拘束
全員が降霊術の試行を初めて五日は経とうとしていた。グループメッセージで連絡を取り合っているが、未だに成功する兆候はなし。分かってはいたことだが、やはり茨の道だった。
〈逆に考えれば、まだ五日だ〉
実央は一人、部屋の中で試行中だった。メノウの情報から夜に行うことが成功の条件かと考えたが、それゆえ試行できる回数は限られている。
〈闇雲にやっても仕方がない。……きぬさんの気持ちを考えろ。子を亡くした親……子……血縁……〉
実央はピンときた。成功する保証はないが、試す価値はある。廊下のクローゼットを開け中を漁った。
「……お、あった」
見つけ出したのは幼少の頃に母親から見せてもらった臍の緒だった。
実央は早速準備を始める。すり鉢に四種の花とその他少量のハーブやオイル、水を入れすり潰す。そこへ臍の緒の欠片と血を一滴混ぜた。
あとは覚書通りに環境をセッティングし作った液体で模様を描き詠唱。
〈頼む……!〉
数十秒経っても変化はなかった。
〈……やっぱりダメか……〉
その直後。黒の煤が集まりだし人の形となってゆく。
「来たかっ!?」
「……実央か。よくやった、成功だ」
メノウが現れた。実央は喜びのあまりガッツポーズをする。
「一応、やってみてもいいか? ……人と芥がかつて結んだ契約を、本日で解約とする」
「応じよう」
メノウは袖を捲り腕を確認した。
「……残念だが、消えていないな」
「やっぱ伊織じゃないとダメか……成功するか、分からないな……」
「どうして?」
「成功して分かったことは、書かれてる物品だけじゃやっぱり不完全だってことだ。追加で血と臍の緒がいる」
「臍の緒……そうか」
「メノウ、この時間に呼び出してごめんな」
「いいや。……それじゃあ次は、彼に呼び出してもらえることを期待しておこう」
メノウは霧散し、去った。
翌朝。実央はメッセージを送った。
【昨日、成功した。追加で必要になる物も分かった、血と臍の緒だ。伊織、臍の緒って見たことあるか?】
数分後、伊織と凛から返信が来た。
【ある! 月宮の家の方にあるはずだけど、詳しい場所までは覚えてなくて……】
【実央、探しに行くなら私も行くよ】
実央もすぐさま返信する。
【凛はダメだ、一番警戒されてるはず。俺一人で行く】
しばらくしてから凛は了承の旨を示し、伊織は月宮の家の鍵なら持っているとのことで借りることとなった。
鍵を受け取った後、実央は電車に揺られていた。目的の駅が近づくたび、緊張は高まり手の内に汗を滲ませた。
〈とはいえ、俺も前に見られてる。……気をつけないとな〉
念のため、キャップを被っていた。この程度で誤魔化せるとは思っていないが無いよりはマシだと自分に言い聞かせた。
宵ノ駅へ着き、実央は深呼吸をする。
〈気を抜くなよ、俺……!〉
スマホでマップアプリを見ながら伊織に教えてもらった場所を目指す。距離的には御明の家と同程度。
辿り着いたのは住宅街の中に並んでいる一軒家。ブラウンの外壁にブラックの玄関ドア。パッと見は実央の家と同時期に建てられたようだ。しかし人が住んでいないだけあって家の周りは雑草が取り囲んでおり、二階の窓にはヒビが入っていた。
実央は周囲を確認し、人がいなくなったところで中へ入った。
家の中はそれほど荒れておらず、恐らく伊織の叔父が時折手入れしに来ていたのだろう。
実央は片っ端からタンスやクローゼット、あらゆる場所を隅々まで探す。
そして小さなチェストボックスの下段に御臍帯納と刻まれた手のひらサイズの木箱を見つけた。
裏には伊織の名や生年月日、その他が記載されていた。
「中身は……あるな……!」
後は暁に戻るだけ。早く、一刻も早く戻ろう。そして伊織の元へ。
ゆっくりと玄関を開けた。
「やあ。探索に来たのかな」
