第6話 筋肉、攻略する2
──池袋ダンジョン三階層。
このフロアは、池袋ダンジョンにおける通常のゴブリンの出現する最後のフロアだ。当然、敵もかなり強くなってくる。
さらに、ボスモンスターと呼ばれる、区切りとなるモンスターも出現する。
この辺りで、初心者の探索者たちの多くは、足を止めて一度帰宅する。──そして、もう二度と来ることはない。
なぜなら、ダンジョン探索はすごく疲れるからだ。普段体を動かさない人間にとって、全身を使っての戦闘はかなりのカロリーを消費する。
さらに、ゴブリンやスケルトンの鬼気迫る攻撃やスライムの殺意の高さは、初心者探索者たちの精神をガリガリと削る。
そこにきてのモンスターのレベルアップと、ボスモンスターの存在である。結果として、池袋ダンジョンにおいて三階層は、一つの鬼門として知られていた。
──しかし、経験者と武道上級者は違った。
三階層のモンスターを易々と斬り伏せ、的確に弱点を突いて処理していく様は、とてもダンジョン探索の初心者とは思えない光景だ。
特に、礼堂の安定感は異常と言ってもいい。何度もモンスターの攻撃を受け止め、斬り伏せているはずなのに、呼吸が乱れる様子もない。
「なあ、探索部で来た時はどうだったんだ?」
「どうだったって?」
「どんな風に来たんだ?」
礼堂が尋ねた質問に、翠花は少しだけ言葉に詰まった。──翠花がダンジョン探索部の一環で訪れた時のことは、もう半年以上前の話だ。少しずつ思い出しながらの会話になってくる。
「前回は……確か8人くらいだったかな? 全員で協力しながら、へとへとになりつつ四階層まで降りたわね」
「人数多いな」
「うん。まあ、四階層でモンスターを倒したらそれでもレベルが上がったけど。そこで他の班と合流してキャンプ張って、一日過ごしたって感じね」
全員学生であることを考えると、なんとも楽しそうな光景である。実際、それなりに楽しかったことを翠花も覚えている。
だが四階層に入るとそこで、回復は「回復術」スキル持ちが、キャンプ設営や準備は「陣地作成」スキル持ちがこなしてしまった。翠花の出番はほとんどなかったのである。
翠花にとってそれは、堪え難い屈辱だった。初めてと言ってもいい、人に負けた瞬間だった。
部活中も含めて普段は擬態しているが、本質は気の強いリーダー気質な女の子だ。そんな自分が何もできず見ていることしかできないなど、許せなかった。
──何よりそれは、自分が最も嫌ってきた人種の姿だったのだ。
「そしたら、四階層まで行けばレベル上がるかな」
「まあ、まずはここのボスを倒さないとね。そしたらレベルも上がるわよ」
「そうだなっ!」
「ちょっとっ!」
翠花の言葉に礼堂が勢いよく返事をする。
その声を聞きつけ、ゴブリンの群れが集まってきた。
「大声出さないでよ! ああもうッ!」
「ご……ごめんなさい」
翠花の援護射撃を行いながらの剣幕に、礼堂は思わず謝りながらも、刀に手をかけた。
集まってきたゴブリンの中には、このフロアにのみ出る、盾を持つようになったゴブリンや、サーベルを持つゴブリンもいる。
サーベルの方は攻撃力が強化され、礼堂の攻撃も受け止められるようになったが、強みだった素早さが少し落ちている。
一方で盾を持つゴブリンは、攻撃力こそあまりないが、その分素早さと防御力を兼ね備えていた。
サーベルゴブリンは翠花の魔弾に倒れていくが、そのうちの一匹が剣を片手に魔弾を抜け、翠花と礼堂に迫った。
礼堂はサーベルゴブリンの振り下ろし攻撃を模造刀で受け止めると、そのまま切先の方にゴブリンのサーベルを流す。
受け流したサーベルゴブリンに対して、そのまま返す刀で斬り伏せた。
その間にも、盾のゴブリンや、前層に出てきたようなナイフのゴブリンが迫ってくる。
ナイフのゴブリンはそのまま薙ぎ払えるが、盾を持つものは厄介だ。
模造刀はそう何度も打ち合いに使えるものではない。特に、盾なんて攻撃したら刀の方が折れてしまう。
「チッ、魔弾も盾持ちには効果が薄い! ……罠を仕掛けるわ! 一回下がって!」
