第15話 筋肉、ボスを攻略する2

「バカ! 本当私のバカ! あんたのこと言えないじゃない!」


 翠花は言いながら、礼堂の手元からするりと降りた。礼堂が言いようのない寂しさを感じる間もなく、翠花は大声で宣言。


「やるわよッ!」

「──ああ!」


 お互いに言いたいことはあるが、まずはボスを倒してからだ。翠花と礼堂は、翠花の言葉に礼堂が頷くという短いやり取りで合意した。


「私が引きつける! アンタは隙をついて攻撃しなさい!」

「え、でも」

「いいからッ!」

「はいッ!」


 ──礼堂土陽は、花柳翠花には逆らえない。

 翠花は撹乱のために周囲を横周りに移動しながら、魔弾でミノタウロスを牽制。


 だが、威力が足りないのか、ミノタウロスに対してヘイトを集める効果は薄い様子だ。


「──ッ」


 無力感を今だけは押し潰して、翠花は魔弾の種類を変更した。指先に集まるMPが増加したのを感じつつ、こちらに対し完全に油断しているミノタウロスに魔弾を3発撃ち込んだ。


「『パラ・ショット』ッ!」

「ブゥオッ!?」


 ミノタウロスが顔に浴びた魔力弾は、麻痺効果があるもの。ダメージはなくとも、麻痺の方は効果覿面だ。


「今よッ!」

「応ッ!」


 礼堂は翠花の言葉に応え、刀を納めた。

 そして──!


「ハッ!」


 礼堂の抜刀が、ミノタウロスの前のめりな姿勢、それを支える太い首の筋肉に当たる。

 オークであれば、体を骨ごと斬り捨てられる一撃。切断力、攻撃力共に申し分はない──はずだった。


「──は?」


 礼堂の攻撃を受け止め、ミノタウロスはその刀の持ち主をジロリと睥睨する。その不遜さに不満だったのか、フンと鼻を鳴らした。

 礼堂の攻撃は太く頑丈な筋肉を傷つけるに至らず、薄皮一枚を切っただけだった。


「……嘘だろ」


 確実に気勢を込めた、会心の一撃だった。

 だが──手持ちの刀では、攻撃力も重さも足りていない。


 残されている手段はスキルか、翠花が弱点を突く方法を持っていることを期待するしかない。


 礼堂の攻撃が効かないと分かるや否や、麻痺の解けたミノタウロスは、翠花の方に体を向けた。


 どう考えたって、翠花を先に潰すべきだ。そういう最低限の戦術眼さえ、ミノタウロスは持っているらしい。


「おい待て、やめてくれ……!」


 なんとか押し留めようと、刀を構えながら回り込んだ礼堂を、ミノタウロスはバトルアックスも使わず、左手で押し除ける。

 それだけで、体格の劣る礼堂の体を、大きく跳ね飛ばした。


 とはいえ、ミノタウロスのスピードはオークより少し速い程度で、翠花の逃亡速度には敵わない。


 礼堂は地面に体を強く打ってもんどり打つも、すぐに体勢を整え直し、痛む体を押して翠花を追いかけた。


 ミノタウロスは礼堂が追い抜く瞬間、今度はバトルアックスを振りかぶり横殴りを狙った。

 礼堂はそれを前転で転がって回避、さらに踏み切る足の力に力を込め、そのまま先に進んでいく。


「──撤退しようッ!」


 礼堂は意を決して、背後を気にしながら追われる翠花に、並走しながら提案した。


 倒せるまで殴るとか、もはやそういう次元じゃない。モンスターとして、ミノタウロスはあまりに固すぎる。


 礼堂の攻撃は、断ち切らないまでもそれなりにダメージこそ与えられているとは思う。けれど──倒し切ることは不可能だ。


「コイツは今の俺たちじゃ無理じゃないか!? 徘徊ボスってのも多分、敵なんじゃ!?」

「……本当に無理?」


 追いついてきた礼堂に対し、翠花は走りながらも、その瞳をジッと見つめた。それは試すような視線。まるで「自分のことは助けてくれないのか」と問いかけるような、そんな──。


 一瞬、言葉を失ってしまう。なんと言うべきか、どうするべきか、礼堂はわからなかった。

 だが──それは他ならない、花柳翠花の願いなのだ。礼堂土陽には、それを無碍にすることはできなかった。


「……一発だけ試す。でも無理そうならそれ以上はやらない」

「わかった」


 翠花は礼堂の言葉に頷くと、その場で右足を地面に擦らせてブレーキ。体を反転させ、ミノタウロスに対してスキルを発動した。


 大型モンスター用の罠スキルの一つで生み出されたトラバサミが、ミノタウロスに現れた。

 突如現れたそれに気づかず踏み抜いたミノタウロスは足を取られ、痛みと動かない足に大声で吼え猛る。


 その光景に対し、礼堂は翠花よりも前に出て、刀を一度鞘に納めた。

 ──これでダメなら、もう勝てない。

 緊張で、鞘を握る手が自然と強くなる。

 ──乱されるな。

 ──ただ、振るだけでいいのだ。


 そして。

 最大威力のスキルを、礼堂は唱えた。


「『スラッシュ』──!」


 発動、同時にスキルが礼堂に剣筋を誘導。

 それを無視し、礼堂は鞘から抜かなかった。

 代わりに礼堂は、自分が握る刀に、意識を乗せる。


 そして、刀を振る手応えを得られる形に、剣筋を構築し直した。

 「スラッシュ」のスキルを十全に自分のものに変え、使いこなす──。


 スキルは再構成されていく最中にも、ミノタウロスは持ち前の筋力でトラバサミを破壊。

 それと同時に、礼堂は刀を振り抜いた。


「いけ──!」


 思わず翠花はその光景に見入り、叫んでいた。

 ミノタウロスは身を捩り、回避を試みる。だが、鈍重なその巨体と傷ついた足首では避けきれない──!