半袖ワイシャツにスラックス姿をした癖毛の男性が目の前に立っていた。ドアを閉められないよう爪先を差し込んでくる。
「甘いわね。周りだけじゃなくて上も見なくちゃダメよォ」
癖毛の男性の隣には、ベージュのサマージャケットに白パンツ姿をしたグレージュヘアの女性がにっこりとしていた。
「……なにか、俺に用でもありますか」
「無ければここに俺たちはいない。ついてこい」
「逃げようとしちゃ嫌よォ」
すぐそばに停めてあったセダン車の後部座席へ乗せられる。癖毛の男性が運転、グレージュヘアの女性が実央の隣へ座った。
「あ、自己紹介がまだだったわね! 私は朝霧! こいつは京庵! 二人とも討伐士よォ、よろしく! あなたは?」
朝霧はあっけらかんとし笑顔で自己紹介をする。実央はこの状況に対して彼女の様子があまりにも場違いで狼狽した。
「……」
「あなたは?」
朝霧はサマージャケットの内側からクナイを抜き、実央の目の前まで突き出した。先ほどとは打って変わって目に生気はなく、殺気が滲み出ていた。
「……氷ヶ屋……実央……」
「実央くん! 良い子ねェ!」
また笑顔に戻った朝霧は何事もなかったかのようにクナイを納めた。
この人たちは、人を殺すことに躊躇いがない。実央はそう直感した。
十分ほど車を走らせると小さな三階建の事務所に到着し、地下へ連れて行かれた。
そのうちの一室はコンクリートに囲まれた空間であり、中心にポツンとデスクとチェアがあるのみ。尋問するためだけに作られたような部屋に実央は血の気が引いた。
「さっ、ここに座って! だーいじょうぶ、ちょっとお話しするだけ!」
実央は朝霧の指示に従い椅子に座った。
「それじゃ荷物、預らせてね。あ、ポケットの中身も見せて」
肩にかけていた黒のショルダーバッグとポケットに入れていたスマホをデスクの上に置いた。朝霧と京庵は少し話した後、朝霧だけが残った。
「じゃあ鞄の方は京庵に任せるね。……そんで、話をする前に……」
朝霧は実央にスマホを渡した。
「……なに?」
「親に電話して? 友達が別荘に連れて行ってくれることになったからー、しばらく帰らない〜って!」
「ど、どういう……」
「アンタさ、このまま家に帰れると思ってんの? 親に騒がれたら面倒くさいんだよ」
朝霧の冷たく静かな怒声が響き渡った。
「……それとも、騒げなくした方が良いかな」
「おいやめろ、子ども相手に」
思わず京庵が制止に入る。
「……分かった」
「ふふふ、お利口さんね」
実央が操作するスマホを朝霧は目を離さなかった。この隙に余計な連絡をさせまいということだろう。
「——ごめん、急で。じゃあそういうことだから」
「夏休みで助かったァ〜。あ、そうだ。パスコード教えてよ。どうせ友達とメッセージ送り合ってたんでしょ? 返信もついでにしておくからさ」
「……コードは——」
コードを伝えると朝霧から一旦待機と伝えられ、部屋に鍵をかけられ実央は一人にされた。
朝霧は一階の作業室でのんびりと実央のスマホを操作し、実央の荷物チェックを終えた京庵も作業室へ入ってくる。
「特にこれと言って怪しい物は無いな。……って、お前ガキのスマホ見てんのかよ、趣味悪」
「仕方なくやってんのよォ。……アイツ、メッセージの履歴消してるし。メールは全部広告、SNSのDMも消したか使ってないか。フォロー欄見てるけど、今のところ友達っぽいアカウントも見つからない。ここから得られる情報無さそうよ」
「……朝霧、討伐士辞めて探偵やったらどうだ」
「あら、褒め言葉?」
時刻は既に夕方。あれからなんの音沙汰もなく凛は不安に駆られていた。
【実央大丈夫?】
【もうちょいかかるかも】
メッセージを送るとすぐに既読がつき、返信がきた。
「……これ、本当に実央……?」
凛はわずかに違和感を覚えた。書いている内容というより、文体とその雰囲気。考えたくないことが頭をよぎる。
