第7話 勘違いからエンダァ

「決めた……俺は決めたぞ!!」


 突然大声を出した直也には目もくれず、奏空が戦闘を開始した。今日は直也と俺と晴斗と奏空の四人で集まってゲームをしている。


「白い粉か?」

「キメたんじゃなくて決めたんだよ!!」


 右手でアタックを繰り返しながら左手でポテトを奏空の口に運んでいる晴斗の器用さに感心していたら大ダメージを受けてしまった。


「俺は!! 告白する!!」

「あ、ごめん晴斗くん回復よろ」

「お前、少しはガードしろよ」

「直也、なんか夕食頼んどいてくれ」

「聞けよ、お前ら……ピザでいいか?」

「おけまる」


 文句を言いながらも直也は注文するために部屋から出て行った。ポテトをもぐもぐしながらコントローラーをカチャカチャ言わせていた奏空がハッとドアの方を見た。


「直也くん、告白するって言ってなかった?」

「気付いてなかったのか」


 晴斗と俺はわかっててスルーしたんだが、奏空は素で気付かなかっただけのようだ。

 学生時代から直也は恋多き男で、女子に片っ端から告白してたんじゃないかというくらいだった。そんなあいつが誰に告白しようがさして興味が無い。


「誰かな……誰なのかな……」


 どうやら奏空は興味津々なようだ。といっても、多分ラジオで話すネタになるとしか思ってなさそうだが。


「誰に告白するんだ?」

「聞いてくれるのか!!」


 戻ってきた直也に問いかけると、とんでもなくキラキラした目を向けられた。野郎のそれに興味は無い。テレビの画面に視線を戻すと、直也は芝居がかった様子で語り始めた。


「学生時代から可愛いとは思ってたんだがな。大人になってからも純真な愛らしさが変わらない奇跡!! おお、マイエンジェル。今から会いに行くよ!!」

「誰かを言え、誰かを」

「弥生ちゃんだよ!!」

「ぶっ」


 奏空が眠気覚ましのコーヒーを吹き出した。コントローラーが悲惨なことに。慌てて拭いてる奏空を置いてけぼりにして先へと進もうとしたら晴斗に止められた。


「弥生って、こないだの合コンの?」

「おん」

「あー……言われてみれば直也が好きそうな顔だったような……」


 晴斗は顎に手を当てて思い出そうとしているがイマイチピンと来ないようだった。俺からしてみればかなり衝撃的で忘れられない人物だったんだが、晴斗にとってはそうでもなかったのか。そもそも自己紹介の時の言葉をまともに聞いていなかったのか。直也、お前も。


「はぁ……麗しのマイレディ……」

「ぷはっ」


 奏空が再び吹き出した。今度は何も口に入っていなかったので被害が広がることはなかった。


「なあ、奏空。お前弥生ちゃんと仲良いんだろ?」

「まあ、悪くはないと思うよ」

「呼んでくれないか」

「へけっ」


 ああ、もう奏空が笑いを堪えられなくなって……なんだその笑い方。どこのキヌゲネズミ科だよ。


「いや、呼んでもいいけど、断られたらどうすんの」


 へけへけ言いながら奏空がなんとか疑問を紡ぐ。直也は少し迷った様子を見せてからテレビの画面に視線をやった。


「その時は……みんなでゲームでもする」

「おけまる。それなら呼んであげよう」


 思ったよりマイナスな答えではなかったので奏空も安心したのか、すぐにメッセージを送った。



 それが二時間前の話。



「はむはー」

「え、奏空どうしたの。ちょっと古くない?」


 もう完璧にキヌゲネズミ科の齧歯類に成り果てた奏空に困惑しつつ部屋の中へと入ってきた弥生を観察する。見た目は確かにまあ、良くて中性的。忌憚のない意見を言うなら女性的ですらある。