 スラッシュによって放たれる巨大な剣閃は、ミノタウロスに命中。

 ミノタウロスはせめてもの抵抗で、それをツノで受け止めた。


 ギャリギャリと、金属同士がぶつかり合うような音が響き──やがてスラッシュで放たれた斬撃は、ついにその右角を切り落とした。


「ヴヴヴオオオオオッ!」


 斬撃はミノタウロスの肩に食い込む。しかし骨を断ち切り、右腕一本を落とすことには至らなかった。


 それでも、与えられた痛みにミノタウロスは吼えた。肩肉を抉られたことで戦斧を取り落とし、左手で右肩の傷を押さえながら、ミノタウロスは礼堂を睨みつけようとして──視界にいないことに気がついた。


 直後。

 ミノタウロスの傷口を抉るように、麻痺の魔弾が三発撃ち込まれる。


 体の抵抗力が奪われる。

 マズい、このままでは転ぶ──!

 構え、地面に目をやった。


 ──

 振り返ることすらできない。なんとか抵抗を──。二度目の麻痺には耐性ができていたのか、さっきよりも早く動けるようになる。


 これでなんとか……!

 決死のミノタウロスの願いは、だがしかし、届かなかった。


 足首に、さっきよりも遥かに大きな激痛が走る。ミノタウロスは意図せず膝をついていた。


 さっき自分のツノを折った、忌々しい敵。奴さえいなければ──!


 気配を探す──そして見つけ、理解した。


「オオオオッ!」


 持ち前の筋力でミノタウロスの戦斧をぶん回す礼堂は、膝をつかせたミノタウロスの脇腹に、叫びながら斧を振り抜いた。


 斧はミノタウロスの巨木のような腹を深く抉る。──けれど足りない、こんなものでは倒せない!


 振り抜いた斧を持ち変え、今度は高く構える。そして──大上段に構えた斧を、力強く振り下ろした。


 左手一本でなんとか抵抗を試みようとするミノタウロスの左手のひらに、斧は深く食い込んでいく。


「ヴモオオォォオオオッ!」


 悲鳴をあげ、手のひらにある指の腱という支えを失ったミノタウロスの左手が歪む。

 斧が止まると同時に礼堂は手放し、同時に、刀を抜いた。


 ミノタウロスは最後の抵抗で、敵対者を道連れにしようと、残った左ツノで敵を突き殺すべく、頭をその場で振り回す。

 だが、抵抗したとしても、ミノタウロスは足の腱も切られ、これ以上移動することもできなかった。


 HPが危険域に入り、死にかけているからか。

 ミノタウロスの全身、傷という傷から、死ぬ時の光が溢れ出していた。


 ──礼堂はそれを、悲しげな目で見つめていた。

 そこでようやく、ミノタウロスは理解する。

 目の前のコイツは、もはや敵ではない。

 自分を痛みや苦しみから、解放しようとしているのだ、と。


 疲労と痛み、それにダメージで、ミノタウロスは声すら出なくなってきた。

 大人しくなったミノタウロスはせめてもの抵抗。目前の、自分をこれから殺すだろう相手を睨みつけた。


 それを見据えて、礼堂は刀を構えた。

 そして、一言。


「御免」


 ミノタウロスに対する宣告は、ミノタウロスには随分と優しい響きに聞こえていた。



◇◆◇◆◇


 ミノタウロスが、光となって消えていく。

 それを礼堂と翠花は、並んで見つめていた。

 礼堂は満身創痍。だが、二人に襲いかかるモンスターはいない。


 ボスが倒れたのだ。モンスターたちは、それを倒した相手から、一目散に逃亡していく。


「……終わったわね」

「ああ」


 翠花の言葉に、礼堂は静かに頷いた。

 大喜びするような気にもなれない。

 初めてと言ってもいい命懸けの戦闘と、その相手である強敵の命を奪う感覚は、静かに、しかしずっしりと重く、礼堂の背中に降りかかった。


 これまでのゴブリンたちに対してだって、同じような感慨はそれなりにあった。

 けれど、目前の敵だったものに対しては、一際大きいものがある。


 ──それはミノタウロスが、確かに強者だったから。戦闘時間が長い分、感情移入してしまったのかもしれない。


 こんなにも、武技を重ねることはなかった。

 こんなにも、打ち合える相手はいなかった。


 ドロップアイテムとなって、未だに手元に残る戦斧を礼堂は見つめた。……なんとなく、売りたくはなかった。



 六層から下に降りる階段は、そのあとすぐ、簡単に見つかった。二人はこうして、二つ目のチェックポイントに辿り着いた。

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