第2話 昔話

 龍清は夢を見ていた。

 夏休みに入り、祐司が立てた計画。


 裏谷うらたにのキャンプ場へ到着をして、馬鹿が馬鹿なことを言い出してやってきた村。

 そう、「裏谷っていうことは、表があるんじゃね?」とまあ。

 祐司バカが馬鹿なことを言い始めた。

 そして俺達もバカだった。

 文句を言う女の子達を連れて歩き始めた。

 これが、悪夢の始まりだとも知らずに。


 そう、祐司が考えたよくある景色。

 昔行ったところには、そんな不思議があった。

 山奥の道を結構な時間を掛けて車で走り、細く険しい道を通って神秘的な滝へと到着をする。

 彼等は、はしゃいだ後に帰ろうとナビを見ると、道はまだ上流に向けて続き、そしてなんと大きめの道へと繋がっていた。


「なんだこりゃ?」

 滝の上流なのに、山奥ではなく平野部へ繋がっているおかしな地図。

 だが彼等は向かう。

 そして、わずか十五分ほどで田んぼの広がる所へと到着する。

 そう。滝の辺りが山頂で、そこを境に別世界となっていた。

 だが地形が理解ができないと、神秘的な山の奥。滝の上流に住宅地が存在していたような錯覚を起こす。そう、がっかり度がひどい。


 嘘だと思うだろう。

 実際にあるのだよ、香川県に……


 そして彼等は、村へとたどり着き。人の良さそうなおじいさんに誘われるまま泊めて貰うことになった。そう、その時には普通の村に見えた。

 食後、龍清は気を失うように一瞬だけ眠ったときに夢を見る。




 ―― それは、明治になり。動乱から近代化へと、時代が変わろうとしていた頃。

 夕暮れ、普段なら禁忌される時間。

 逢魔が刻に、その集団見合いともいえる儀式は始まる。


「池に入り、身を清めよ」

 昔からのしきたり。

 これから村長の指示により、生涯を共に暮らす者を決められる。元服げんぷくにならい、今年十六歳になる者達が受ける儀式。


 どう言うものかは、教えて貰っていない。

 皆が揃う。

 一見すると格好は普段のままだが、着物の下にふんどしは穿かず、肌襦袢。


「それでは、身を清めた後、奥殿に上がりなさい」

 村長が式次第を読み上げる。


 きよが不安なのか、俺の手を握ってくる。

 彼女は幼馴染みであり、お互いに好き合っている。

 この儀式で、相手が違った場合は、逃げようと決めていた。


 着物を脱ぎ、肌襦袢だけとなり、順番に池へと入って行く。

 池の水は腰まであり、その中に肩まで浸かるのだが、湧水のためか髪の毛が逆立つほど冷たい。

 皆は足早に池からでて、階段へ向かう。


 池から続く階段は、普段は一切使われていない。いつもその先にある扉は通常きっちりとしまっている。

 初めて入った奥殿は結構広く、床は板敷きだが、茶揉みにでも使うような厚手のむしろが、十畳ほどの床に敷き詰められていた。

 そこに人数分のお膳がおいてある。

「寒かろう。皆湯飲みを取り、飲みながら祝いの魚を食べなさい」


 少し待ったのだが、特に指定がないので、適当に座る。


 広さがあるため、四隅の灯籠と神事用の火ではかなり薄ぐらい。それに何の木を燃やしているのか分からないが結構煙い。

 祝いの魚が、巫女役によって回ってくる。

 取り分けてくれるのだが、小さな皿には、ひとつまみ分しか乗っていない。


 隣に座った清に、ぼそぼそと小声で愚痴る。

「祝いだというのに、結構けちだよな」

「そうね。でも神事だし。ごちそうは後じゃないの?」

「なら仕方ねえな」

 その時に、気がついた。

 薄手の肌襦袢が、濡れて透けていることを。

 体が反応する。


 正座をしていたのを崩してあぐらをかくが、どうしたって目立つ。

 見ると俺だけでなく、男は皆もじもじし始める。

 いや、女もだ……


 それで理解をする。

 この酒、何か苦みや甘み。変わった味がするが、何か入っていた?


 祝詞が読まれて、火が燃え上がる。

 神楽鈴が鳴り響き、少しの緊張と神聖な雰囲気が盛り上がってくる。

 もじもじが止まらない中、祝詞が終わる。

 症状がさっきよりもひどくなる。


 村長が皆を見回す。

「今ひとつだな? おい」

 合図をすると、神事用の火の中に何か粉がくべられて、一気に火が強くなる。


「さて、今から宣言をするが、これには意味がある。神さまにも宣言をするのだ。毎年思った相手が居る奴は文句を言うものだが、己が無理を通せば、村全体が不幸になるだけだし、そんな輩は村に居れん様になる。むろん。お前達の親もだ」

 ナニを言ってやがる。

 俺は腹の中で文句を言う。


 そして始まる。

 小さな村だ。年頃の男女など五組ほどしか居ねえ。

「それでは始める。この良き日に御神おんかみ御前おんまえにて宣言いたし候。これから、村の隆盛と発展を願い御神に報告を申し上げ致しまする……」

 村長がうだうだと、神様に向かって祝詞を唱える中で、その時は来た。


 ただその頃には、酔ったのか少し頭はもうろうとして、それなのに、股間のそれは痛いほど立ち上がっていた。


「岩田直吉と辻うめ。清水豊松と川辺ハナ。谷脇一郎と山本はる。西田清太郎と沼田清。そして最後に、髙田龍清と池端千代。彼等五組は、今日この日より夫婦となりてともに……」

 この後、互いが手を取り合い。神様に宣言をすると言っていたが、そんな事など知るもんか。


「清!!」

「たっちゃん」

 それを見て、やれやれという感じで村長は宣言をする。

「おおい。いつもの奴だ!! 髙田 龍清たかた たつきよ沼田 清ぬまた きよだ」

 そう言うと、拝殿側の扉が開き、ニヤニヤ顔の若い衆が入り込んでくる。

 そうこういう事がないと、神事は見届け人の村長と、宮守りの数人しか見る事が出来ない。だが、反抗するものが居れば、中でじっくり見ることができる。


 そう、神事とは夫婦同士の初めての契り。

 神前での宣言。そして証明のために行う初の睦み事。


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