第一話:『あ』を探す【語り手:T崎タカト(新聞部部長 三年生 十五歳)】 月曜日(放課後)午後四時十七分
はい、僕は皆さん知ってのとおり、新聞部の部長をやってます。
他の子たちは部室にも来ない幽霊部員なので、活動しているのは僕だけなんですけどね。
つい先日、校庭に全校生徒の机が積まれる謎の出来事がありましたよね?
僕は、あれを『あ積み謎机怪奇事件』って呼んでるんです。
「全校生徒の皆さんは校庭に出て、自分の机を教室に運んでください」
あの朝、みんながざわざわ騒ぐなか、僕は一人屋上に向かいました。
靴ノ下中学校始まって以来の大事件の全体像を、上空からしっかりカメラに収めようって思ったんです。
校内放送が流れて全校生徒がぞろぞろ外へ向かうなか、僕だけが校舎の奥へ分け入っていく。その様は間違いなく異端ながら、使命感にあふれてきらきら輝いていたと思います。
それで、ひと気のない屋上の踊り場にたどり着いたところで、「あっ、鍵、開いてるわけないよな!」って気づいたんです。
ふだん、屋上に出るドアの鍵は、危険防止のために施錠してあるに決まってるんですから。
僕はがっくりしながらも、ダメもとでドアノブに手をかけて回すと、
ぎぃぃぃぃぃ……
ドアは鈍い音を上げて開いちゃったんです。
鍵が開いてる理由なんて特に考えもしないで、僕は屋上に飛び出しました。
そして、真上から校庭を見たんです。
大量に積み上げられた机の周りで、生徒会のみなさんがテキパキ指示をしているのが見える。(机運びサボっちゃってすみません)
それに応えて机を運び出そうと頑張っている男子が見える。我関せずでバックネット裏でおしゃべりしている女子グループが見える。追いかけっこしてる男子たちが見える。それを注意してる先生が見える。警察官に耳打ちをしている先生が見える。ニコニコしながらいつもどおりみんなにあいさつをしている校長先生が見える。
そんなみんなの様子を収めようと、デジタルカメラを構えた時、ファインダー越しに、あることに気づいちゃったんですよ。
積み上げられている机が『あ』の文字に見える…………ってことに。
下からだと無造作に置かれてるようにしか見えなかったけど、机は一画目の横棒の直線や三画目のぐるりと回る曲線など、ひらがなの『あ』を立体的に形作っているんだ、って気づいたんです。
そんなのただのイタズラじゃできないと思うんです。
机を無造作に積み上げるだけでも大変なのに、文字になるように配列するなんて、面倒くさすぎる作業なので。
この事件の犯人には何かしらの意図があるって事ですよね?
僕は見えない思惑の存在を知ってしまって、胸が高鳴ったんです。
だってこんな大スクープ、そうそうないじゃないですか!
『あ』の謎を白日の下に晒して校内で話題になれば、僕だけしかいないのと同じ新聞部に、やる気がある新入部員が殺到するかもしれない。
それに、クラスのムードメーカーのY崎君も僕に一目おくかもしれないし、隣の席のおしとやかで美人のK本さんが僕に惚れちゃうかもしれない……!
震える指を抑えて、シャッターボタンを押したんですね。
カシャ…
小さく音が鳴ったんですが、その瞬間、
校庭にいた警察官たちが全員、屋上の僕の方をパッと見上げたんです。
シャッター音なんてあまり大きくないんです。
ましてや、校庭でざわざわと作業をしている人たちの耳に届くとは思えない。
しかも、音に気づいてこっちを見たのは警察官たちだけ……どう考えても変ですよね……?
僕はとっさに頭を引っこめて隠れました。顔を見られてしまったかどうかはわかりません。
これはいよいよおかしいぞ!
『あ』には、絶対重大な秘密が隠れてるんだ!
