第22話 筋肉、修羅場る

「『え、誰? ミノタウロスキラーの仲間! え、浮気してるってこと? そうそう! ソースどこ? サワサワのインタビュー配信 あー、あのゴミ配信者ね』」


 ドローンから出る機械音声が喧しい。

 礼堂はちげーよ、とつっこんでやりたかったが、今は目の前の相手が優先だ、と気を取り直した。

 何を話そう……と少し悩みながらも、とりあえず無難なところから行くことにした。


「……風邪は、大丈夫なのか?」

「ん、まあ、ね。アンタこそ、あの後平気だった?」

「ああ……」


「『くっっっそ気まづくて草 やってんなあ あんな可愛い子いるのに浮気してるとか…… 最低……ミノタウロスキラーさんのファンやめます……』」

「ごめん、ちょっと待ってもらっていい?」

「……うん」


 翠花に待ったをかけると、礼堂は、戦々恐々とした表情で事態の行く末を見守る未亜の方に行った。

 その両手には、けたたましく機械音声を流しているドローンが抱えられている。


「なんで音つけたの???」

「え、だって……ふ……面白い場面は、視聴者のみんなと、ふ……共有したい……ふふ……」

「やめてくれる!?」


 もはや笑いを堪えきれない様子の未亜に、礼堂は怒った方がいいのか、それさえもわからなかった。


 とりあえず会話に集中ができないから、と懇願して、未亜がドローンの音を消したのを確認すると、翠花の元へ戻る。


「ふーん……未亜だっけ? あの子と楽しくやってんのね」


 ──戻った時、翠花は形容し難いが、すごい顔をしていた。

 一目その表情を見て、思わず礼堂の「脳筋の処世術」マスキュラー・スルーが発動し、その顔を逸らしたほどだ。


「こっち見なさいよ」

「それで、花柳はなんでこんなところに?」

「こっち見ろっつってんのよ」


 あらぬ方向を見ながら会話を続けようとすると、翠花の怒気はますます強くなった。


 礼堂は渋々翠花の目を見た。不機嫌な表情をしているが、先ほどまでの、形容し難いほどの──無理に表現するなら、怒り狂った土佐犬か、阿修羅像かとでも言うような──怒髪天の表情では、なくなっていた。


 怖いとは思いつつもその表情変化に少しだけ安心すると、翠花は不機嫌そうに口を開いた。


「……高校生男子がビクビクしないでよ。やめてくれる? 私が悪者みたいじゃない」


 怒られて泣く子供にイラつく親みたいなことを言いながら、翠花は一つ、ため息をついた。


「爆音が聞こえたから、何かあったら困るし来てみたのよ。アンタなんか知ってる?」

「……これじゃねぇか?」


 そういうことが聞きたいわけじゃないんだけど──と礼堂が思っていると、翠花の背後にいた長身の男が、翠花にスマートフォンを見せた。


 学校で見かけたことがある。確か副部長のシンパの一人だったはずだ。──もやりと、礼堂の胸に突っかかるような感覚があった。


 見せているのは、音声から察するに、映っているのは昨日アップされたばかりの、グレネード製作とレベリング映像だろう。


 それを怪訝な顔で見ていた翠花は、映像を見終えると、礼堂にあり得ないものを見るかのような表情を向けた。


「……脳みそまで筋肉で出来てるのは知ってたけど……アンタ思考回路どうなってんの?」

「……返す言葉もない」


 しかもその後でしっかり忠告され、その上で今日も使っているのだから、救いようがないというものである。


「……ま、事件性や危険性がないならいいわ。ごめんね、時間取らせて。ノルマまでそんなにないし、潜るの再開しましょ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……花柳、お前はなんでここにいるんだ!?」


 翠花は一つため息を吐くと、そう言って、仲間達に声をかけながら礼堂に背中を向けた。

 それを呼び止めた礼堂に、首だけ振り返り──冷たい表情で、吐き捨てるように答えた。


「──私、今、ダンジョン探索部の活動に戻ってんのよ。……それだけ。じゃあね」


 翠花はそう言うと、礼堂が取り付く島もなく、スタスタとダンジョンの奥へと歩いて行った。


 それを見送ることだけしか出来なかった礼堂は、翠花達が見えなくなると、両手を膝について俯いた。


 よほど堪えたのか、それともストレスか。まるまった礼堂の背中は、まるで子犬のようにプルプルと震えている。


 それを慮りながら、小峰未亜は恐る恐る、といった様子で尋ねた。


「……ふられ、ちゃった……の?」

「そう、なのかな……」


 そもそも告白してすらいない。

 この気持ちを、明文化してはいない。

 だけど──。


 ──何よりも大事だった、花柳翠花とのダンジョン探索。それが叶わないことだけは事実なのだ。


 慰めるように話しかけてくれる未亜の顔を、礼堂は見上げるすらできなかった。

 見かねた未亜は、ぽんぽん、と頭を撫でる。


「だいじょーぶ。だいじょーぶだよ」


 思わず礼堂の目から、うっすらと水滴が頬を伝った。ただ、小峰未亜は、それを優しく慰めていた。


 その未亜の様は、まるで天使のようだ、と。

 礼堂に対する嫉妬で怨嗟の声が響めくコメント欄の中、そんなコメントが残っていた。



 その後、落ち着きを取り戻した礼堂が前衛を務め、未亜を後衛として、2人はボスに挑戦。

 礼堂が爆炎から逃れられるウルフライダーと爆発に耐性のあるスライムを処理し、未亜が後衛に対してグレネードを投げ込む。


 二人の連携で、第三層のボスはあっさりと倒された。


◇◆◇◆◇


 花柳翠花は二層に降りると、ギリ、と奥歯を噛んだ。


 ムカつく。

 ムカつくムカつくムカつく!


 私が? アイツのために? こんなに強くなろうと? 頑張ってるのに!? 一方のアイツは? 超可愛い美少女配信者と? ダンジョンデート!? はぁ!?!?!?


 怒りのまま、翠花は魔弾をモンスターに向けて乱射する。凄まじい勢いの銃弾の雨霰。

 それを掻い潜るようにして、3年生の先輩と同級生男子、前衛2人が残ったモンスターを倒していく。


 その掃討スピードはかなりのものだ。4人のうち3人が段々坂高校ダンジョン探索部では腐りがちな人材だが、腐ってもダンジョン探索部の部員ということである。


 だが──。


「す、翠花ちゃん落ち着いて? 弾道ブレてるよ?」

「すぅ────ん、ごめんね。なに?」

「だ、弾道が──」

「ぴぎっ」

「あっ」


 戦闘中の3年生の先輩の背中に、翠花の放った魔弾が当たり、小人のような悲鳴が響いた。


 一瞬体勢を崩すも、さすがは前衛職の3年生。

 その場でしっかり体勢を立て直し、モンスターを難なく撃退した。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫でしたか!?」

「う、うんまあ──気をつけてね」


 前衛職なのに気弱な先輩は、翠花に対して、困ったように笑いながら許した。


 許された、けれど。自分が生み出したその光景に、また翠花は拳を握った。

 それに気づいたのは、同じ後衛である同級生の女子だけだ。


「──こんなんじゃダメだ」

「翠花ちゃん?」

「こんなんじゃ──アイツの横に並び立てない」

「翠花ちゃん……」


 そうだ。

 私はまだ、全然弱い。

 あまりにも弱い。

 だから──まだあの男と潜るわけにはいかない。


 自分を追い込んでいく翠花の姿に、同級生の女子──山野は、悲しい顔を浮かべていた。

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