「弥生ちゃん!!」

「へぁ!?」


 直也が弥生の前に跪いて花束を出した。どっから出したんだよ、マジシャンか。


「俺と、付き合ってください!!」

「え、あ、えと、え?」


 弥生はかなり混乱している。


「俺にはもう君しかいないんだ!!」


 なんという茶番だ、これは。奏空が再起不能なくらい笑い転げてるじゃないか。そして晴斗。お前もまだわかってないのか。奏空の様子に首を傾げている場合か。


「な、直也くん、だよね。君はてっきり根っからの女性好きかと……ああ、こんな言い方も失礼だよねごめん」

「確かに今までの俺は女性と見れば見境がなかった!! だが、心を入れ替えて君だけを愛すると誓う!!」

「ええと……奏空。笑ってないで説明してよ」

「へけっ」

「だからちょっと古いんだってば」

「今でも人気だぞ」


 晴斗、そこにツッコミ入れてる場合じゃねえよ。


「いや、もう、無理。イイト、オモイマス」

「大丈夫か。息できてるか」


 笑い過ぎだろ。どっかの誰かも薔薇は抗鬱剤とか言ってたし、そういう感覚なんだろうか。


「直也くんにはもっといい人がいると思います」

「俺は君がいい!!」


 残念だったな、弥生。そんなテンプレ台詞では直也には伝わらないんだよ。いや、そもそもこいつに言葉が通じるのか不安になってきたな。


「ぼ、僕、こんな見た目だけどおと」

「どんな見た目であろうと構わない!! 例え君の姿形が変わろうと君だけを愛すると誓うから!!」

「聞いて……」


 ダメだな。もう何も通じはしないわ、これ。


「あー、弥生。ゲームでもしない?」

「……あ、うん……え、いいの? 放置で」

「いいよいいよ。直也くんだし」


 ふと笑いを止めた奏空が自分の隣のスペースに弥生を呼ぶ。そして。


「弥生ってホントに可愛いもんねぇ」

「もう……奏空……」


 弥生の肩口に頬を擦り寄せた奏空がふにゃりと笑った。そのまま顔を上げるものだから唇が触れそうな距離感である。


「百合は認めんぞ!!」


 薔薇も認めたくねえよ。


「あ、そーだ弥生。今度店行っていい?」

「別に止める理由もないけど?」

「バイトしてるとこ見られたくない人とかいるじゃん」

「あんまり気にしないかなぁ」


 二人が仲良く話しているのを見ている直也は今にも顔を真っ赤にハンカチを噛み締めそうな勢いだ。


「いや、マジで。偏見とかそういうの抜きでさ。まずは真実を解き明かそうぜ」


 耐えられなくなって直也にそう言うと首を傾げられた。


「いや、だからさ。弥生はおと」

「ちょ、奏空。くすぐったいよ」

「腹の肉がない……恨めしい……」


 お前らわざとか?


「……もういい。好きにしろよ」

「百合は認めん!!」


 別に直也が男に走ろうが何しようが相手が俺でなければそれでいい、くらいにしか思ってはいなかったけれど。

 まあ、熱しやすく冷めやすい直也のことだからそう大事にはならないか。


「奏空!! 弥生ちゃんは渡さないぞ!!」

「別に渡されなくても私たち友達なんで」

「近いんだよ、お前ら!!」


 奏空の悪ノリには困ったもんだな。


「……つまりどういうことなんだ?」


 キャッキャしてる三人から離れた晴斗が問いかけてくる。


「合コンの時、奏空と席交換して欲しいって言ってただろ」

「あー……つまり、そういうことなのか」

「まあ、俺もその時初めて気が付いたわけだが」

「あの見た目で家庭科部出身、女子力の塊だからな」


 晴斗はちょっと困ったように眉を下げた。奏空は楽しんでいてアテにならないし、そもそも今の直也に何を言おうと無駄だ。美人なお姉さんにでも目がいくのを待つしかない。


「好きだ!! 大好きだ!!」

「え、と……ありがとう」


 諦めがちに遠い目をして感謝を告げる弥生に対してたぶんそういう所だぞとツッコミを入れるのも違うような気がして、俺は冷めて固くなったピザを頬張りながらため息を吐いた。


 どうぞ、お幸せに。

 結ばれるかとか知らんけど。

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