翠花は舌打ちしながら、アイテムボックスから撒菱を取り出した。
礼堂が指示通り下がったのを見て、翠花は撒菱をゴブリンと礼堂の間に投げつけた。
「ギギャギャガ!」
盾持ちのゴブリンが、撒菱を踏んで悶絶する──そのチャンスを無駄にする礼堂ではなかった。
撒菱の上で悶絶し盾での防御が疎かになったゴブリンに対し、盾に当たらないように気をつけながら袈裟斬り。
他の悶絶している盾持ちのゴブリンを一体倒したあたりで、ゴブリンたちは戦意を喪失して逃げ出していった。
「ふう……なんとなかったか」
「そうね」
「助かったよ」
「……もう。モンスター寄ってくるから、大声あんま出さないでよね」
「おう、ごめん」
ここから先は、少なくとも翠花一人では対処しきれないモンスターが多くいる。
そうした実感のこもった言葉に、礼堂はしっかりと頷いた。
翠花としてはもう少し何か言ってやろうという風にも思っていた。だが、直球の感謝と謝罪を受けては、それ以上言うことはなかった。
「しかしすごかったなー、撒菱!」
「……そう?」
礼堂の賞賛を受け、翠花は満更でもないのか、髪の毛先をクルクルと手慰みにいじった。
翠花自身は、こうした戦い方が礼堂に受け入れられるとは、思ってもいなかった。
むしろ、かつての探索部でのように、窘める言葉を受けることも覚悟していた。
これまで魔弾を多く使っていたが、『援護』スキルの本領はむしろその万能性だ。
前線に出る以外のことは一通りできる──それこそ援護スキルの真価だった。
その分、翠花の戦略は多少は卑怯と呼ばれるようなものにも精通する。撒菱以外にも、敵を状態異常にするスキルなども持ち合わせていた。
もちろん、それらが卑怯だなんだと言われようが、使う必要がある場面も存在する。
ただ──高校生の青臭い感性にはそぐわなかった、というだけの話だ。
その点、礼堂は状況を正確に理解しているし、その上で翠花の持つ万能性を認めていた。
探索者──特に競技シーンではなく、探索それ自体を目的とし、探索で金銭を稼ぐものにとって、一度の敗北によるステータスへのデバフは命取りだ。
生活水準を向上させるためには、より深く、より強く潜っていくことしか許されない。
維持のためには、少なくともそのフロアに居続けなければならない。
ステータスが下がることは、そのフロアに居られなくなることを意味する。ゆえに、負けは許されない。探索者を職業とするなら、命はかける必要はないが、生活はかけなければならないのである。
ゆえにこそ、生業としての職業には、そうした卑怯と後ろ指を刺されるような手段でも求められたのだった。
「忍者みたいで格好よかったな!」
「ふ、ふーん……」
礼堂の子供のような賞賛に、翠花は取り立てての反応もなく、聞き流すようにするだけだった。
だが翠花の口角は、確かに緩んでいた。
こうしたコミュニケーションで、翠花と上手くやれていけるなら、それに越したことはないというのも、礼堂の本音だ。
──何より礼堂が認識している現状として、盾のゴブリンは、翠花のスキルがなければ今の装備では突破できない。
翠花に頼らずに突破するには、棍棒やそれこそハンマーのような打撃武器を手にするか、相手の裏に動ける動的な立ち回りが求められるだろう。
前者は金を稼ぐことでなんとかなるが、後者についてはレベルを上げて俊敏さを高めるか、誰か仲間を加えるしかなかった。
もちろん、礼堂は多少考えてこそいるが、そこまでの計算はない。
彼はただの
ゆえに彼の賞賛は心からのものであるし、だからこそ翠花も素直に受け取れたのだった。
それから多少ゴブリンの討伐を繰り返し、礼堂のレベルがまた一つ上がった。この調子なら行ける、という確信がついて、礼堂は口を開いた。
「よし……それじゃあ、ボス行こうぜ!」
「ええ」
礼堂の言葉に翠花は頷く。
──そうして二人は、三階層のボス部屋の前にたどり着いた。
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