未来望遠鏡

 素晴らしい天才発明家が、二十年の歳月を費やし、とうとう人生の集大成となる、傑作を完成させた。


「ようやくできたぞ、これで世界の全ては私のものだ」


 彼は周りに誰もいない丘の上で、ひとり宇宙を見上げながら呟いた。

 彼の隣には、遠くから見ればまるで砲台のような、巨大な機械があった。

 その正体は、未来を見ることができる望遠鏡だった。


「これで宇宙を覗けば、私が独自に発明した最新量子科学技術で、光が銀河の外を回って一周し──どうにかこうにかした結果、未来を観測することができるのだ。今の所は、十年先と、百年先を見ることができる。そして精度はこれからどんどん上げでいくつもりだ。うまくいけば、私は先物取引で、世界一の財産を築くことができるだろう。いや全く、この発明を誰にも知られることのない孤島で、一人で完成させられて良かった。誰かにバレて、技術が世界に広まっては、勿体無いからね。やっぱり私は天才だと、自分自身でつくづく思うよ」


 男は嬉しさのあまり、独り言も饒舌になった。でも、ここは彼が親の遺産を引き払って購入した、赤道直下の無人島だったから、問題なかった。


「それでは早速、未来を見てみよう。まずは十年先がいいかな。A国の中心都市Nを見れば、未来の様子がだいたい分かるだろう」


 彼はワクワクしながら、望遠鏡を覗き込んだ。小さな家位の大きさがある巨大な望遠鏡には椅子がついていて、未来が映るまでに必要な十分ほどの時間を、ゆったりと過ごせる。

 やがて、ぼんやりと望遠鏡の中の景色に、光が浮かび始めた。それからさらに待てば、解像度が上がっていき、10年先の未来のA国の、中央都市Nの光景が映し出される。


「どれどれ……」


 彼は前かがみになりながら、目を凝らした。


「げっ……なんだこれは」


 そうして、上ずった声を出した。

 拡がっていた景色は、何とも信じがたいものだった。

 見ている街は、A国の中央都市Nで間違いなかった。何故って、教科書にも載っているような、世界一有名な交差点の景色が映し出されていたからだ。

 しかしそこには、未来の人間が誰も居なかった。

 代わりに、毛むくじゃらな姿をした正体不明の怪物が、うごうごと街を闊歩しているではないか。

 無数の毛が、てっぺんから伸びて地面まで垂れているのだ。そいつらの姿はまるで、傘がなくなったくらげのようでもあった。怪物の色は青、赤、緑と様々で、どう考えても地球の生物ではなかった。

 思わず彼は望遠鏡から、青ざめた顔を離した。


「なんということだ……。あれはもしや、異星人か? たった10年先で、まさか人類は宇宙からの侵略に破れてしまったということだろうか……。いったいどういうことだ、100年先も見て見なければ……」


 彼は震える手で、望遠鏡の目盛りを、100年未来へと動かした。


 そうしてまた覗き込めば……。


「ああ、なんてことだろう」


 景色は変わらなかった。丁度冬の頃が映ったようで、雪が降っていたのだけれど、相も変わらず交差点には、毛むくじゃらの怪物たちが闊歩していた。当然ながら、交差点を囲む広告も、建物の感じも変わっていて、そこにはみたこともない文字が書かれていた。どうやら、毛むくじゃらの怪物たちが使う言語であると思われた。


 泣きそうな顔で、彼は望遠鏡から目を離した。


「そうか、私が望むような未来は、元からなかったのか……」


 人生を賭けた発明をして、彼も随分年を取っていた。人生の終末期を、この望遠鏡から受けられる恩恵で優雅に凄し、自分の死の間際でこの発明を世に公表し、歴史的名誉を得て人生を締めくくろうとしていたのだけれど、そんな老後の設計も、宇宙人の侵略を前にすると、儚くて虚しいものに思えた。


