ならんな」


 長い長い間の後、族長は重々しく口を開いた。


 信用、ならん……

 俺はその言葉を聞き、血の気が引いていくのを感じた。


「族長様!」


「我々魔族は貴様ら人間によって大勢が殺されてきた。その殺戮行為の筆頭である勇者の言葉など、信ずることは出来ない。」


「ですが……彼は誰も殺していません!」


「『まだ』誰も殺していないだけだ。信ずる理由にはならん。力を隠していないと何故、断言出来る?」


「……ですが!」


「今は何かしらの理由で力が発揮できないだけで、こうしている今も我々の命は危機にさらされているかもしれん。我は族長だ。皆の安全を優先する」


 そう言うと、族長は背に背負っていた斧を手に持った。


 銀色の刃が光を反射し、ギラりと光る。

 ひ、ひぃっ!

 歯の根が合わない。


 し、死にたくない!


「……っ!」


 直後、ラスティーナは俺を抱き抱え、走り出そうとしたが、周りを囲んでいたオーク達に止められ、俺は地面に倒された。


「……言い残すことはあるか?」


 そう言い、族長は俺の頬に斧の刃をつけ、すっと血の線を引いた。


「あっ!ダメ!」


 気が遠くなり、視界がぼやけていく。


「……え?」


 最後に何かに驚いた様な、予想外な事を目にしたような声が聞こえた様な気がして、俺は意識を失った。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 視界がはっきりした俺の目に初めに写った光景は、土下座をする女神の姿だった。


 辺りを見回す。

 つい最近見た、何も無い無の世界だ。


 どうやら、俺は死んでしまったらしい。

 久方ぶりに動くようになった手足を動かし、女神へと近づく。


「…………」


 俺はしばらく女神を睨みつけた後、はあっとため息を吐いた。


 ……どうやら、女神様は意図的に俺を全ステータス1で送り込んだ訳では無かったようだ。


 頭には来る。

 頭には来るが、わざとでないなら許せないことも無い。


 そもそも、本来与えられる筈の無い人生のセカンドチャンスを貰えただけでも、ありがたいと思うべきだしな。


 結果として希望をチラつかせて握りつぶす形になってしまっただけなら、まあ。


 向こうに行けたお蔭でラスティーナを助けられたしな。


 一人だけでも、俺があの世界に行ったことによって助かった人が居たなら、いいよな。

 うん。

 そうだよな。


「……女神様、顔を上げてください」


 俺はそう女神様に声を掛けた。


「……………………………………………?」


 女神様はちっとも顔を上げようとしない。

 余程申し訳ないと思っているらしい。


 なんか、逆に少し申し訳なくなってきたな。

 俺はもう怒ってないから、顔を上げてほし……ん?


 よく見ると、女神様の土下座の形が歪だ。

 片手が妙に俺の方に差し出されている。


 俺は、その手の下に何かが敷かれている事に気がついた。

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