〈……もう少しだけ信じてみよう〉
凛は数日ぶりの巡回中だった。既に二体は討伐済み。もうこのまま終わりたい。その気持ちを嘲笑うかのように空き地で四体の芥を発見する。
芥たちは凛を見るや否やわらわらと群がった。
「……ごめん。こんなのに付き合わせて」
凛は目を閉じ横一文字に斬撃を放つ。四体の芥は一瞬にして煤の塊となった。
同時刻、霧雨会事務所の地下室にて。
「ねえ〜、あそこで何してたの?」
「別に。……ただ、なにか解決に繋がる物がないか探してただけ」
朝霧の問いに実央はなるべく抽象的に答える。悟られないよう、冷静に、全てを話しているように振る舞う。
「そんな無計画でこっちに来る? さすがにそんな馬鹿じゃないでしょお? 嘘つかないで」
実央の予想ではこの二人は降霊術のことは知らないと踏んでいた。だからその存在は何がなんでも隠し通さなければならない。
「嘘じゃない。この前、御明の蔵に初めて入って、何もなかったから今回は月宮の家に入った。それだけ」
「ふーん……京庵、本当?」
「俺が確認した限りではあるが……御明の家に入ったのは一度だけだな」
「じゃあ本当かァ……時間稼ぎしなくても良かったなァ。……実央くん、ついてきて」
朝霧の後ろを歩く。連れられたのは奥にある個室、いや、独房だった。
「中は綺麗だし、プライバシーも守られてるから安心して。あ、あとでご飯持ってくるから」
鍵をかけると朝霧と京庵は去っていった。実央は敷かれている布団の上に座り込み頭を抱えた。
〈俺が行くとか言っておきながらこのザマか。念のために履歴消したり二人に余計なことはメッセージしないように言ってたのは良かった。……凛がこうならなくて、良かった……〉
それだけは心の底から良かったと思えた。
その後、簡易的な食事を京庵から渡された。食事を取ったら大人しく寝ることにした。が、この環境で寝付けるはずもない。
こうしている間に実は二人とも捕まっていたら。伊織が殺されていたら。凛が酷い目に遭っていたら。
光の差し込まない部屋の中、ただひたすら不安だけが膨らんでいき押し潰されそうになる。
結局、実央は一睡もできなかった。
日は昇り朝が来る。伊織も心配になりメッセージを送った。
【実央、今どうしてるの?】
【あぁ、一旦家に帰ったよ】
そのメッセージを目にすると凛はすぐさま伊織に電話をかけた。
「……もしもし、伊織? これ、実央じゃないよね!?」
「……俺も、薄々思ってた」
「ねえ実央の家に行こう!? 絶対変だよ!」
凛は居ても立っても居られなくなり、伊織と共に実央の自宅へ向かった。
家のチャイムを押すと玄関から出てきたのは実央の母だった。
「あら天羽さん! ……と、お友達かしら?」
「あの、朝早くにすみません! 実央くん居ますか!?」
「実央? 昨日急に友達の別荘に遊びにいくからって、帰ってきてないわよ。てっきり、天羽さんのことかと思ってたんだけど……」
「別荘……?」
完全に異常事態だ。凛と伊織は顔面蒼白寸前。実央の母を混乱させてはいけないと考え、その場は笑顔で事を収めた。
「伊織……どうしよう……実央……実央が……」
「凛、まずは落ち着こ——」
そのとき、凛のスマートフォンが鳴った。画面には実央の名前が表示されている。
「もしもし実央!?」
「もしもーし。ごめんねェ、実央くんじゃなくて。今は私らが預かってるよォ」
若い女の声だ。ふつふつと黒い感情が湧き上がってくる。
「……宵の討伐士か」
凛は静かに怒りを孕んだ声となった。
「ぴんぽーん。で、さっそくなんだけど、二十四時間以内に宵ノ駅に月宮伊織くん連れてきてくれるかな? そしたら実央くん解放してあげるからさ」
「……交換のつもり?」
「そーそー。あ、もちろん無視したら殺すし、お得意のおじいちゃんも呼ばないでね。武器ももちろん持ってこないで。それじゃーねェ」
