1章-5

 スーインの目が覚めた翌日、イフラームは再び会議を招集した。

 しかしそれは、相談のためというよりもスーインの決定事項を伝える場、であった。


 懸案だった『スーインをどう火の国から水の国へ来させるか』については、結局良い方策は見つからないままだったが、その後エリシアからもたらされた「剛衛隊がサポートにつく」という情報にすがることにした。


 二番手以下で構成される暗影隊だけでは心許なかったが、精鋭の中剛衛隊の中でも、おそらくアーサーのことだ、精鋭を選りすぐって派遣するだろう。そんな剛衛隊もついてくれるなら、助けられる確率はぐっと上がるはずだ。


 そう自分たちに言い聞かせるしかなかった。


 イフラーム、エリシア、エルディオ、ユーリ、カイル、キリアン。そして壁際にサラとエマ。

 関係者を見渡すと、スーインは重い口を開いた。


「まずはキリアン、カイル。火の国の侵攻を止めるため、西方辺境隊が南方辺境隊に合流する。副団長として、軍紀の維持に努めよ」


「は」


 二人は深く首肯する。


「これに伴い、開戦を避けるため、わらわがまずは火の国と和平交渉を行うこととなった。中央隊の一個師団を連れていく。キリアン。中央隊隊長も兼務せよ」


「は」


「私は?!」


 深く首肯するもの、抗議するもの、こちらは見事に分かれた。


「カイル。厳密にいえばそちは水の国のものではない。ここで水の国に殉じる必要はない」


「ですがっ」


「南方辺境につれていくのは、たかが一個師団だ。大部分は王都に残る。よって、団長と副団長の片割れがいなくなる中央隊を率い、そちが騎士団団長代行を務めよ」


「!!」


 自分の役割がない、と憤慨して声を上げたものの、想像以上の責任をいきなり背負わされ、カイルは絶句した。


「なんだ、不足か?」


「そいういうわけでは……」


 想像もしない展開に、カイルは頭が回らなくなる。


「策略については、そちは最適な人物を妻にしておるではないか。ユーリ、軍略も相談にのってやってくれ。少し勉強すれば、そなたにできぬことはないゆえ。イフラームも補佐を頼む」


「スーイン様……そんな」


 うろたえたユーリを横目に、イフラームがゆったりとうなずく。


「エリシア。王宮の掌握を頼む。アスリーアと協力して、なんとか火の国の関与を引き出せ。後宮の秘密は後宮でしか引き出せない」


 エリシアは神妙にうなずく。


「そしてエルディオ。今となってはそちが右大公家の嫡子、長男となった。何も問題ない。わらわが旅立ったら、正々堂々と右大公の爵位を継ぐのだ」


「姉上!さすがにそれは飲めませぬ。お戻りになったら姉上はどうなさるのですか!」


「たとえ無事に戻っても、右大公にはもうならぬ。戻れたら、戻れた時に考えよう」


「ですが……」


「わらわがなんのために、エリシアの輿入れのどさくさに乗じて、そちを嫡子にしたと思っておるのだ。この時のためだったのだよ」


「ですが、ですが、姉上の後継者はラーニアではありませんか!」


「そうだ。ラーニアが後継であることには変わらぬ。だが、彼女が継ぐ時代は今ではなく、次代だと思う。今いる子供たち、そしてこれから生まれてくる赤子のために、あの子は存在していると、わらわは考える。

 今は、エルディオ、そちが継ぎ、その後にラーニアに継がせるのだ。ただし、継ぐのは爵位ではない。国を守る意志、だ」


 ここまで話して、スーインは大きく息をついだ。


「よい折だ。皆の者、聞いてもらいたい。我々が継ぐべきなのは、国や財産や身分ではない。国を守る意志、だ」


「国を守る、意志」


 ユーリが小さく反芻するようにつぶやく。


「そうだ。勿論、国を守るには、ふさわしい財産や身分を必要とする。だから国を守るためにはそれを追い求めることも必要だ。しかし、国を守るため、という根本を見失うと、たちまち瓦解し、立ち行かなくなっていくであろう」


 火の国のように。

 セザリアン、ゼスリーアの左大公家のように。


「よいか。国を守る意志を繋げ。正しく繋げれば、国や家はついてくる」


 それぞれが納得して、小さくうなずいたころ、改めてスーインは顔をエルディオに向けた。


「だからエルディオ。そちが右大公を継ぐのだ。十五という若さで、わらわの子、サリフを引き受ける英断を下せたそちの胆力を忘れたことはひと時もない。あのような自己犠牲を払えたお前こそ、右大公にふさわしい」


「姉上……」


 思いもしなかった重責に、目の前のものがゆがんで見え、手が震えはじめる。

 ……辞退したい。

 したいが、有無を言わさぬ雰囲気に、エルディオも首肯せざるを得ない。


「承知しました」


 満足げにうなずくと、スーインは次にユーリに向き直った。


「そしてユーリ。エルディオの右腕として、その手腕を振るうがよい。短い間ではあったが、わらわの持てるものは叩き込んだつもりだ。そなたなら、できる」


 ユーリの脳裏に、あなたならできます、と言い放った数年前のスーインの顔が浮かんだ。似たような状況だが、あの時はまだ「いざとなったらスーイン様を頼ればよい」という甘えを持てた。今は……そのような甘えはもう許されない。

