第9話
「とりあえず、ガチャを引こうか」
無理矢理にでも笑う。
「そうですね」
メダルを挿入口に入れる直前……思い出した。
「そういえば……この猫耳はガチャで引いたんだけど、どう思う?」
葉月さんなら何か分かるだろう。
「……その耳には大量の魔力が集まっています。魔力を全身に送り出すポンプのような役割を果たしていますね。モンスター化の原因の1つはそれです」
その話を聞いて、ガチャを引くのが嫌になる。
だけど、僕は探索係としての仕事がある。
正直、こんな仕事投げ出してダンジョンからの脱出を試みたいけど、2階に血のスライムがいることを知った。
僕はアレを倒せない。
多分、隠れて通ることも難しいだろう。
階段を少し通った時も、近くにいなかったはずなのに見つかってしまった。
2階を通るのは危険だ。
それなら、少し面倒くさくても仕事をして教室で過ごした方がいい。
自分を説得させて、ガチャを回す。
今はもうワクワクがない。
変なものが出ないことを必死に祈る。
出たのは白色のカプセル。
開けると、前回と同じスティックタイプの携行食が現れる。
しかし、今回はバニラ味。
全部がチョコレート味というわけではないようだ。
あのダンジョンマスターだから有り得ると思っていた。
まぁ、何はともあれ変なものを引かずに済んで良かった。
肩の力を抜き、バッグに携行食を詰めていく。
「私にガチャを引かせようとは思わなかったんですか?」
葉月さんは僕の作業を手伝いながら、雑談を始める。
「なんで? 引きたかったの?」
僕は笑顔を見せる。
葉月さんの表情は変わらない。
「違います。さっき言っていたことです。モンスター化の原因がガチャから排出する危険性。なぜ、それを私に押し付けなかったのですか?」
手を止めず、素早く携行食を詰める。
「そんなことする訳ないでしょ」
「なぜ?」
僕の目をじっと見る。
僕はその純粋な黒い目に引き込まれる。
本当に綺麗な目だ。
少しも揺れることなく、自分の軸を持っている。
「好きな子……に危ないことをさせたい奴なんていないと思うよ」
目が合う恥ずかしさと、『好きな子』という普段使わない単語。
その両方が僕の発言にヘニョヘニョとした印象を加える。
「モンスターだと分かった今でも好きなんですか?」
葉月さんは凄い。
『好き』と目を逸らさずに言った。
「僕もモンスターだから一緒だよ」
これは本心だ。
今もまだ、モンスターである自分への認識が定まってないけど葉月さんへの仲間意識は持つようになった。
「私は今まで好きと言われたことはありません。家族も含めて、誰1人にもです」
平然と言う。
「本当に? それだけ可愛かったら誰かには言われたことあるでしょ」
葉月さんはため息をつく。
僕は発言ミスをしたと気づいた。
「家族にとって私は一種の信仰対象のようなものだったんでしょう。学校でも、私の一族は悪い意味で有名だったので私に近寄る人なんていませんでした。だから、好きと言われた時のこの感情が何なのか知りません」
僕は焦る。
ここで告白の話題を出してくるとは思わなかった。
「感情を知らないって映画のロボットみたいだね」
告白の件を有耶無耶にしようと、話題の方向を変える。
「私はロボットではありません。他の色々な感情は知ってます。この感情だけが分からないのです。無理矢理にでも言葉にすると、嫌いというのが近いのでしょうか」
その凍てつく視線は僕のメンタルを貫いた。
好きな子に嫌いと言われる。
これ以上に辛いことはないだろう。
「これを持って帰ろうか」
バッグを背負い、扉に手をかける。
今は非常事態。
切り替えて仕事をすることにした。
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