怪異領域日誌:職場によくいるアイツはちょっとおかしい

藤原くう

火を吐く霊とアイツ 1

 マネキンのスカートをめくれば、女の子がいた。


 そいつはライトに照らされているのも気にせず座っていやがった。


「……そこで何してるんだ、不良少女」


 俺が言えば、女の子はこっちを見た。それから、ほこりをパンパン払い、スカートの下からい出てくる。


 白のワンピースに迷彩柄のブルゾン、黒いブーツには目立つ黄色いライン。細い腕のごつい腕時計がギラリと輝く。肩からぶら下がったポシェットはハートのかたちをしていた。


 黒に白のメッシュの入った髪は腰の方まで垂れていて、それに覆われた顔はあどけない。


 目の前にいるのは、そんな変なやつだった。


 このデパートで働きはじめて1日目に見るようなヤツじゃない。そうは思わないだろうか。


 俺はしばらく固まっていた。コイツは幽霊か、俺の性的欲求が形を成したものにちがいない。さもなければ頭がおかしくなったか。


 どれにしたって黙ってりゃかすみのごとく消えるだろう……なんて思ってたんだが、待てど暮らせど消えやしない。それどころかニッコリ笑いやがった。


「幽霊ってどんなのだと思う?」


「はあ?」


 我ながら間抜けな声だった。警備員として真面目に働いてきたが、んな質問されたのはこれがはじめてだ。トイレはどこですか、ガンつけてんじゃねえぞ、税金の無駄遣いだ――これは警察官と間違えたんだろう――などなど言われたが、まさか幽霊について聞かれるとは。


 それを言ったら、日付が変わったばかりのデパートで女の子と会うのもはじめてだが。


 目の前の不法侵入ガールは、右へ行ったり左へ行ったりしながら歌うように続ける。


「白装束で三角頭巾というのが一般的だけれど、普通の格好のものもいます。剣が突き刺さったままのやつとか、首がないやつとかね」


「お前みたいなやつとかも?」


 登山用かと思うほどがっしりしたブーツを履いてるにもかかわず、女の子は足音一つ立てないでいる。


 まさか、幽霊なんじゃないだろうな……?


 女の子は、なるほど、と言った。


「一理ありますね」


「ねえよ。幽霊なんているもんか」


「いるかいないかでいえばいるのだけれども。時に、どこに幽霊が出るのか知らない? 幽霊をどうにかしようと思って来たのはいいけれど、肝心要かんじんかなめの幽霊がどこにいるのかさっぱりわからないの」


「知らん。働きはじめたのは昨日からだからな」


 俺が働いているここカキノピアは老舗しにせのデパートだ。バブル崩壊の後にカキノグループとなんとかっていう呉服ごふく店とが合わさってできたという建物は、デパートだけではなく屋上遊園地、図書館、コンサートホール、果てはお寺まであるという充実っぷり。


 そんな有名デパートだが、最近は警備員の人手が足りないらしい。元々、警備員ってのは入れ替わりが激しい。そのおかげで、職を失い途方に暮れていた俺は明日のメシに困らなくなったというわけだ。


 昨日は簡単な説明があって、今日から本格的な夜勤である。


 そしたら、こんな変なやつと鉢合わせるだなんて……不運もここまで来たか。


「それはご愁傷しゅうしょうさまですね」


「……なんで知らん奴にお悔やみ申し上げられてんの、俺」


「カキノピアに幽霊が出ることをご存じないのでしょう? その上、貴方の先輩が体調不良で辞められていることも行方不明者が出ていることも」


「マジ?」


 そんな話は教えてもらってないぞ。昨日も、その前の面接のときにだって。さっきも守衛室で同僚と競馬の話をしていたが、一度だって話に上がらなかった。ライバル企業を吸収してできたとか、そんなどーでもいい歴史なんかより、そっちの方を教えてもらいたかったもんだ。


