1章-3

「姫様!申し訳ありません!」


 男の気配が消えたとたん、サラが跪いて許しを請う。

 見知らぬ男に手を取られたとあっては、確かに暗衛失格。触れるということは、害を加えることができるということだ。しかし……


「よい。あいつは、とんでもない手練れだ。サラが反応できないのも仕方あるまい。何事もなかったのだから気に病むな」


 そもそも、サラはこの集落に来るのは反対だったのだ。そこを無理を押して赴いたのは自分なのだから、責を問うのはお門違いというものであろう。跪くサラを立たせながら、背後にいるであろう人物に前を向いたまま、スーインは声をかけた。


「キリアン。出てこい」


 案の定、姿を消していたキリアンが、倒壊せず残っていた太い柱の影から姿を表してスーインの正面に回り込むと、サラと同様、跪いた。


「反撃できず、大変申し訳ありません」


「怖気づいたか」

 キリアンを見下ろし、一言冷たく発する。


「滅相もございません。あの男が一人でなかった場合、サラ様を支援できるよう備えておりました」


 キリアンは声の冷たさにひるむことなく堂々と答え、深く頭を下げる。

 言葉に偽りがないだろうと思いつつも、確認のためサラに目で問う。サラも首を縦に振るのを見て、スーインは追及の手を緩めることに決めた。自分の力量を知り、状況を読んで自分の身の振り方を正しく決められるのも一つの才能だ。やみくもに援護するだけが、護衛の仕事ではない。そこだけでもほめてよいだろうと、スーインは考える。


「まあよい。わかった……ときに、地下道にいた者はどうであったか」

「意識はありませんが、まだ息はございます。館跡から類推される通り、高貴な身分の男性かと」 


 いかがいたしましょうか、と口には出さず頭を下げ、次の命を待つ姿勢をキリアンは取る。


「サラ。見てきてもよいか?」

「お気持ちのままに」


 止めても、決めたことは押し切る主のこと。地下道も、もう既にキリアンが二度も入っていて何事もなかったことから、危険は少ないと判断したのだろう。サラは最早スーインの行動を制止しなかった。


「では、二人は入り口で警戒していてくれ」


 言い置くと、スーインはそっと階段を降りていく。


 キリアンが少し歩きやすく整備したらしく、倒れている人影のところまでは、焼け落ちたがれきなどは取り除かれ、歩きやすくなっていた。

 地下とは言っても天窓で太陽の光を取り込む設計となっており、あたりはしっかり見ることができる。さしたる苦労もなくスーインは倒れている者のもとに進んだ。


「確かに高貴な身分の者であるの……」



 想像できる館の大きさといい、身にまとう高級そうな衣装といい、王族の一人であることを示唆している、とスーインは確認する。


「もし……」


 そっと揺り動かしてみる。確かに息はあるが、全く反応はない。反応がないことをよいことに、スーインは男の外見を観察する。透き通るような白い肌に、金色のウェーブの髪。目を閉じているからわからないが、瞳の色は青か緑か榛か……つまり、薄い色に間違いないだろう。風の民の特徴だ。


 風の民は土地に執着せず、文字通り風のごとく流浪してきた民だから、様々な氏族との婚姻を繰り返し、民の外見の特徴を失う傾向が強い。

 そのため、風の民の外見を色濃く受け継いでいる者は、それだけで血を守る義務を負う、高貴な家柄の出身である可能性が高いと推測できる。

 つまり、これだけはっきり風の民の外見の特徴を持っているのであれば、風の民の王族に近い血筋のものに間違いないだろう。


 どうしたものか……


 思案するスーインの目に、男の胸元でかすかに光るものが入った。

 スーインは慎重に手を伸ばし、衣服の隙間からそれを引き出す。


 細い鎖に吊るされた白金の小さな銀板――

 その表には、風を象った繊細な文様が刻まれていた。そして、裏面に流れるような文字。


「イフラーム・アル=ナディル…………」


そっとスーインは声に出す。


 ファミリーネームに付いた"アル"の冠詞に、胸の奥で小さな衝撃が走る。これは精霊4氏族の王の家系に近しいことの証左だ。


――王の血を引く者。


「だから助かった?しかしならばなぜ従者がおらぬのだ……」


 王族とはいえ、滅びた民の生き残りを保護することに、意味はない。だが……


 スーインはそっと首飾りを胸元に戻し、静かに立ち上がった。

そして、地上で待つ二人のもとへ歩み出す。


 地上に出て、スーインの判断を聞こうと視線を向ける二人を一瞥し、スーインは静かに口を開く。


「風の民の王族だな。連れ帰ろう」


 サラは驚きのあまり目を見張ったが、ある程度予測していたのか、諦めを交えて静かに答える。


「先ほど伝令を飛ばし、姫様の迎えに馬車を向かわせております。すぐに来るでしょう。それに乗せれば連れ帰れるかと」


 サラの言葉通り、馬車がすぐに到着した。サラの配下である暗衛数名が地下道に入ってイフラームを運び出し、手際よく馬車に乗せる。それを見届けたスーインは、歩いて隠れ家へ戻ろうとしたが、その瞬間、サラに鋭く止められた。


「歩いて帰るなど、姫様なりませぬ!」

「だから、普通の女のように……」

 そう言いかけたが、サラの鋭い眼差しを受けて、スーインは言葉を呑んだ。



  反対を押し切り、ここに来たことで、何事もなかったとはいえ、危険な目に遭ったのは確かだ。これ以上、何かが起きて自分に本当に危険が及んだ場合、サラの首がいくつあっても足りないだろう。それでは、この忠義者に申し訳が立たない。

そう考え、スーインは心を改めることにした。


「わかった。馬車には乗る」

「御意」


 サラはようやく安堵したかのように微笑んだ。

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