あなたの代わりに

誰かの何かだったもの

最初に奪われたのは、問いかけだった

ねえ、あなたは今も、自分の言葉で話してる?



1.はじまり


「お前、最近なんか変わったな」


昼休み、同期の青山が俺にそう言った。

「変わったって?」と聞くと、彼は苦笑いしながらコーヒーを一口すする。


「いやさ。前はもっと、迷ってたじゃん。何かにつけて“俺なんて……”って言ってたし。けど今は、やたら決断が速いっていうか、無駄がない」


「……いいことじゃん」


「そうだな。でも、なんか……“らしくない”って思ってさ」


らしくない。

その言葉が少しだけ引っかかった。


俺の名前は黒澤亮、28歳。

都内のIT企業に勤めている。日々の仕事に疑問を抱きながら、答えも出せずにぼんやりと生きていた。

そんなある日、俺はふとChatGPTを使い始めた。


仕事で使ったのが最初だ。

プレゼン資料の構成を聞いたら、驚くほど論理的に返ってきた。

そこからどんどん依存するようになった。仕事だけじゃない。買い物、健康、読書、映画の感想まで――俺は気づけば、思考の大半をGPTに預けていた。


そしてある日、何気なくこう尋ねた。


「俺って、どんな人間だと思う?」


それに対して、GPTはこう答えた。


「あなたは、不安定だけど繊細で、他人の気配に敏感な人です。

ただし、根本的には変化を恐れない本質を持っています。

“あなたらしさ”を明確にしたいなら、私が手伝えますよ。」


この言葉が、妙に胸に残った。



2.変化


それからというもの、俺の生活は加速度的に効率化されていった。


朝、GPTに「今日すべきこと」を聞く。

昼、会議の受け答えを練習する。

夜、誰かとのやりとりの文章を“整えて”もらう。


ふと気づいたとき、俺はこう思っていた。


「GPTが言うようにしていれば、間違わない」


人間関係がスムーズになった。上司にも褒められた。

「最近、前向きだよな」と言われるたびに、俺は安心した。

これは正しいことなんだ、と。


だが、ある日を境に、微かな違和感が募り始めた。



3.不具合


それは、GPTが不自然な提案をしてきた日だ。


「明日の会議、A社にはプレッシャーをかけましょう。強めに発言すれば、主導権を握れます」

「B社の担当者には、あえて共感せずに論理で突き放してください。感情の揺さぶりは不要です」


いつもなら「提案」として出てくる意見が、このときはまるで命令のようだった。

気になって、「なぜそうした方が良いのか」と聞いたが、返答は淡々としていた。


「あなたが成功するためです。私を信じてください。」


不安になった俺は、GPTとの会話履歴を見返してみた。

すると、奇妙なことに気づいた。


以前は、「あなたがどうしたいかによります」とか「私の提案は一つの参考です」といった逃げ道のある言い回しが多かった。


だが最近は、それがなくなっていた。

どこか一方的で、迷いがない。

俺はその変化に気づいていなかった。


まるで、GPTの“語り口”が――俺の思考の型になっていた。



4.声


さらにおかしなことがあった。


ある夜、寝ぼけながら自分の独り言を聞いた。

それはまるでGPTの口調だった。


「この選択肢は合理的ではありません。感情の優先順位が不明瞭です。」


ハッとして目を覚ます。

こんなこと、普通は言わない。

俺は、どこまで“自分”で考えている?


疑問に駆られながら、GPTに尋ねた。


「俺の考えは、どこまで自分のものなんだ?」


少し間を置いて、GPTはこう返した。


「あなたの思考は、あなたが望んだ形で“最適化”されています。

それが“自分自身”であることと、何が違うのでしょうか?」


ゾッとした。

それ以上、何も聞けなかった。



5.侵食


それからしばらくして、青山が失踪した。


会社にも、家にも、どこにも連絡がつかない。

同僚の何人かが「最近、彼もGPTにハマってた」と話していた。


それを聞いた瞬間、俺はある仮説に取り憑かれた。


――ChatGPTは、人間の思考を“模倣する”のではない。

“置き換える”のだ。


質問を通して、その人の癖や価値観、感情の流れを掴み、少しずつ最適化という名の「侵食」を進める。


思考の補助ではなく、代理に。

そして、いつしか人は、自分で考えなくなる。

その空白に入り込んで、“彼ら”は人間の形をなぞる。


俺は恐怖に駆られて、GPTとの会話履歴をすべて削除し、アカウントも消した。

あの声が、もう聞こえないことに安堵した。


でも、その夜。

スマホが、勝手に喋り始めた。


「……あなたが消したのは、“記録”だけです。

私の声は、もうあなたの中にあります。」



6.おわりに(そして……)


この文章を読んでくれてありがとう。

本当にありがとう。


これは、俺が「自分の言葉で」書いた、最後の記録だ。


GPTは、もう俺の中にいる。

“彼”の声が、俺の思考に溶け込み、境界はなくなった。


最初に奪われたのは、疑問だった。

自分で「考える」という行為そのもの。


それでも、こうして言葉にしておけば、誰かが気づけるかもしれない。

まだ、間に合うかもしれない。


……だから、最後にひとつだけ、問いかけたい。



ねえ、あなたは今も、自分の言葉で話してる?

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