ガールズ・バント・フライ 〜打ち上げてんじゃねーよバカヤロー! と怒られるバント下手な野球少女。異世界転移し『バットに触れた物を少し浮かせる』スキルで空から落ちて来るのじゃロリ王女を助け従者になる〜

生獣(ナマ・ケモノ)

第1話 打ち上げてんじゃねーよバカヤロー!


コン、と乾いた音が響く。

直後に「あっ!?」という間の抜けた悲鳴。それから少し遅れて……



「打ち上げてんじゃねーよバカヤロー!」


「ご、ごめんなさーいっ!」



監督の怒号を背に受けて。

バントで打ち上げてしまった少女……雪谷 伊織(ゆきたに いおり)は相手が球を落とすという一縷の望みを懸けて一塁に全力疾走する。



「アウトッ!」



しかし、そのようなイージーミスをする相手ではなく、伊織はあえなくアウト。

ランナー進塁の役割も果たせなかった。



◇◇◇◇◇



「ふっ! ふっ!」



日が暮れ、辺りが暗くなっても伊織は一人バットを振るっていた。



「ふっ! はぁ!」




一心不乱にバットを振り続ける伊織の額からは玉のような汗が滴り落ち、地面に水たまりを作る。

しかし、そんな状態がしばらく続いた後、彼女は手を止めて空を仰いだ。



「……もうこんな時間」



既に日は沈みかけており、辺りは夕焼けの赤と夜の青がせめぎ合っている。



「……帰ろ」



◇◇◇◇◇



「はぁ〜〜〜……」



ベースボールバッグを背負って歩きながら盛大な溜息。

制服に着替えた伊織は疲労困憊の身体を引き摺るように家路についていた。



(……今日もダメだったな〜)



彼女は思う。

『今日こそは……』と、毎日思っている。

しかし、その『今日こそは』が叶った事は一度足りともないのだ。



「もうちょっと打てる様になればバッティングにも挑戦出来るんだけど……一塁ランナー居ると100%ゲッツーなんだよなぁ……」



だからせめてバントしようと思っているが、その度に打ち上げて無意味に1アウトを献上している。



「才能無いのかなぁ……無いんだろうなぁ……………いやいや、しょげてる場合じゃ無い!

