第39話 森の地下迷宮



 黒喰呪体こくしょくじゅたいは、どうやら体に物凄い負荷がかかる事が分かった。

 たった数時間でも,この有様だ。

 むやみに使うのは避けた方がいいかもしれない。


 洞窟で一息ついてると、自分の吐いた息がどんどん白くなってくる。

 気づけば洞窟の中も外も、物凄く寒くなってきていた。


「うっ、さ、さむいぃー……」

 寒さに震えるセレナを抱き寄せ、片腕で温めてあげる。

 とはいえ、通路で幻五郎の炎魔法を食らったせいで俺の服はほとんど焦げ落ちており、こっちも薄着同然で死ぬほど寒い。


「なんか、雪が降り始めてから一気に寒くなりすぎじゃないか?」

「それは、そうよ。十二月一日になったんだもん。冬の精霊たちが活発になってるからだよ」


 この冷え込みじゃ、モルドーラに着く前に凍死する。


「セレナ、防寒着が欲しい。モルドーラに着く前に凍え死ぬ」

「わたしも……ほちぃ……寒くて死にそう」

「と、とりあえず暖を取ろう。焚き火だ。セレナかビルカ、火の魔法は使えないか?」

「づがえるわげないでしょー。わだしだぢ、木と氷だもん」


 やばい、セレナの呂律がおかしくなってきてる。

 そんな俺たちのやり取りを、ビルカは何も言わずに目を閉じたまま、じっと正座をしながら聞いていた。


 くそ、どうしたものか。

 寒さのせいでまともな考えがでない。

 結局、服をどうにかしてもらうならマルコスに頼る事しか解決策が浮かばなかった。


「ザリアナにいるマルコスたちは、どうなったんだ? まさかやられてないよな?」


「やられるわげぇないじゃん……若様がいづまでも気ぃ失っでるがらだよ……もう私だちよりも先に進んでるよ。とっぐにモルドーラに向がっでるって」


「えっ? ほんとか!? 本当に無事なんだな?」

「無事にぎまってるじゃん。マルコスが木に伝言をあずげで……木々たちが、わだぢに伝えでぐれだの」


 それを聞いた瞬間、張り詰めていた不安が一気に崩れ落ちた。

 よかった……本当に……。

 胸が熱く、呼吸も乱れるくらいの安堵が押し寄せてくる。


 マルセラさん、イドナ先輩、フェルザー、それにマルコス。

 みんな……生きててくれた……ありがとう。


「だがら、言ってるじゃん。イドナがいるんだから大丈夫だっで、それよりもわだしだぢの方がやばいよ」

 

 確かに、この寒さは非常にまずい……。

 

「若様、発言を許可していただけないでしょうか?」

 ビルカが小さく、しかし氷のように冷たい声で口を開いた。


「ど、どうぞぉ……」

 俺も口が震えて、まともに喋れなくなってきてる。


「この異常な寒さは、冬が訪れ、冬の精霊たちが喜んでいるだけでございます。二、三日もすれば落ち着くでしょう。……なので、この森の地下にある迷宮へ一度避難するのはいかがでしょうか?」


「ざ、ざんせー! すぐにいごう!」

 セレナは涙目で即答。

「若様も、よろしいでしょうか?」

「……あぁ、そうしよう」


 正座していたビルカは、静かに立ち上がる。


「ご案内いたします。セレナ様、もう少々、辛抱してくださいませ」

「ひぃ……はやぐぅ……」

 セレナは俺の胸に顔を埋め、震える体を必死に押し殺していた。

 その温もりを抱きしめながら、俺たちは地下迷宮を目指し、静かに洞窟を後にした。


***


 洞窟を出た瞬間、世界は真っ白な吹雪に飲み込まれていた。


「ひっ……さみぃ……!」

 顔を叩く雪に思わず情けない声が漏れる。

 こんな地獄みたいな吹雪の中を進むのかよ……。


 俺はセレナをぎゅっと抱き寄せ、歯をガチガチ鳴らしながらビルカの背中を追う。幸い、雪は降り始めたばかりで積もりは浅い。けれど寒さが異常すぎて、皮膚の奥まで凍りつくみたいだった。


