第七話:『社内バズチャレンジ』始動と予期せぬ反響

 葵の「エモい」というキーワードは、『イノベーション推進室』に大きな衝撃を与えた。俺たちはすぐにそのアイデアを基に、『社内バズチャレンジ』の企画を具体化していった。




「『私たちの会社、もっとエモく!』ですか。なかなか良い響きですね」




 高瀬さんが企画書を眺めながら、満足そうに頷く。企画の内容はシンプルだ。『ハーモニー・ウェイブ』内で、「#フューチャリングコネクト愛」というハッシュタグを使い、社員たちが自分の部署の隠れた魅力や、入社して感動したエピソード、あるいは会社へのちょっとした願いなどを投稿する。最も「エモい」投稿には、社長賞が与えられるというものだった。




「重要なのは、形式ばらず、社員が自由に共感し合える場にすることだ。評価は、投稿へのリアクション数とコメント数で決める」




 俺が説明すると、小川莉子をはじめとする女性メンバーたちは、目を輝かせながら頷いた。彼女たち自身が、SNSのインフルエンサー的な発想に共感しているのが見て取れた。




「吉野さん、この企画、絶対バズりますよ! 私が保証します!」




 葵は、自分のアイデアが形になるのが嬉しいのか、目をキラキラさせている。その言葉に、俺は自信を深めた。彼女は、本当に『ハーモニー・ウェイブ』のツボを心得ている。




 ◆




 『社内バズチャレンジ』は、鳴り物入りでスタートした。最初は様子見の社員が多かったものの、数日も経つと、じわじわと投稿が増え始めた。




 『#フューチャリングコネクト愛 開発部、いつも夜遅くまで頑張ってるけど、あの新システムのデモ、本当に感動した!』




 『#フューチャリングコネクト愛 経理部の鈴木さん、いつもピリピリしてるけど、実は猫好きで、アイコンが猫になったの知ってる? ギャップ萌え!』




 普段は部署間の壁がある社員たちが、他部署の社員を褒めたり、意外な一面を暴露したり。中には、社長が若かりし頃の失敗談を投稿したりと、予想外の盛り上がりを見せ始めた。




「すごい…! 吉野さん! 投稿数が、どんどん伸びてます!」




 小川莉子が興奮した声で報告してくる。俺が『ハーモニー・ウェイブ』のダッシュボードを見ると、投稿数は加速度的に増え、それに伴ってリアクションやコメントも爆発的に伸びていた。




「社員間のエンゲージメントが、これほど高まるとは…」




 高瀬さんも、そのデータに驚きを隠せない様子だ。無関心だった社員たちが、自主的に会社の良い点や、同僚の意外な魅力を発信し始めたのだ。これは、会社全体の士気向上にも繋がる。




「この企画、大当たりね。吉野くんの分析力と、葵ちゃんの感覚が、見事に融合したわ」




 高瀬さんの言葉に、俺は葵を見やった。彼女は、俺たちに負けないくらい嬉しそうな顔で、画面を見つめていた。




 ◆




 『社内バズチャレンジ』の成功は、瞬く間に社内に広まった。社長も役員会でこの企画を大絶賛し、『イノベーション推進室』の評価はうなぎ登りだ。




 そんな中、俺は会社の給湯室で佐藤と鉢合わせた。彼は、苛立ちを隠せない様子で、荒々しく愚痴を吐き出していた。




「……チッ。まさか、あんなお遊び企画が当たるとはな」




 佐藤が、俺を一瞥して舌打ちをする。その顔には、隠しきれない嫉妬と、屈辱が滲み出ていた。




「佐藤も、何か投稿したらどうだ? きっと営業部も盛り上がるぞ」




 俺は、あえて挑発するように言ってみた。




「冗談じゃねぇ! 俺は会社の利益を追求する営業だ! お前らのお遊びに付き合ってる暇なんかねぇんだよ!」




 佐藤は吐き捨てるように言い放った。だが、その声には、以前のような自信と傲慢さはなく、焦りと焦燥が混じっている。俺の企画が成功するたびに、彼の中の何かが削られていくのが分かった。




「ま、お前もせいぜい頑張れよ。俺が稼いだ金で、お前らの部署も存続できてるんだからな」




 そう言い残し、佐藤は足早に去っていった。その背中には、以前のような威圧感はなかった。




 俺は、静かに給湯室を出ていく。佐藤の言動は、俺の成功が彼にとってどれだけ不快なものかを示していたが、彼が以前俺に投げかけた言葉が、そのまま彼自身に現在は跳ね返っていた。




 『社内バズチャレンジ』は、単なる企画に留まらない。それは、会社全体の雰囲気を変え、そして、俺を軽んじてきた人間たちの立場を、確実に揺るがし始めていた。

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