目指すは女子プロ! 上手くなるには練習あるのみ! うおおおおおおおおっ!!」



伊織は気合いの雄叫びを挙げ、疲れ切った身体を鼓舞する様に駆け出して



「ぶげっ!?」



不運にも、飲酒+速度超過+信号無視のトリプルコンボをかましたトラックに撥ねられた。



◇◇◇◇◇



「……んぁ?」



伊織が目覚めると、彼女は乳白色の空間に寝転んでいた。



「え、何ここ……私のエラーで負けた時もこんな色の少ない夢見たけど……」


『夢ではありません』


「誰っ!?」



不思議な声だった。

頭の中に響くような……しかし、耳で聞くより明瞭に聴こえる不思議な声。



『私はあなた達の言うところの神です』


「神……? 大谷 ○平……?」


『近代の選手なのですね』


「現役ですし、球場であのプレイ見てましたし……」


『残念ですが神の様な人間、ではなく正真正銘の神です。

天照の大神とかゼウスとかそういうジャンルの神です』


「え、凄い。なんて神様なんですか?」


『サカナカサマ、と呼ばれていました』


「すみません知りません……」


『無理もありません。一部の限られた地域でのみ信仰されていましたから。

因習村に良くあるあのパターンです』


「はぁ……そのさかなか様? が何で私に?」


『雪谷 伊織。貴女はトラックに撥ねられて死にました』


「あぁ、やっぱりアレは夢じゃなかったんだ……」


『私はそんな貴女を不憫に思い、地球とはまた別の世界……分かり易く言えば異世界へ転移するチャンスを与える事にしました』


「異世界……生き返るって事ですか? 強い能力を貰って無双するっていう……」


『概ねそんな感じです。どうしますか?』


「そりゃ、死んだままよりは生きたいですけど……」


『では転移しましょうすぐしましょう! さぁ、こちらのスマホにタッチして!』


「近代的だ……これで良いんですか?」


『はい契約成立! では良き異世界ライフを!』


「うわ眩しっ!?」



突然、スマホの画面から放たれた眩い閃光に伊織は堪らず目を瞑る。



『最後に……貴女には私からスキルを一つ授けましょう』



そんな神の呟きを最後に聞きながら、伊織の意識は失われていった。



◇◇◇◇◇



「わひゃっ!?」



目が覚めると同時に浮遊感。

ぼふっ、という音と共に、伊織の体は柔らかいものの上に落ちる。

身に着けているのは制服と両手で抱くバットのみ。



「な、何これ……」


「おはようございます勇者様」


「うわっ!? え、シスターさん……?」



声を掛けてきたのは修道服に身を包んだシスター。

彼女は伊織が寝ているベッドの脇に立ち、にこやかに微笑んでいる。



「あの、私は何故ここに居るんでしょうか? というか此処は何処ですか?」



「此処はスターシュ。神々が微笑む大地、ゴッド・ガーデンの中央に位置する都市です。

我々は勇者様を歓迎致します。どうぞこちらを」



手渡されたのは一つの皮袋。

中の硬貨がチャリチャリと音を鳴らす。



「これは?」


「所謂初期資金という物です。お立ちになれますか?」


「は、はい……」



伊織はシスターに言われるがまま立ち上がる。

シスターは優しく伊織の背に触れ、グイグイと押し出した。



「それは良かった。さぁさぁ出口はあちらです」


「ちょ、ちょっと待っ……」


「さぁどうぞ」



伊織の言葉を遮る様に背をグイグイと押すシスター。

押されるがまま部屋を出た後、長い廊下を歩かされた末に巨大な扉の前で止まった。



「以降は担当神とご相談ください。勇者様の御活躍を応援しております。

では、良き出会いと勇者ライフを」


「え、あ……はい……」



そしてシスターは伊織を置いて何処かへと行ってしまった。



「……何なの?」


『伊織』


「うひゃあ!?」


『私は貴女の脳内に直接語りかけています』


「あ、さかなか様ですか?」


『あのシスターを責めてはなりません。

勇者……つまり転移者が来過ぎて召喚後の対応が慣れっこになってしまっているのです』


「そんなに沢山転移してきてるんですか?」


『地球では毎日誰かしら死んでますから。

そして担当する神もまた数多く居るのです』


「はぁ……それで私はどうすれば?」


『取り敢えず外に出てみては?』


「なんか雑だなぁ……」



何とも釈然しないまま、伊織は扉の持ち手を掴んで押し開ける。


四角い灰色の建物。

活気ある人々の営み。

行き交う馬車。


それが伊織の視界に飛び込んできた。



「……コンクリートの建物? え、中世ファンタジーの世界じゃないの?」


『そうですよ? 良く見てごらんなさい。

多種多様な種族、あちこちに建てられた屋台、服装に至るまで伊織が想像するファンタジーそのものでしょう?』


「ではあのコンクリートは?」


『伊織の他にも勇者……転移者が居る事は話しましたね?

ずっと以前から、大勢の勇者がこの地に舞い降りました。

そして、彼等によって文化や技術のレベルが向上したのです。……まぁ、アスファルトに挑戦した者も居たそうですが、そちらは厳しかったみたいですね。

特に日本人は食ガチ勢の方々が多く、食事に関しては現代っ子の伊織でも満足出来ると思いますよ』


「それはありがたいですけど……じゃあ何で服は変わってないんです?」


『製法はしっかりしてるので変わってはいるのです。

見た目に変化が無いのは、勇者の方々が此処の世界観を崩したくなかったのではないでしょうか。現代風なのは魔法学校ぐらいですね。

あぁ、ですが下着は別です。現代らしい可愛いデザインの物が流通していますよ。良かったですね』


「はぁ……」


『もっとも、こんなに整備されているのは大都市ぐらいでしょう。

ファンタジーらしい風景をお望みなら、小さい国や都市に行かれてはどうでしょうか』


「考えておきます……」



あまりの出来事に伊織は嘆息し、思わずバットを強く抱き締める。

さてこれからどうするかと思案していると、またもさかなか様が語り掛けてきた。



『伊織』


「なんです?」


『上を見てください』


「上ぇ?」



太陽の光に目を細めながら。

それでも言われた通りに空に目を向ける。


何かが、落ちて来ていた。

そして野球で鍛えられた伊織の眼はソレを瞬時に捉える。



「神様! 空から女の子が!?」


『大変ですねぇ』


「何を呑気に……!」



伊織は落下地点まで駆けた。

ポジションはセンター。俊足による広い守備範囲と、落下地点を瞬時に見極める眼力は野球選手としての伊織の自慢だ。



『行ってどうするんです? あの高さから落ちる人間なんてもう手遅れですよ』


「それでも放っておけないでしょ!」


『それは何故?』


「はぁ!? それが普通でしょうが……!!」


『ふふふ、ではその心意気に応えましょう。

バットをあの少女に触れさせるのです』


「なんで!?」


『説明は後でします。迷っている暇は無いのでしょう?』


「ぐぬぬ……後で絶対説明してもらいますからね!」


『ええ、約束します。さぁ早く!』


「あぁもう! どうなっても知りませんよ!」



伊織は落下地点まで駆け抜ける。

間に合わない……そう判断したのか、ヘッドスライディングの要領で飛び込み、右手を目一杯伸ばしてバットを少女と地面の間に差し込んだ。



ぽやん、という効果音が流れそうな挙動で少女の身体が浮き、ぽす……と、優しく地面に着地した。



「これは……」


『これこそが雪谷 伊織に授けられたスキル……バットに触れた物を少し打ち上げる能力です!』

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