 さて、この事実を公表したところで、どうなるだろうか。10年後に地球を乗っ取ることのできる、高度な文明を持った宇宙人たちを、今から準備すれば追い返すことができるだろうか? A国の大統領を自分が納得させ、未来を変えることが出来るだろうか……。


「いいや、よそう……。そもそも私がこんな未来を、見るべきじゃなかったのだ……」


 残酷な未来に傷心した彼は、全てを諦めてしまった。老い先短い人生で、これから地球を救うような決意を、彼は持てなかったのである。


「もう、いい……。老後は残った財産で、星を見ながら静かに暮らそう」


 彼はそう決めた。未来望遠鏡は彼のちょっとした遊び心で、普通の素晴らしい天体望遠鏡としても使うことができた。

 そして彼はヤケになって、未来を見る機能を、全部無くしてしまうことに決めた。


「あんな未来がいつでも見えると思うと、気が休まらないからな……」


 そうして、彼は老後、誰とも深くかかわらず、孤島にて孤独に生きていくのだった。


 **


 それから約10年後、A国にて、ある天才科学者が記者を集め、大々的に発表を行った。

 隣には、A国でも一番有名な製薬会社の社長もいた。この会見の主役である科学者は、その企業に所属する社員であった。

 彼は誇らしげに、右手に持ったスプレーを掲げた。


「皆さま、これは時代を変える発明品です。これこそが、新時代の増毛剤、『ネオヘアーX』でございます。見ていてください、この薬品の素晴らしい効き目を……」


 彼はそういうと、シューッと自分の髪にスプレーを吹きかけた。

 するとなんということだろう、みるみるうちに彼の髪が伸びていくではないか。そうしてついには彼の全身が髪にすっぽり覆われ、例えば、傘のないクラゲのような姿になった。

 どよめく記者たちの反応を十分楽しんでから、彼は暖簾をあげるように髪を搔き分けて、顔を出した。


「どうでしょう。まるで映画のような効き目ではないでしょうか。この増毛剤は、薄毛であろうと、つるっぱげであろうと、関係なく効き目を発揮します。そしてなんとなんと!このスプレーは自由な髪色の髪を生やすことがもできるのです!」


 どよどよと会見場が湧く中、舞台袖から出てきたアシスタントガールたちが持っていたのは、色違いのスプレー缶。赤、青、緑……。それぞれをアシスタントたちが自分の髪に吹きかけると、なんということか、皆一様の黒髪から、それぞれのスプレーごとの色の髪が生えてくる。

 拍手の起る会見は、中継で全国へ放送されていた。そして発明家の彼は、タイミングを逃さず、カメラ目線で宣言する。


「皆さま、お聞きください。こちらの商品の発売イベントを、〇月×日、中央都市Nの大交差点で行います。その日は無料でこちらの試供品を訪れた皆様にお配りしますから、ぜひご来場ください。交差点を鮮やかなヘアカラーで埋め尽くしましょう!」


 そうして、一か月後に行われた交差点での無料試供イベントを皮切りに、ネオヘアーXは世界中に普及することになった。


 余談ではあるが、百年後、地球は軽度の氷河期を迎えることになる。

 その時代では、ネオヘアーXの後継品が、防寒用品として広く愛用されるようになっていた。

 さらに、そのころには、世界には国と言う概念がなくなっていて、言語統一に成功、E語でもC語でもない、新言語が国際公用語として使われるようになっていた。


 そんな未来も、未来望遠鏡を作った、かの天才発明家が知ることはなかった。

 何故なら、彼はあれから六年後くらいに、急病を患って死んだからである。

 諦観に浸っていた彼は、せめて宇宙人なんかに自分の発明が知られないよう、設計図をすべて破棄してから死んだ。

 だから、素晴らしい天体望遠鏡だけが、持ち主なき孤島に残った。 

 後年、それが発見され、彼は『孤島に隠居しながら、天体観測と共に生涯を終えた、孤高の天文学愛好者』として、天体マニアたちの間で尊敬を抱かれながら、名前を覚えられることとなった。

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