気まぐれで国を傾ける変人チート転生者は、狂ったヒロインに溺愛されるそうです~魔王や騎士団よりも約束の方が大事に決まっている~
ゆるふわ衣
第1話 第一村人発見
俺の名前は
本日、30本目のエナジードリンクを飲み、モニターを向いてひたすらタイピングをする。
一向に終わらない仕事に追われて、もはや何日家に帰っていないかも分からない。
「平さん......これもお願いします......」
「わ、分かりました......」
山積みされた仕事の束の上に、更に上乗せされていく仕事達。
同僚の目は死んでおり、濁り切ったヘドロのようになっていた。
俺も同じような目をしているのかもしれないと一瞬頭に過ぎったが、今は鏡を見に行く余裕すらも無い。
そうして手を緩める事なく、ひたすらに仕事に集中していると......。
「――あ、れ......?」
突然、世界が傾く。――否、俺は椅子から落ちたのだ。
体に力が入らないまま、俺は職場の床に横たわり、視界が段々と暗闇に包まれていく。
「平さん......!? 平さん......! ――さん......!」
体を揺らしてくれているのを感じながら、必死に名前を呼んでくれている同僚の声も、次第に小さくなっていき......。
――そして、何も感じなくなった。
◇◆◇
気がつくと、森の中にいた。
柔らかな皮で作られた薄茶色のシャツと黒いくるぶしまであるスボン。
そして灰色のマントを羽織っており、何というか"冒険者"というイメージを想起させる。
「それで......ここはどこだ......」
涼しい風に黒髪を揺らされるのを感じながら、近くにあった小さな池を覗き込んだ。
以前とは似ても似つかない顔、唯一黒髪黒目という共通点はあったが、今の俺はあまりにも整った顔立ちをしている。歳は18くらいか。
身長は170cmぐらいで体つきは若干筋肉質っぽい。
なるほど。現代よりも数歩遅れた文明。自分ではない者に意識が移っている......。
「つまり......異世界転生か......!」
聞いたことがある。命を落とした先で異世界へ転生し、新たな生を生きる事ができると。昔小説サイトでそんな話を読んだことがあったので、別段驚きは無かった。
「あ、そういえば頭痛も無いし、体も痛まない。空気もめちゃくちゃ美味しいな......」
なんだか運が良いなと思いながら、再び池を見ると自分の顔が写る。
それに非常に
「――きゃぁぁぁ~!」
突如として聞こえる少女の悲鳴。何事かと思い、急いで傍に寄ると......。
「や、やめて! こないでください......!」
短い黒髪を持つ少女を襲っていたのは、巨大なドラゴンだった。
少女は俺と歳が同じくらいで、端麗な顔立ちをしており、黒いドレスを着ている。
そして頭には犬のような耳が付いており、どうやら亜人のようだった。
尻尾は付いておらず、身長は165cmぐらいで、年齢の割にグラビアアイドルのような体型をしていた。
全身が赤色に包まれているドラゴンは大きな鱗を携えており、頭からは六つの巨大な角が生えていた。瞳の周りには奇妙な紋様があり、もの凄く凶悪そうだ。
ドラゴンは、少女に向かって咆哮を放つ。
「――!」
咆哮によって木々たちは大きく揺れ、多くの鳥が飛び立っていく。
ドラゴンの口からは鋭い凶悪な牙とよだれが見えており、髪が乱れている少女の顔には恐怖が浮かび上がっている。
「いやだ......死にたくない! 死にたくないよぉ......」
彼女は腰が抜けて立てないのか、その場に座り込みながら、瞳をいっぱいに開いて大粒の涙をこぼしていた。
そんな光景に俺はいても経っていられず、走り出した。
颯爽と彼女とドラゴンの間に入り、両手を目一杯広げ......。
「だ、大丈夫だ! 君のことは絶対に守るから!」
すると声を聞いた少女は困惑しながらも、涙声で口を開いた。
「貴方は......一体......」
そしてドラゴンは、突如として目の前に現れた少年に対して怒っているようで、先ほどよりも更に大きな咆哮を放った。
「――!!」
地面は左右に揺れ、あまりにも大きな音に青年と少女は耳を塞いだ。
勢いで飛び出して来ちゃったけど、何か手立てがある訳ではない。
だけど、何か一つだけ希望があるとすれば、俺は異世界転生をしたという事......!