後ずさりしながらゆっくりドアまで戻って、ドアノブをつかんだとき、「あ!」と声が出てしまいました。
ドア全体に、釘のようなもので引っかいて書かれた小さな『あ』が、びっしり並んでいたんです。
その引っかき傷のような『あ』は、ドアからこぼれるように、地面にまで書かれていてゾクリとしました。
さすがにたじろいでしまったけど、心を落ち着かせてこれもカメラに収めました。
シャッター音のカシャ…が鳴った時、心臓が口から出そうになりましたよ。
『あ』は机だけじゃない……『あ』が生き物のように思えて、気味が悪くなってきました。
僕はドアから校舎の中に入って、踊り場を抜けて階段を急いで下りました。とにかく屋上から離れたくなったんです。
駆け下りて三階に着くと、膝に手をついて呼吸を整えました。
さてどうしよう、とうつむいたまま歩を進めるために片足を上げると、
そこには、マジックで書かれた『あ』がありました。
あ! あ! あ! あ! と、僕は心の中で叫びながら一階に下りると、下駄箱のある昇降口に足早に向かいました。
校舎内をうろうろしてたら、警察官に変に怪しまれそうだし、このまま一人でいるのは不安でしょうがなかったので、校庭に行ってみんなの中に交ざってしまおう、って思ったんです。
異端を脱ぎ捨ててその他大勢になってしまえば、僕もみんなと同じただの中学生なんだから。
いったん森の中の木の葉になって、落ち着いたら記事をどういう感じで書こうか、と考えたり、 みんなに取材インタビューなんかもできるかもしれない。
それで下駄箱に着いて、「あ!」とまた声を出してしまったんです。
僕の隣の下駄箱に収まる、S田君の上靴のかかと部分に、『あ』と書いてあったんです。
それだけじゃないんです。
T山君の上靴にも、N城さんの上靴にも、H田さんの上靴にも、佐Mさんの上靴にも、A木君の上靴にも…………ざっと目に入る僕のクラスの三年二組の生徒全員の上靴のかかとの所に、『あ』が書いてありました。
『あ』が丸いフォルムだったせいもあるかもしれませんが、それらが目のように、いっせいに僕の事を見ているように思えたんです。
僕は怖さをまぎらわせるように、「あーーーっ」と叫ぶと、みんなの靴を下駄箱から引きずり出していきました。
『あ』が僕を敵視している!
それなら僕は、自分の身を守るためにも『あ』を記事にしなきゃならない。
それで、足元に乱雑に転がっているたくさんの上靴を一心不乱にカメラに収めました。
「なにしてるの!」
急に声をかけられて見ると、そこにはK本さんはじめクラスメイトたちがいました。
「……『あ』が……『あ』が学校を侵食してるんだよ! 秘密を暴く為に記事にしないといけないんだ!」
僕が必死に訴えると、「何言ってるの? 意味わかんないよT崎君?」と、K本さんが僕の前に歩み出ました。
そして僕の耳元で言ったんです。
「あ~~~~~あ。
『あ』は一つでいいんだって。そんなに写真を撮って増やしちゃダメじゃんか」
え?? どういう事??? と思った瞬間。
僕は保健室のベッドの上で横になっていました。
「大丈夫? T崎君?」
保健室の先生の心配そうな顔が見えました。
先生の話によると、僕は、校庭で机を運び出す途中で体調が悪くなったとか。
「え? 屋上? 君はそんな所行ってないよ? 校内放送の指示どおり、みんなで校庭に出たって聞いてるよ?」
……屋上に行った事実が無くなっていたんです。
そんなはずないと混乱していると、枕元に置かれた僕のデジタルカメラが目に入りました。
撮った写真を見ようと画像フォルダーを開くと、
全く身に覚えがない、三年二組のクラスメイトのみんなと写る集合写真が、一枚あるだけだったんです。
その日の昼休み、みんなの上靴を見て回りましたが、かかとにはそれぞれの名字が書いてあるだけでした。
三階の階段付近も、『あ』の文字は見当たらずで。
先生に無理を言って立ち会いのもと、鍵を開けてもらって屋上にも出ましたが、ドアには何も書かれていませんでした。
地面にも文字は無く、代わりに一本のネジが転がっているだけでした。
「T崎~、もういいか~?」
昼休みの時間が減ってしまった先生が、少しいらだったような声を上げるなか、僕は混乱したままふらふらと屋上の柵の前に来ました。
そして見下ろすと、そこには全ての机が片付けられて殺風景な校庭が広がるのみでした……。
それから僕は、休み時間になるたびに、校内を廻って『あ』を探しています。
何度も何度もぐるぐるぐるぐる学校中を探しています。
あのわけのわからない怪奇な出来事、『あ積み謎机怪奇事件』の謎を解くために……。
***
三枝夕(以下 ユウ):僕たちが机を運んでる間に、T崎先輩がこんな不気味な体験をしてるなんて……。
二宮知尋(以下 チヒロ):そもそもT崎の話は本当にあった出来事なのかな?
『あ』はカメラに残されてなかったし、上靴や階段など、どこにも文字は無かったみたいだし。全ては彼が見た夢なのかもしれないよ。
一ノ瀬天馬(以下 テンマ):でもさ、校庭に机が積み上げられていたのは事実だろ?
俺はK本さんの言葉が気になるな。
「『あ』は一つでいいんだって。そんなに写真を撮って増やしちゃダメじゃんか」
やっぱ『あ』には何か意味があるように思えてしょうがないよ。
チヒロ:念のため、三年二組に聞きこみをしてみたんだけど、みんなT崎の事をおかしなやつだって笑っていたよ。
中でもK本は、一番T崎の事を馬鹿にしていたな。
ユウ:わぁ……。T崎先輩にはつらい事実ですね……。
テンマ:引き続き、他のみんなの異変話を集めよう!
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