 だが、今思うと心当たりがある。面接は、履歴書の月次つきなしさだめ(俺の名前だ)の文字をちょいと見ただけで終わった。


 それに、同僚は見回りをしたがらなかったし。


「もしかして、されてんのか……?」


 女の子が近づいてきて、うんと背伸び。ポンポンとなぐめるように肩を叩かれた。


「プラス思考で行きましょう。幽霊に出会えるのですから幸運ですよ」


「なにが幸運だ。むしろ不運だろっ」


 幸運っていうのは、競馬で万馬券を当てたり、お金持ちの子女に好かれてたり、道端でカネがぎっしり詰まったアタッシェケースを拾ったりすることを言うんだ。十字路でわら人形を手にした幽霊とごっつんこすることではない。


 なにが悲しくて、幽霊なんかがいる職場で働かなきゃいけないんだ。


 こぶしを握り締めたものの帰る気にはなれなかった。折角手に入れた仕事である。幽霊がいるからといって、やめるわけにはいかない。そもそも、行方不明は関係ないかもしれないではないか。


「同僚がいなくなられたのは、幽霊とは関係ないと思っていますね?」


「お、思ってねえし」


 俺は、隣にいる女の子から距離を取る。変な奴だ。格好だけじゃなくて話し方も変だが、何より隠し切れないオーラを感じる。小さな体から漏れてくるそれは妖気といっても差し支えない。


 女の子は、ポシェットに手を突っこみゴソゴソする。中にはものが詰まっているのだろう、難渋なんじゅうしながらも何かを取り出した。


 その四角い紙には、いぬいコン、と書かれている。名前と思しきその文字よりも気になるのは、易者、と名前よりも大きい文字だった。


「こう見えても占い師なんです、私」


「これはこれはご丁寧にどうも……」


 証書を受け取るように両手で名刺を受け取る。角が折れてるし、たぶん名刺入れにも入ってなかったに違いない。


「って、そうじゃねえ! 易者か電車か知らねえが、立派な不法侵入だぞ!」


「このキュートな姿に免じて許してくださいな」


「誰が許すかっ。子どものふりしてるんなら余計にたち悪いわ」


 とにかく、守衛室に連れて行こう。こんなところで話していてもらちが明かない。


「話はあっちで聞くから」


 俺はコンという名乗った女の子の腕を掴んで、無理やりにでも連れて行こうとした。


 だが、コンは水のようにするりと逃げる。


 トトンとステップ踏んで、俺の前でくるりと一回転する。なんだなんだと思っているうちに、コンは天へと突きだした手を胸の前まで持ってくる。それは、空で笑っている神様から何かを頂いたよう。


「出ました――離為火りいかです」


「り……なんて?」


 コンが手を広げれば、いつの間にか6枚のコインが握られていた。見たことないコインにどういう意味があるのか、りいか、と言われてもさっぱりわからない。


「六十四卦の1つ。占ったら離為火が出たのですよ」


「だからなんだよ……」


「離は八卦の1つで火のことです。また、目のシンボルでもありますから――状況を確認せず、私を止めたりしたら、こんがり焼けてしまうかもしれないですね」


 そいつはニコリと笑って言いやがった。


 シンと冷え切った空気が氷点下を割ったような気がした。カイロでも誤魔化せないような、ひたひた這いあがってくる寒気にぞくりとする。


「……脅してるのか」


「占いの結果を申し上げただけではないですか。そんな怖い顔しないでください」


 当たるも八卦当たらぬも八卦と言うじゃないですか、とコンはスキップしながら続ける。


「それに、焼けるときは私も一緒ですから」


「あのなあ。そんなん信じられるわけないだろ」


「信じてもらわなければ困ります。私は除霊を行うためにやってきたのですからね」


「占いはどーした占いは」


「占いは売らないのです。占いだけに」


 コンのバケモノじみた笑い声が、客も店員もいないフロアに響きわたった。

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