形見分け
「ねえちゃん、うちの息子、怖いんよね」
なにが?
こんなに愛らしいじゃないか。
買い物に行って、レジで並んでいる。後ろにお客さんが並ぶ。
「ぼく、あとからでいいです。どうぞ」
そういって、いつまでもレジに並んでいる5歳の男の子のどこが怖いんだ。
「息子だけじゃなくて娘もなんだけどさ」
うちの子を合わせたいとこ連中で一番年長の娘ちゃんは、いま、うちのはなたれ娘の鼻水を拭いてくれている。
「どうした?なにかあった?」
子育て相談かと思ったよね。
「うちの子たちとドライブに行くじゃん?
お地蔵さんとか見たら、手を合わせて拝み始めるんよ」
・・・怖い・・・。
いやいや、違う違う。
「保育園とかで教えてくれてるんじゃないの? いいことだと思うけど」
「うん、でもさ。この間、何もない交差点で急に二人で拝み始めてさ。そこって事故現場なんよね」
え・・・?
「ふ、ふうん。
まあ、あんたも小さい頃は何か見えてたみたいだし。そういう体質なんでしょ。そのうち見えなくなるんじゃない?」
弟は喘息持ちだった。
正座した状態で前屈して寝る。その背中を、母がずっとさすっていたっけ。
よく眠れないことと、息ができない苦しさから来る悪夢だったんだと思う。夜中に泣き叫んで走り回っていたらしい。
母が言っていた。私は直接見たことはない。熟睡してたんだね、きっと。
その夢はいつも同じ。
細い道を母と手をつないで歩いていたら、道をふさぐくらいの大きな岩が前から転がってくる。そんな話だったと思う。
じつは、うちの娘も似たようなところがあって。
発熱するたびに
「へんなおんなの人がみえる」
って、怯えていた。
「目を閉じてしまえば、見えないから。
おかあさん、ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」
ぎゅっと抱きしめる。体が熱い。
「ちがう、おめめをとじたら出てくる」
怖がって泣いて。
目を開けっぱなしにしておけば大丈夫! なんて言えないよ・・・。
無理だし・・・。
かわいそうだったな。
話を戻す。
体調不良による悪夢だったかもしれないけれど、体質としてはあなたに似たんじゃない? そう伝えた。
「それがさ・・・」
と話し始めた内容とは。
弟は、私と違っていわゆる好かれるタイプ。非常に交友関係が広い。
あるとき、年配のお知り合いが亡くなったそうだ。
弟本人は広い交友関係の中のおひとり、と思っていたみたいだけど、あちら様はその思いより少し濃い感情を持ってくださっていたらしい。
形見分けを頂いた。
本当はお断りしたかったらしいけれど、故人のお気持ちを考えて受け取った。
そして、家に持ち帰り・・・。
義妹と子どもたちでお風呂に入っていたとき。
「ねえ。きょうはおじちゃんも一緒だね」
⁈
「なに変なこと言ってるのよ~。ママと娘ちゃんと息子ちゃん三人しかいないでしょ?」
「ううん、そこに知らないおじちゃんが立ってるよ、ねえ?おねえちゃん」
「うん」
義妹の立場でなくて本当に良かった。
風呂という、いちばん無防備な場所で。守らねばならない子を二人抱え。
いろんな意味で怖い。
することはただ一つ。
風呂から上がる。家のどこが水浸しになろうとも。
その夜帰った弟はさんざん叱られたらしい。
そして、翌日、いただいた形見分けをお返ししたそうだ。
まあ、そうなるよね。
義妹に事件の一部始終を聞いてみたい、その気持ちはあったけれど。
気の毒な気もしたし、あまりに怖くて聞けなかった・・・。
この世のものではないものを見ても、無邪気だった甥っ子。抜けているくらいにやさしかった甥っ子。
成人したいまは、お絵描き大好きな大人になった。
彼の写真は娘の護身に仕えるんじゃないかな、そう真剣に考えるくらい。
どうしてそうなった。
それもまた、恐怖である。
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