Battle No.5 ご誘拐だあっ

 うちの有能メイドマリアは言った。


「潜入しましょう」


 彼女のプランは誰にもバレずにアンナの部屋に潜り込むことらしい。


「えっ? どうやって」

「この屋敷には隠し通路、そして構造的に人がギリギリ通れるような抜け道がたくさんあります。今のナタリー様のフィジカルならそれらを利用することができるはずです」

「確かに……でもなんでマリアがその抜け道を?」

「メイドとしての嗜みです」

「そうかな……そうかも……」


 彼女は謎の多いメイドである。

 後ろに付いて行き、最初のスタートポイントは屋根裏であった。


「その天井には隠された隙間がありますので、そこまで登れば屋根裏に侵入できます」

「まじかよ。リードお願い」

「はい」


 まるで猿のように、彼女は壁の柱に登って隙間に入った。

 速くない? 最近体力が結構強くなったのにあのスピードに勝てる自信がない。

 落ちることを心配しながら、僕は慎重に壁の上まで登った。

 屋根裏の抜け道をくぐり抜け、その次は窓の外。屋敷の構造的に、そこには外壁を横断する小さな足場があり、壁に密着すれば道として使えなくもない。

 しかも雨のせいで体が気持ち悪いし、足が滑りそうになる。

 もし踏み外したら、約五メートルの高さから落ちてしまう。


「こわいこわいこわい」

「落ちいてください、カリン様の暴力に比べればなんともありません」

「そうだけど、クソっ!」


 小さく進むと、行く先には大きな窓があった。

 窓に密着し、まるで顔で窓を拭いているかのように前進する。


「人が来ました、隠れてください」

「隠れてって、どうやって!」

「窓際に掴んでぶら下がるのです」

「うそだろ⁉」

「考える余裕がありません、早く!」


 まるでとある有名な宝探しアクションゲームの主人公のように、僕たちは窓際にフックする。

 おそらく自分の腕に命を預けるのはこれが人生で初めてだ。考えるだけで痺れそうになる。


「通り過ぎました、上に登れますか?」

「待ってくれ、手が硬直してて」

「私の手を掴んでください」


 確かにボルダリング用語的にはダイアゴナルと言うんだっけ?僕は背筋を伸ばしてマリアの手に掴み、彼女が力を入れると同時に壁を蹴ってジャンプする。


「よいしょっと! やっぱ怖え!」

「流石はナタリー様、お上手です」

「あ、ありがと。それにしてもマリアすごいな、動きがなんか本の中にある暗殺者みたいだ」

「そ、それは……」


 マリアは一体何者だと、目を逸らす彼女を見て僕はそう思えざるおえなかった。

 この歳でこんなエクストリームスポーツのような移動手段をマスターし、窓の外にいるのになぜか家の中の動きを感じとれる。

 さっきだってそうだ、まるで瞬間移動かのようにセシリの後ろを取った。

 もしかして。


「君ってさ」

「は、はい?」

「体を動かすのが好きだったりして?」

「……その通りです」


 なんだ、僕の思った通りみたいだ。

 種族はフィジカルがつよい獣人だし、それだったらあの動きは理解できる。五感もきっと澄ましているに違いない。


「やはりそっか! じゃあ今度山遊びにでも行こうよ」

「はぁ……はい、ナタリー様がそうおっしゃるなら」


 別に恥ずかしがらなくてもいいのに。前世のクラスメイトにボルダリングガチ勢がいるくらいだし、そういう人って意外といるんだよな。

 こんな頼もしい味方のおかげで、その後もバレることなくアンナの部屋までたどり着いた。

 もっと正確に言うと、


「侵入するのか、窓から……?」

「もちろんです、ドアの方は絶対に見張りがいますから」

「アンナを怖がらせないといいんだが」

「ちょっと待ってください、部屋の中に二人の気配が」


 先行している僕はバレないように窓の横に足を止めて、部屋の中を覗き込む。


「セシリじゃないでくれ……なにっ⁉︎」

「どうしたのですか」


 僕の目に衝撃の光景が映り込んだ。

 部屋の中にはセシリ、そしてその腕に抱えられている、手足が縛られたアンナ。


「野郎‼︎」

「ナタリー様⁉︎」


 それを見た瞬間、僕は我を忘れて、開いたもう片方の窓を通って部屋の中に突入する。


「アンナになにしてんだ‼︎」


 僕の姿を見たアンナは、彼女のガムテープのような布が貼られた口から声にならない声を叫ぶ。


「ーーー!」


 窓から人が現れるのを予想していなかったからか、セシリはひどく驚いた。


「どうしてあなたが⁉︎」

「それはこっちのセリフだ! 君はアンナのメイドじゃないのか!」

「邪魔よ!」


 僕の質問に答えることなく、セシリはアンナを担いて窓から飛び出した。

 その後一歩遅れたマリアが部屋に入る。


「あの女が一体……」

「あいつアンナを拉致した! 追うぞ!」

「なに⁉︎」


 僕が窓から飛び出そうとすると、マリアは僕を止めた。


「待ってください、今のナタリー様は骨折になりかれません」

「じゃどうすれば!」

「私がナタリー様を抱えて飛び降ります」

「えっ」


 彼女はそのまま僕をお姫様抱っこをし、言葉通りに飛び降りた。

 僕の身長と大差ない少女が二人の体重を背負って重く着地する。


「ちょっ⁉︎ 足大丈夫⁉︎」

「問題ありません」


 彼女の顔からは痛みや苦しさが全く見えず、本当に余裕だったらしい。


「私のことはいい、早くアンナ様の元へ」

「わかった」


 マリアの腕から降ろされ、僕たちはセシリの背中を追う。


「アンナを離せーーー!」

「チッ」


