第16話 魔縁輪



 フェルザーが秘密の通路へと消えた。その背中を見送った俺たちは、リビングに戻り、すぐに今後の動きについての話し合いを始めた。


「シラス、お前もザリアナ城に行け」

 マルコスが短く命じるように言った。

「分かっております」

 シラスは頷くと、すぐに立ち上がった。その横顔には一切の迷いなどないようだった。

「では、行ってきます!」

「シラスさん、気をつけて下さいね」

 シラスは軽く頭を下げ、ザリアナ城へ向かった。


「私の派閥は、テオドール様の派閥と合流させた方が良いですか?」

 マルセラが静かに口を開いた。けれど、その言葉を遮ったのはイドナだった。

「ダメよ、モニカ派は動かないで」

「どうしてですか? みんな、ランセルを守ろうとしてるのに」

 マルセラは歯を食いしばりながら抗議した。その顔には、仲間を守りたいという真っ直ぐな想いが浮かんでいる。

 けどイドナは、それを静かに見つめ、そして優しく言った。

「お願い、マルセラ。私は……アンタが心配なの」

 イドナの声はいつものような鋭さはなく、どこか母親のように優しく、マルセラの胸にまっすぐ届いているようだった。


「大丈夫だ、マルセラ。モニカ派は静観していた方が良い。ランベール家が、どのくらい本気でザリアナを奪いに来てるのか分からねぇんだ。遊び半分でガルシアンの後ろ盾になってる程度ならガルシアンを殺せば済む話だ。もし本気で奪いに来てるなら、俺たちの戦力じゃ、そもそも守り切るなんて不可能な話なんだからな」

 マルコスが力強く言い切った。


「もし……ガルシアンが【魔縁輪まえんりん】を手にしたら、大変なことになりますよ」


 ……魔縁輪まえんりん? なんだそれ?

「なぁ、【魔縁輪まえんりん】って、なんだ?」

「親がする家族契約の指輪だ」

 マルコスが短く答えると、マルセラがすぐに説明を補足してくれた。

魔縁輪まえんりんは、親だけが身に付ける特別な契約の指輪で、絶対服従の命令を出せるんです。もしガルシアンが、ヴォルフガング様を殺してランセル家の魔縁輪まえんりんを奪ったら……」

 マルセラの声が少し震える。

「その瞬間、ガルシアンが新たなランセル家の親になってしまいます。そして魔縁輪まえんりんを使って子に命令を出せば、子は自分の意志とは関係なく従ってしまうんです。その命令が、たとえ……自害しろというものだったとしても」


「なにそれ、そんなの絶対に渡しちゃダメな代物じゃん!」

魔縁輪まえんりんの力はそれだけじゃないぜ」

 マルコスが低い声で言葉を継ぐ。

「その家に所属してる子たち全員の力、それが親にバフとして加算されるんだよ」


 それってつまり、強い子をたくさん抱えてる家の親って、とんでもなく強くなるって事じゃないか。

「だからこそ、天命十二刻てんめいじゅうにこくが所属してる刻家こくけの親はバケモンなんだ」


 もし、ガルシアンがランセル家を乗っ取って、そのままランベール家に支配されたら。そんなの、もう取り返せるわけがない。そう思った瞬間、背筋がぞっとするような寒気が走った。


「マルコス、俺に何かできることはないか?」

「ねぇな! 翼にできるのは祈ることだけだ」

 マルコスは肩をすくめて、少しだけニヤッと笑う。

「祈る?」

「あぁ、シルヴァがザリアナに部下を派遣してねぇことを、心の底からな」



**【フェルザー視点】**


 

 隠し通路からザリアナ城に侵入する為、薄暗い地下道を歩いていた。

 目的は一つ、ガルシアンを殺すこと。


 これは俺がやるべきことだ。マルコス達は俺を信じて任せてくれた。怖くないと言えば嘘になる。けど、ここで怯んだら若様の未来が全部消える。そんな事はあってはならない。


 ──大丈夫だ、ガルシアンを殺すだけだ。

 落ち着け。考えるな感情を抑えろ。冷静にいつも通りに。大丈夫。殺すのはガルシアン一人。それだけ、それだけで終わる。迷うな震えるな。俺は誇り高き川島家・森野派なのだから。若様がこの世に生を受けたその日から、ずっとこの命は若様のために在る。剣として、盾として。若様が笑える未来を守るために生きて、そして死ぬ覚悟をずっと抱いてきた。これが俺たちの生き方だ。


