怖いよ

@erhngi

完璧な男

今年の新入社員には、ずば抜けて優秀な男がいた。

その名は――竹下誠。


「竹下くん、今期の資料もう仕上げてくれたの?」「彼、うちの希望の星よね」「ああ見えて、実はスポーツ万能らしいぞ」

どの部署に聞いても、彼の評判は完璧だった。

礼儀正しく、記憶力もよく、空気も読める。冗談にも愛嬌で返し、叱られても素直に謝る。


部長は冗談まじりに言った。

「彼のような若者がいるなら、日本の未来もまだまだ明るいな!」

 

そんな竹下が“初めて”つまずいたのは、歓迎会の席だった。

「よっ、竹下くん! 今日はたっぷり飲んでもらうぞ!」

「明日は休みだ、遠慮すんな!」

竹下はグラスを手にし、静かに微笑んだ。


「実は……お酒、弱くて」


「なんだよ〜そんなこと言わずに!」


その瞬間、竹下の顔が一瞬だけこわばった。

「……申し訳ありませんが、今日はこれで失礼させていただきます」

まるで機械だ。部長の眉が、ピクリと動いた。


翌朝、何事もなかったように出社する竹下。

しかし、部長の心には小さな疑念が芽生えていた。

“完璧すぎる”のだ。

あまりに、何もかもが機械的すぎる。


違和感を感じていた者は、他にもいた。同期の木村だ。


「なあ、竹下って……なんか気持ち悪くないか?」

「え、なんで?」

「いや、なんか感情がないっていうか。確かに笑ってはいるけど」

「え?でも自然な笑顔だし……気のせいじゃない?」

 

そして、事件は起きた。

朝礼の時間。竹下が、少し遅れて現れた。


「お、おはようございます……!」


その瞬間、みんなが見た。

完璧なはずの竹下が、スーツのネクタイを逆に締めていた。

髪型も微妙に違う。声のトーンも微妙に違う。


そして何より――


「お、おはようございます……!」


誰かがささやいた。「……噛んだ?」




昼休みを終え外食に出た竹下はそれから二度と会社に帰ってくることは無かった。突然の消失に彼は伝説となった。あれだけの逸材が何故?あるいは幻だったのか。





後日、竹下の消息は意外なところから発覚した。それは部長がなんとなく観ていたYouTubeの広告であった。


部長の良く知る人物が画面の向こうから語りかける。


《入社・研修・初期業務に特化したあなた専用の“そっくり代行員”を派遣!》


「やあ、みなさん。今日は何か……あったみたいですね?」


最後に見た彼のぎこちない顔が脳裏に映る


彼が、最初の“入社”という難所を代行業者に任せていたなんて――

誰が想像しただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怖いよ @erhngi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