 体力の差はあるが、アンナを抱えているセシリの足が遅く、遅れた僕でも追いつけそう。

 なんならマリアが既に追いついた、今にでもその手に持っているナイフを刺せるくらいに。


「足を止めなさい」

「ナタリーの犬が‼︎」

「話を聞くつもりはなさそうですね」


 マリアはジャンプし、おそらくセシリの上半身を狙ってナイフを振り下ろした。

 セシリは躱すために大きく体勢を捻る。

 ナイフの刃先は彼女のメイド服に引っ掛かり、引きちぎられた。彼女自身も片膝が地面につく形でギリギリアンナを手離せなかった。

 もちろんこんなチャンスを見逃すわけもなく、マリアはもう一度ナイフを構える。

 しかし、


「そんな」


 なぜかマリアの顔が真っ青になり、動きを止めた。

 僕はその反応に釣られセシリの方を見る。

 顔真っ青になるほどではが驚きを隠せなかった。


「セシリ、君」


 引きちぎられたメイド服の中に隠されたのは彼女の肌ではない。

 それは体に密着する黒い布の服、例えるのならファンタジー作品の暗殺者が着そうな動きやすい戦闘服。

 そしてその黒い服の上には小さな白いマークがある。

 僕はその服に見覚えがある。


「君は原魔教だったのか‼︎」

「バレたか」


 ゲームの中で何度も見た原魔教の白いシンボル。そしてその服は信者が潜入時に着るものだ。

 まさか師匠が追っていた原魔教の一人が、僕たちのすぐそこにいるとは。


「あいつに気をつけ……マリア⁉︎」


 セシリはただのメイドじゃないことをマリアに警告しようとしたが、マリアの顔色がおかしい。

 真っ青な顔が良くなるどころか恐怖に溢れていて。彼女の足がガタガタ震え、全身が蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

 その隙にセシリが立ち直り、走り出した。

 僕は慌ててマリアの元へ走った。


「マリア!マリア!」

「はぁ……はぁ……」


 放心した彼女は地面に座り込み、どう見ても動ける状態ではなかった。

 

「あいつになにかされたのか⁉︎」

「目眩がした……だけです」

「もしかしてなにかの毒⁉︎ それとも魔法⁉︎」」

「いえ……ちょっと休めば……治ります」

「クソッ! マリアはここで待ってて、僕があいつを追う」

「いけません……! ナタリー様……ここに……!」

「治ったら他の使用人を呼んでくれ!」

「待ってください!」


 マリアの呼び止めを無視して、僕は走り出した。

 セシリを追って、僕は屋敷の庭で走る。

 彼女の目指す先は屋敷を囲む壁。そこの壁にだけしゃがめば通れる抜け道があった。


「あいついつあんな穴を掘ったんだ……待って!」

「クソ! まだ追ってくる!」

 

 さすがに僕に追われている状態であの穴を抜けられないからか、セシリはアンナを降ろして僕に対峙する。


「いつもいつも私の邪魔をしやがって……!」

「なんでアンナを誘拐するんだ! 君はアンナのメイドじゃないのか!」

「メイド、私が? 冗談じゃないわ。最初から全部演技だったのよ!」

「なにっ!」

「この小娘が狙いだったのよ! その巨大な魔力と才能を原魔教のものにするためにね」


 師匠の言葉を思い出す。

 何かを狙っている原魔教の少人数部隊。まさかアンナがそのターゲットだったとは。


「私が数年をかけて! 屋敷の人の信頼を得て! 逃走経路を作ったのに! あなたが急に現れたせいで全部台無しになったわ!」

「だから僕をアンナに合わせたくなかったのか!」

「あなたがダル絡みしなければ作戦は成功したのよ!」

「それはどうかな?」

「なに」


 僕は拳を構えて、セシリを煽る。


「僕をここで手早く殺せたら、他の人にバレる前に逃れるかもしれないよ」

「小娘が……!」

「来いよ、クソ野郎」


 もしかすると彼女には他の脱出手段があるのかもしれない。

 彼女が他の手段で逃げないように、ここで彼女と闘えるように煽って、そして確実に仕留める。

 これは無謀ではない、僕には一つだけの勝ち筋がある。


「まだ朝の時のように地面に這いずりたいのかしら?」

「やってみないとわかんないだろ?」

「望み通りに殺してあげるわ!」


 僕は走って来る彼女を待ち構えた。

 彼女から繰り出されるのは、僕の体を狙うキック。

 僕はそれを待っていた。


「しゃあっ!」

「なにっ」


 僕を蹴り上げる足を腕で掴む。水月が狙いであることは既に知っているから、躱せるように体勢をずらした。


「桜陰流!」


 片足を掴んだまま、彼女の軸足を蹴る。

 そして空中で足首固めの型になり、全体重を乗せて地面に堕ちる。


「アキレス落とし!」


 一週間ずっとこの技の練習をしていたんだ! 絶対にここであいつの足首を破壊する!

『パキッ』


「うああああああああ‼︎」


 恐ろしい音と共に、セシリが叫んだ。

 彼女の足首はあり得ない方向へ折れた。

 アキレス腱が切れた時の痛みは人が殺せるほどの激痛だと聞いてことがある。

 どんなにタフな人でも、こうなったら痛みで身動きが取れないはず。

 実際僕が足を離した後でも、セシリは悲鳴をあげながら地面に転がでいた。

 その隙に僕はアンナの救出に向かう。

 彼女の口を塞ぐテープを外し、声をかける。


「姉様!」

「もう大丈夫だ、一緒に帰ろ」

「ダメ! 後ろ!」

「えっ」


 振り向く暇もなく、僕の後頭部が強打された。

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