 似たような状況の似たような言葉なのに、内実は全く違う。


「いや……いやです、スーイン様。無事お戻りになってください!教わらないといけないこと、まだいっぱいあるんです!」


 気が付くと涙を流しながらユーリはそう叫んでいた。


「ユーリ。気持ちはありがたくいただいておく。わらわも、無駄に散るつもりはない。最大限、戻ってくるための努力はするつもりだ。だから、ユーリも覚悟を固めてほしい」


 スーインは優しい顔をして、隣に座るユーリの手を取り、もう片方の手でなだめるように軽くさすった。


 そして、スーインは、改めてその場にいる顔を見渡す。


「謀略においては常に最悪を考えておく必要がある。最悪を考えておけば慌てぬし、なにより最悪が起きにくくなる。

 だから、わらわは戻らぬと心得え、準備せよ」


 スーインはすらりと立ち上がると、もう一度発言した。


「わらわの国を守る意志はここに置いていく。皆で継いでほしい」


 そういうと、部屋を出ていった。



**

 さらに翌日。

 前日に話し合ったことを書類の形にまとめ、万が一のときは朝議で開封し、読み上げよ、と言ってユーリに渡した。


 またも泣かれてしまったが。


 弟妹であるエルディオ、エリシアや、子であるサリフ、ラーニアにも感じたことのなかったような愛おしさで、スーインの胸の奥が痛んだ。


 あの雪の国で才を氷漬けにする寸前だったこの娘を見出して、鍛えてきた。こんなに早く別れることになるという想像はしていなかったが、磨いたら磨いただけの手ごたえのある娘だった。もっと磨けるのに、という想いは切り捨てた。


 エルディオにも、かねてから用意していた右大公家の朝服を渡した。

 庶子ということでスーインの影に隠れてきたが、実はスーイン以上に苛烈で勇猛だ。騎士団長も問題なく務まる武芸も身についている。


「だれが何と言おうと、そちは右大公にふさわしい。胸を張って右大公の椅子に座るのだ。ユーリもな。わらわだと思ってエルディオを支えてやってくれ」


 エルディオは一晩のうちに腹をくくったのだろう。


「お任せください。国を守る意思も確かに」


 と、落ち着いて朝服を受け取るとともに力強く返事を返した。……ユーリは泣きっぱなしだったが。


 あれでは、エルディオの初仕事はユーリをなだめることになるな。それはそれで、エルディオの人心掌握のよい訓練になるだろう。

 すこし、スーインは笑みを漏らす。


 政治家としての自分に区切りをつけると、スーインは執務室を出て、私邸区域に戻りバルコニーに出る。


 そこには水面を渡ってくる風に吹かれているイフラームが立っていた。


 ……相変わらず美しいわ。


 心のなかで称賛し、イフラームに声を掛ける。

 声を聞いて振り返ったイフラームに、スーインは微笑みかけた。


「そうしていると、いかにも風の民、って感じになるわね」


 イフラームの横に立つ。


「スー、なぜ私が生き残ったか、ずっと知りたがってたね?」


「今?」


「そう、今。ようやく、説明する言葉を見つけた。国を守る意志を置いていく、といった君を見て、ようやくわかったのだよ」


 そういって、イフラームは晴れやかに笑う。


「そう。私は王太子だったのだよ。気が付いているだろうけどね」


 イフラームは風を読むように目を細める。


「だが、統治すべき、愛すべき民を失った。勿論、火にまかれたときは民に殉じるつもりだった。

 だがね。この国を思う気持ちをここで散らしていいのだろうか、と思ったのだよ」


 イフラームも風の民の意識を改革し、風の民の定住の地を築いて滅亡を防ごうとした。だが、民の衰滅の勢いにはあらがえなかった。

 そう、ザハルがいなくとも、おそらく風の民の命運は変わらなかった。


 風の民が滅亡するのは仕方がない。

 だが、国を守るこの気持ち、これを誰か受け取ってはくれないだろうか……!


 その思いがあの業火から逃れさせたし、業火から逃れて目が覚めて初めて会ったスーインを見て、同じ思いで水の国を変えようとしているスーインの意識と共鳴し、「この人だ」と思ったのだ。


「あの南方の離宮で目覚めて最初にスーに会った時、自分はこの人にこの気持ちを伝えるために業火から逃れたんだ、と、とても自然に納得できたのだよ」


「わたしたち、とても似た者同士だったのね」


 イフラームの手を取ると、スーインはそっと自分のほほにイフラームの手をそわせた。


「スーイン。自国の民をなくした私に、第二の愛する対象を与えてくれて、心から感謝している」


「過去形で言わないで。あなたにはこれからも、エルディオを支え、ユーリを導いてくれないと」


「そうか……そうだな」


 イフラームはそっとスーインを抱き寄せる。


 そんな二人の姿を、夕日が赤く照らしていた。

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