第19話 覚悟
**【シラス視点】**
──カツン、カツン
静寂の中、不気味な音がこちらに向かって近づいてきた。
規則正しく、そして妙に軽快なリズムだった。
その音は、まるで私に最後を告げにくる音のように聞こえた。
私はそのまま彼を待った。
誰なのかは、分かっています。
この胸を締めつけるような不気味な空気と気配。
何年経っても変わりません。
足音がヴォルフガングの部屋の前で止まる。
──ギィィ
「失礼しまーす」
「やはり来ましたか、来ると思っていましたよ。幻五郎」
「やあ、シラス君。久しぶりだね。会いたかったよ」
緊迫した空気を打ち壊す、
「お久しぶりです。私は全然、会いたくなかったですよ」
「えぇーひどいなぁ、シラス君。せっかくお土産、持ってきたのに」
にやりと笑って、幻五郎は手にしていた何かをポンと無造作に放った。
──ドサリ
重たい音とともに、それは床に血の跡を引きながらこちらに転がってくる。
血の匂いが、一瞬で空気を変えた。
その何かは、ゆっくりと転がりながら私の足元で止まった。
──転がって来たのはテオドール様の首。
想像はしていたつもりです。
ですが現実はやはり残酷ですね。
テオドール様、申し訳ありません。
貴方を救う余裕など我々にはないのです。
「あれ? ランセル家の親、もう死んじゃってるんだ。良くないなぁ、シラス君。親殺しなんてさ」
「ランベール家の人間には言われたくないですね」
「えへへ、それもそうかぁ」
幻五郎は
手は震えていない。むしろ冷静だった。
「おお、来るの? やる気なんだ? でもねぇ、シラス君じゃ無理だと思うなぁ」
今更、挑発するような言葉を言われたところで無意味です。
勝つ事は無理だと私自身が、一番分かっているのですから。
少しでも時間を稼がないといけません。
私は幻五郎に向けて渾身の力で剣を振り下ろした。
「くっ……」
だが幻五郎は軽々と避けた。
ただ軽く身体を傾けるだけ。
「それよりさ、シラス君。ランベール家に来ない? 技術者は歓迎されるよ? 君みたいな人材、僕たちは喉から手が出るほど欲しいんだよね」
「ふふふっ、ご冗談を」
何度、剣を振っても幻五郎には届かない。
姿が消え、また現れる。
避けているのではなく、戯れているだけ。
「ほんと残念だなぁ。君の作った偽の契約の指輪とか、最高の傑作だったのに。あんなの普通は作れないよ」
「私がランベール家に与える技術など何ひとつありませんよ」
私は剣を振りながら詠唱を始めた。
「鋼に刻むは祈りの痕。揺らぐ秩序に赤き灯を。火は語り、技は応える。鋼よ吼えろ、祈りの名を。聖律第2章─鋼の咆哮─」
『──
剣が赤く光を放ち、熱を帯びながら震え出す。
その熱が腕を通して全身に伝わってくる。
「──行きます!」
振り抜いた瞬間、空間が裂けた。ドンッ! という衝撃音と共に斬撃が一直線に走る。
床が砕け、壁がえぐれ、天井の一部までも吹き飛んだ。
斬撃はまるで爆発のように空間を襲い、赤い閃光が部屋全体を呑み込んでいく。
──バゴォォンッ!!
破片が飛び散り、視界が煙と埃で真っ白に染まる。
その煙の中で私は剣を構えたまま立っていた。
……だが。
崩れた壁を背に、傷一つない姿で幻五郎がゆっくりと姿を現す。
「うーん。シラス君、それじゃあ僕には全然届かないよ」
やはり、彼は強いですね。
「シラス君、最後にもう一回だけ聞くけど、ランベール家に来る気ない?」
穏やかな口調のまま、幻五郎は首を傾げる。
幻五郎の言葉に脅しているような気配はない。だからこそ気味が悪かった。
「……しつこいですよ」
私は剣を構え直し、呼吸を整える。
少しでもいい、一秒でも長く。若様達が逃げる時間を稼がなければ。
「そっかぁ、それは残念だよ」
幻五郎の笑みが僅かに沈み。
「じゃあ、そろそろ……お別れだね」
その目は、ほんの一瞬だけ冷たくなった。
それは殺意でも怒りでもなく、ただ「興味を失った目」だ。
そして次の瞬間。
──視界から幻五郎が消えた。
空気が揺れ、何が起きたのか理解できなかった。
音はしなかったはず、
ただ、自分の視界が異様に傾いている。
見えるのは、幻五郎の顔。
何をしたんでしょう? 魔法でしょうか?
いや多分違いますね。
魔法どころか幻五郎は武器すら持っていない。
幻五郎の顔があまりにも近くにある。
その表情は、いつもと変わらず軽口を言うような気味の悪い笑みを浮かべていた。
ふと、自分の髪が掴まれている感覚に気づく
しかし、腕が動かせないばかりか何も感じない。
その時ようやく、自分の体が床に倒れていることに気づいた。
「ありがとね、シラス君。楽しかったよ」
幻五郎の声は物凄く遠くて、何を言ってるのか聞き取れなかった。
そして、私はようやく理解しました。
──私は首を斬られたのだと。
鼓動なんてもはや感じない。
意識はなくなりかけている。
やがて耳を澄ましても何も聞こえなくなり、音は完全に消えた。
目の前は暗闇。まぶたを開けても、閉じても、なにも変わらない。
光という概念だけが遠ざかっていく。
寒くもないし、熱くもない。
生きているという感覚が、まるで砂のように指の隙間から零れていく。
……若様。
その言葉ですら声に出せなくなり、想いだけが暗闇の底へと落ちていくようだった。
確かに私は首を斬られました。
痛みも声も既に失われていたのに、なぜでしょうか。
最期の瞬間に感じたのは、痛みではなく温かさでした。
……ああ、そうですね。きっと。
先に逝った、かつての川島家の家族達が迎えに来てくれたのでしょうね。
──みなさん、後は頼みましたよ
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