「……シルヴァ」

 呟いた名に胸の奥がざわついた。俺の目の前で、ガルシアンは連絡水晶でシルヴァと接触していた。

 アイツの声を聞いただけで、怒りでどうにかなりそうだった。憎くて、憎くて、どうしようもないほど殺してやりたい。

 まさか、ガルシアンがシルヴァと繋がっていたなんて。川島家にとってシルヴァは絶対に許してはいけない相手だ。

 お前らが、どこまで本気なのか知らないが、ガルシアンは俺が始末させてもらう。


 静まり返った石造りの地下通路を音も立てず進んでいく。

 よし、ここからなら城の西塔の裏、ガルシアンの部屋の近くまで直接行けるな。

 足音ひとつ立てず歩みを早める。そしてふと、脳裏をよぎるのはイドナの顔だった。

 

 ごめんな、イドナちゃん。この数年、二人で過ごす時間をまともに取れなかった。それにずっと本当の事を伝えてないままだった。この件が片付いて少し落ち着いたら。そのときは、ちゃんと言いたい。ずっと俺を想ってくれてたイドナちゃんに、胸を張ってちゃんと伝えたい。

 だから、もう少しだけ待っててくれ。


***


 ガルシアンの部屋の前に、俺は身を伏せるようにして立った。扉の向こうから聞こえるのは、二人分の声と低く抑えた男の声。


 誰かいる? ガルシアンと、もう一人?

 嫌な予感が背中を撫でてくる。


 まさかシルヴァの部下か? シルヴァは部下を送り込む程、本気なのか? だとしたら最悪な結末しか訪れない。

 突入するか、引くか? いや、引けるわけがない。

 今ここで、ヴォルフガングを先に殺されでもしたら、魔縁輪まえんりんは奴らの手に渡る。

 いや、シルヴァが部下を送り込んだ時点で、ランベールは本気でザリアナを奪いに来ているって事だ。そしたら魔縁輪まえんりんを渡さないとか、ランセル家を守るとかの次元の話じゃない。


 ──最悪の想定が頭をよぎったときだった。

「なーにしてるんだい?」

 反射的に振り返る。そこに立っていたのは、見間違えようもない男だった。白シャツの袖を無造作にまくり、笑顔を浮かべてこちらを見ている。


 ──佐々木幻五郎ささきげんごろう

 かつてランベール派として川島家に仕えた男。

 シルヴァが謀反を起こしたその日、幻五郎げんごろうは何の迷いもなく川島家の家族達を裏切り、殺していた。今も幻五郎はシルヴァの配下として、ランベール家に名を連ねている。その中でも最古参。つまり、シルヴァが最も信頼し、最も手放さない男──。

 ふざけた口調と、薄っぺらい笑顔。だがその奥にあるのは、冷徹で残忍な本性だ。かつて味方だったからこそ分かる。幻五郎げんごろうは敵として最悪の相手だ。


佐々木幻五郎ささきげんごろう

「やだなぁ、フェルザー君。他人行儀すぎますよ。昔みたいに、幻五郎げんごろうって呼んでくださいよ」

 軽い調子。ふざけた口ぶり。けれど、目は全く笑っていない。相変わらずだ。内側に、底なしの闇を飼ってる。

「なぜ、ここにいる」

「もちろん。西大陸をもらいに来たんですよぉ。礼儀正しく、ね?」

 心臓がひとつ、強く脈打った。奴がここにいるってだけで、戦況は大きく変わってしまう。


 ──ギィ。  

 鈍い音とともに背後の扉が静かに開いた。現れたのは、ガルシアン。

「ん? フェルザー、何をしてるんだ?」

 その声に、幻五郎げんごろうが笑う。

「ガル? ああ、ガルシアン君だったっけ?」

「はい、幻五郎げんごろう様」

 ガルシアンは即座に頭を下げた。その様子に、嫌な確信が喉元まで競り上がる。

「そうそう。ガルシアン君だ」

 幻五郎げんごろうは軽く手を叩いた。その音が廊下に乾いた余韻を残す。

「ねえ、ガルシアン君。立ち話も何だしフェルザー君を部屋に招いてあげてよ。久しぶりの再会なんだよ」

 それは、丁寧な口調のくせに、一切の選択肢を与えない命令のようだった。

 幻五郎げんごろうは俺から情報を聞き出すつもりだ。どんな手を使っても奴らに情報を漏らすわけにはいかない! それだけは絶対に避けなければならない。

 どうする? 何が最善だ? 舌を噛み切るか? いや、それじゃ生ぬるい。確実に口を閉じるには──自害するしかない。


 これが俺の結末か。ごめん、イドナちゃん……

 俺にとっての最悪の選択でも、若様の最良の未来に繋がれば良い。

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