女は言いたいことだけ言うとぷつんと電話を切った。大事な人を二人も弄ばれている気分だ。吐き気がする。
「ねえ……実央、捕まったの……?」
伊織の目が潤んでいた。きっと、自分のせいだと責任感に襲われているのだろう。それは自分にだってあるのに。
「……そう、らしい」
「それって、俺が行けば良いんだよね? 実央は助かるんだよね!? 早く行かなきゃ!」
「伊織が素直に行けば一生モルモットだよ!? 何されるか分かんないんだよ!? 私は伊織だって失いたくない! どうすれば良いか考えるから!」
「俺が行くしかないよ!」
どちらも助けたい。どちらも失いたくはない。大事な人を守りたいというのは、そんなに贅沢な願いなんだろうか。
抗えば抗うほど、神は嘲笑うかのように試練を課しているように感じた。
「さっ、どうするかなァ〜!」
朝霧はウキウキした様子で実央のいる独房にて鼻歌を歌う。
実央は布団の上で静かに座り隅の方を見つめていた。
「そーんな顔するなよォ! 実央くんも大変だねェ、一般人なのに討伐士のいざこざに巻き込まれて」
「俺は巻き込まれたんじゃない。自分がやりたかっただけだ」
「なんて友達想い! 青春だなァ〜、素晴らしき友情!」
「……こういうときって俺のこと殺した方がいいんじゃないか。生かしててもメリットはないだろ」
「俺たちは別に人殺しなんかしない。必要とあらばする可能性はあるがな」
ドアの方から聞こえ、声の主は京庵だった。
「京庵! 急に来たらびっくりするって」
「いや電話したときからいたが。……まあ、そういう理由で未来ある若者の芽を摘むなんて愚行はしない」
朝霧も京庵に同意するよう鷹揚に首肯した。
「じゃあ……伊織の叔父さんを殺したのは、どうして」
「自殺したんだよォ。こっちだって貴重な血縁者失って最悪なんだよ」
「あれはお前の詰め方が悪い」
「えぇ!? 私のせい!?」
二人からは人を追い詰めた罪悪感などは微塵も見受けられなかった。それどころか実験用のマウスが死んでしまったくらいにしか思っていないようだった。
「……そっちからすると、芥がいなくなるのがそんなに嫌なわけ?」
「ん〜、まだ高校生の実央くんには難しいかなぁ」
「警察官と犯罪者。税務署職員と脱税者。そして討伐士と芥。そうやって社会とこの町の経済は回ってるんだ」
朝霧と京庵は常識であるかのように平然と唱えた。実央は何一つとして理解できなかった。
「また……殺人芥が出るかもしれないんだぞ?」
「死んじゃった一般人は不運、太刀打ちできなかった討伐士は技術不足か才能がなかったか……それで終わる話じゃない?」
紗良は不運で、伊織は技術か才能不足? そんな言葉で片付けられてたまるか。これ以上、大事な仲間を侮辱するな。実央は冷静でいようと努めるが抑えきれなかった。
「あっ、ごめーん! もしかして、身近に被害者がいたとか?」
「朝霧、もうやめとけ」
また実央を一人残し、鍵をかけて二人はどこかへ行った。実央はどうしようもない怒りを拳に込め、床に叩きつけた。
朝霧の電話から九時間後。凛と伊織は宵ノ駅へ足を踏み入れた。
凛はスマートフォンを手にし実央へ電話をかける。
「もしもーし? どうしたのォ?」
前と同じ女だ。声を聞くだけで憎しみが新鮮味を帯びる。
「約束通り、宵ノ駅に来た」
「伊織くんもいるゥ?」
「約束通りっつってんだからいるに決まってんだろ」
「んもぅ、そんなに怒らないでよ。今から迎えにいくからちょっと待っててェ〜!」
電話が切れると凛はスマートフォンをポケットへ入れた。五分ほどするとセダン車が駅前に停まる。
中から男女二名がこちらに向かってきた。
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