雪山
二ノ前はじめ@ninomaehajime
雪山
積雪の下に妻を埋めた。
私が愚かだったのだ。雪山を登り始めて、登山道で妻が転倒した。きっと夫に気を
山の天候は崩れやすい。陽の光が覆い隠され、雪がちらついた。勢いが増し、程なくして視界が白く染まった。いつしか登山道から外れて山中を
四角い造りをした、簡素な避難小屋だった。寝袋に毛布、古びたランタンと燃料が置いてあるだけだ。吹雪を凌げるだけでもありがたかった。妻と二人で毛布にくるまり、雪が止むのを待った。
携帯電話は圏外で、山岳救助隊に助けを求められなかった。荷物には食料や飲料水があった。ただ、妻の顔色が悪くなってきた。登山道で転んだ際に打ちどころが悪かったのかもしれない。口数が少なくなり、ずっと体が震えていた。屋内でも寒さまでは防げない。寝袋で寝ることを勧めて、その隣で私も眠った。
避難小屋で一夜を明かした。目を覚ましたとき、妻の入った寝袋からは返事はなかった。
私は
小屋のすぐ傍らで妻の墓穴を掘った。ある程度の深さがある穴に寝袋を横たえた。スコップで土混じりの雪を
夜明けのわずかな光で目を覚ました。誰もいないはずの隣には、もう一人分の寝袋が横たわっていた。先日埋めたはずだった。膨らんだ表面が、雪の白い粉にまみれていた。
その寝袋から目を離せないでいると、後ろで小さな起動音がしているのに気づいた。振り返ると、そこには持参したビデオカメラが床に置かれていた。元々は、登頂記念に撮影するために用意したものだ。丸いレンズが無機的に、驚く私の姿を映していた。
ここには私一人しかいない。どうしてビデオカメラを回したまま眠ったのだろう。寝袋に背を向けて、ビデオカメラを手にした。昨夜の出来事が記録されているはずだ、という考えに思い至った。穴に埋めたはずの遺体を誰が掘り返したのか。液晶モニターを開いて、時刻を指定して撮影された映像を再生した。
真夜中、寝袋にくるまった私の寝顔が映っている。暗い屋内で、小さな人影が覗きこんでいる。帽子を被った、少女に思えた。両膝に手を当て、私に語りかける。
「ほら、おじさん。奥さんが寂しがってるよ」
囁きかける。寝入っていた私は寝袋から這い出た。謎の人影に疑問を抱いた様子もないまま、夢遊病者そのものの足取りで小屋の外へ出ていく。少女がその後ろ姿を見送る。
小屋の外で、雪を掘る音がくぐもって聞こえる。
「ねえ、見ているんでしょ」
明らかに現在の私に語りかけていた。
「おじさんは、この小屋に入ってきたときから一人だったよ。ねえ、誰を埋めたの?」
雪山 二ノ前はじめ@ninomaehajime @ninomaehajime
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