最初に気づいたのは誰?

誰かの何かだったもの

見落とされた証拠は、そこにあった

「被害者は佐山隆一。午前2時、自宅で絞殺された。室内に争った形跡なし」


警察官の説明に、私はうなずいた。

遺体は寝室のベッドの上、苦悶の表情を浮かべていた。


現場に入ってすぐに違和感を覚えた。

部屋が、あまりに整いすぎている。


まるで、死後に誰かが片付けたようだった。


「第一発見者は?」


「婚約者の結城麻子さんです。昨夜LINEで連絡がつかず、心配になって訪ねたとのこと」


彼女はリビングのソファに座り、泣き疲れたように目を腫らしていた。


「結城さん、最後に被害者と連絡を取ったのは?」


「昨日の夜10時頃です。“風呂入って寝る”って」


「合鍵で入ったんですか?」


「はい、隆一から渡されてました」


話は整然としていた。取り乱す様子もなく、嘘の気配はない。


ただ、妙に冷静すぎるのが気になった。


私は部屋の中をもう一度見渡した。

台所のシンクには洗い物がない。

冷蔵庫にはコンビニの総菜が2つ、賞味期限はどちらも今日まで。

テレビはついたまま、音量だけが絞られていた。


「彼、日記とかつけてました?」


「スマホにメモしてました。ロックは顔認証で……」


試しに遺体のスマホを起動すると、なんとロックが解除された。

遺体の顔をかざすと解除される。

誰かが、すでにスマホを操作した可能性がある。


スクロールしていくと、日記のアプリに目が留まった。


《5月18日》

「最近、誰かにつけられている気がする。気のせいかな。麻子のことは信用してる。でも一度、スマホを見られたかも。パス変えるべきか…?」


《5月19日》

「玄関のカギが開いてた。出かける前に閉めたはずなのに。帰ってきたらキッチンの包丁の位置が変わってた。怖い。でも警察に言うのは大げさかな。カメラ、買おう」


佐山は何かに怯えていた。

そして彼はその直後に殺された。


スマホを閉じ、もう一度寝室に向かう。

そこで私は、ベッドサイドのごく小さな“ずれ”に気づいた。


ナイトテーブルの引き出し。

半分だけ、きっちり“開いていた”。


何かを取り出したのだろうか?

中にはハサミ、手帳、そして――未開封の小型カメラ。



「結城さん、彼のスマホを開いたことありますか?」


私の問いに、彼女の表情がピクリと動いた。


「え……? いえ、ありません」


「顔認証のスマホって、寝ている間にでも開けますよね」


「……なにが言いたいんですか」


私はスマホの履歴を見せた。


「LINEのログ、5月19日の深夜2時15分に“削除”されています。“すべての端末から削除”のログが残っていたんです。つまり、犯人が送った何かを消そうとした」


彼女は口を閉ざした。


「佐山さんは、何かに怯えていました。警察には言えない理由があった。でも日記は残した。これが、彼なりの“遺言”です」


「……証拠は?」


「完全な証拠はない。でも動機ならあります。あなた、佐山さんの“元恋人”の存在を最近知りましたね?」


彼女の顔が青ざめた。


「本命は自分じゃなかった。彼は元恋人と連絡を再開していた。あなたは偶然、スマホを覗いてしまった。違いますか?」


麻子の口が震えた。


「わたしは……ただ、聞きたかっただけ……」


「LINEで問い詰めた。深夜2時過ぎ、あなたは部屋に来た。そして……殺した」


「ちがう、私は――」


「でも、やりすぎたことに気づいて、全部“きれいに”整えた。冷蔵庫に食事を残し、洗い物を片づけて、部屋を元通りにした。まるで自分が訪ねていないように。けれど、整えすぎたんです」


静かに、彼女が目を伏せる。


「あなたが最初に言った、“風呂入って寝る”という彼のLINE。そのログ、もうスマホには残ってませんでしたよ。削除された後に、あなたが話を作ったんじゃないですか?」


しばらくの沈黙のあと――彼女は、頷いた。


「……やっぱり、顔認証はダメね」


そう言って、微笑んだ。



事件は、表沙汰にはならなかった。

「過失による突発的な殺害」として処理された。

証拠も決定的ではなかったからだ。


けれど私は、今でも考えることがある。


最初に“彼の異変”に気づいたのは、誰だったのか?


もしかすると、それは彼女ではなく――スマホだったのかもしれない。

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最初に気づいたのは誰? 誰かの何かだったもの @kotamushi

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