そして転生にはお決まりのチートスキルが......!
――青年はドラゴンに向かって走り、大きく叫んだ。
「うぉぉぉぉぉ! 何とかなれー!!」
――すると突然、頭の中に声が響く。
≪スキル認証完了――神器『
青年はその手に突如として出現した黒い刀を、ドラゴン目掛けて思い切り振り下ろした。
「――はぁぁぁぁ!」
辺りは光に包まれ――そうして青年が次に見た光景は......。
ドラゴンが真っ二つに斬られ、ドラゴンの背後の森すらも黒く焼け焦げた景色だった。そして振り抜いた刀は、俺が不要だなと頭に思い浮かべると、スッと消えた。
「これ......俺がやったのか......」
目の前の光景に驚きながらも、まずは少女の確認からだと思い、俺は駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です......」
少女は深い息をつくと、こちらを少し見上げて口を開いた。
「あ、あの。お名前を聞かせてもらってもいいでしょうか......」
なんだ、そんな事かと安心しながら俺は告げた。
「俺の名前はユウだよ」
「ユウ......。ユウ。ユウ! えへへ......」
彼女は俺の名前を聞くと、反芻するように何度も呟いては満足そうな笑みを浮かべている。
「君の名前は?」
「わ、私、ですか......!? 私は、スミミと言います」
「そうか。じゃあスミミさん、家は近く......?」
「はい、歩いて15分くらい......」
「分かった。じゃあそこまで送っていくよ。また危険が無いとも言い切れないし」
するとスミミさんは突然顔に影を落とした。
彼女の声は震えていた。まるで何かに怯えているように。
「......嫌......です」
「え?」
「私が住んでいる村には
「なるほど。じゃあ他の街の然るべき所に――」
「それも嫌です! 私、ユウさんについて行きたいです!」
ススミさんはコチラを真っすぐに見つめて、キッパリと言い切った。
彼女の瞳からは、絶対に意見を曲げないという鋼の意志を感じる。
しかし彼女は18歳程度の少女。
俺みたいな右も左も分からないような人間についていくべきではない。
「いや、待ってくれ。俺も諸事情があってこの辺りの事をよく知らないし、職も住まいも無い。ただ旅をしているだけだ。だったら街の行政に頼った方が......」
「違うんです。そうじゃなくて......私......私」
彼女は下を俯き、口を結んで何かを決心したかと思うと、こちらに身を乗り出して来た。
「私――ユウさんのことが好きになっちゃったんです!」
「へ?」
紅潮させた頬、荒い息遣い、乱れた髪。
彼女はなりふり構わず、俺の方に迫って来る。
「生贄にされた私を颯爽と助けてくれて、簡単にドラゴンを倒してくれました。それがまるでおとぎ話に出てくる王子様みたいで、本当にカッコ良くて......! それに貴方、私と同じ黒髪黒目ですよね! 私、ずっと自分の髪と目が嫌いだったんですけど、こんなに綺麗な黒髪と黒目の方がいるなんて知らなかったです! あとあとあと、えーっと......。私が何が言いたいかと言うと、私、貴方の顔が好きなんです! あとあと、貴方の言葉遣いも好きです! 私とユウさんって同い年ぐらいだと思うんですけど、にもかかわらず私に対して敬語で接してくれるなんて、本当に誠実な人だなって思って、好きです! それに......スンスン......。私、貴方の匂いもすっごく気に入っちゃいました......! はぁ......はぁ......! 爽やかで優しいのに、少し甘くて......。匂いの相性が良い相手って関係が長続きするってよく言いますよね! だから私、ユウさんのことが好きで......好きで......大好きで!」
スミミさんが何かを言っている間、俺はひたすら彼女に肩を揺らされていたので、何一つ頭に入ってこなかったが、とりあえず彼女を落ち着かせなければ。
「えーっと、スミミさん。ひとまず落ち着こう。そして一言でまとめて欲しい」
「――好きです! 結婚してください!」
スミミさんは、黒いドレスでその身を包みながらも直角のお辞儀をして、決定的な言葉を放った。
彼女の美しい声に、美しい容姿。加えて熱烈なアタック。
俺の答えは決まっていた。
「ごめんなさい」
「えぇぇぇぇぇぇぇ......!?!?」
森全体に、彼女の悲痛な絶叫が響き渡る。
――こうして俺の異世界生活が始まってしまったのだった。
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