 その横で、ビルカは氷像みたいに無表情のまま。眉ひとつ動かさず、淡々と吹雪の中を歩いている。


「くっ……さみぃ……しゃ、喋ると舌噛みそうだ……」

 口が震えて、まともに声にならない。


「若様、大丈夫でございますか?」

「……っ」

 返事なんてできる状態じゃなくて、俺は必死に首を縦に振る。


 次第に吹雪は勢いを増し、容赦なく顔に雪を叩きつけ、まぶたすら開けていられなかった。

 視界は白一色で、前にいるビルカの背中さえ時折霞んで見えなくなる。

 踏みしめるたび、雪がきしむ音だけが頼りだった。

 道らしい道はなく、どれだけ歩いたのかなんて分からない。

 もう感覚なんて、とっくに失っていた。


 寒さが、もはや痛みに変わり、

 体中が軋むように悲鳴をあげていた。


 どのくらい歩いたんだ?

 正直、もう限界だ。


「若様……そろそろでございます」

 先頭を歩くビルカがふと立ち止まり、前方を示した。


 その視線の先。

 吹雪の帳を破るように、青白く輝く泉が姿を現す。

 氷の結晶に囲まれたその光景は、まるで氷の精霊が眠る聖域みたいに美しかった。


 水面は厚い氷に閉ざされ、月明かりを反射して青白く輝いていた。

 吐息すら凍りそうな静寂の中、ビルカは純白の杖を握りしめ、一歩前へ進み出る。


「──西の名を持つ冬の子らよ、巡り来た刻を祝福いたします。我は北の名を持つ冬、ビルカ。願わくは、この身に道をお示しください」


 澄み切った声が吹雪の闇を祓うように響き、

 次の瞬間、ビルカは杖で氷をトン、とついた。


 パキィィン……!


 鋭い音が夜に弾け、凍りついた水面に亀裂が走る。

 やがて氷は不思議な光に包まれ、ゆっくりと形を変え始めた。

 波紋のように広がる音と共に、透明な階段が泉の底へと伸びていく。


 目の前に現れたのは、青白く輝く氷の階段。

 神秘と威厳に満ちた光景に寒さを忘れて、息を呑む事しかできなかった。


「若様に、かような吹雪の中を歩かせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 氷の階段を前に、ビルカが静かに頭を下げた。

「この階段を降りた先に迷宮はございます。どうぞお足元にお気をつけてくださいませ」


 丁寧な口調で言われても……。

 目の前の階段、どう見ても氷で出来てるんだよな。

 絶対すべるだろ、これ。

 

 俺は恐る恐る足を乗せてみた。

「って、あれ。普通の階段だ」


 見た目はツルッツルなのに、踏んでみると石畳みたいにしっかりしてる。

 拍子抜けしている俺を横目に、ビルカは淡々と階段を降りていく。


 氷の階段は青白く輝き、踏みしめるたびに微かな音を響かせた。

 俺はセレナを胸に抱いたまま、足を滑らせぬよう慎重に一段ずつ降りていった。

 背後では、ビルカの杖が階段を打つ音が反響していた。

 一歩ごとに刻まれるその響きは、地下迷宮へのカウントダウンのように耳に残る。


 氷の階段は途切れることなく闇の底へと伸びていた。

 どれほど降りたのか、時間の感覚すら曖昧になりかけた頃、ようやく地に足が着いた。


「ふぅ、やっと着いた……」

「お疲れ様でございます」

「うわ、これ……すごい」


 目の前に現れたのは、威厳ある扉だった。

 石を削り出したような重厚な造りで、表面には見た事のない文字が刻まれている。


「……これが、地下迷宮の入口?」


 息を呑む俺の横で、ビルカが無色透明の石にそっと手をかざす。

 次の瞬間、扉全体がかすかに震え、低く響く音を立てはじめた。


 ──ギィィィィ


 冷え切った空気を押しのけるように、重苦しい開門の音が地下に響き渡っていた。


 中へ足を踏み入れると、そこは思った以上に広々としていて、

 まるでロビーのような空間だった。

 

 地上では吹雪が荒れ狂っているのに、ここは別世界のように静まり返っている。

 壁際には魔石が等間隔に埋め込まれていて、淡い光を揺らめかせていた。

 火でも松明でもない、冷たく澄んだ青白い灯り。

 そのせいか、地下迷宮というよりも、神殿に近い印象を受けた。


 石造りの柱が並び、天井には見たこともない紋様が刻まれている。

 無機質な造りのはずなのに、そこには祈りを誘うようなおごそかな気配が漂っていた。

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◇◆【あと15分で異世界に還ります】◇◆ 花鹿 @Azuki_maru

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