第8話 認める
「ひっ!」
情けない声が漏れる。
急いで扉を閉めて、その場から離れる。
しかし、数秒経っても何も起こらない。
もしかして、諦めてどこかに行ったのかもしれない。
10秒数えて、そこから扉を開ける。
——いた。
鉄臭いモンスターがさっきと変わらない様子で立っていた。
攻撃はしてこないけど、動く様子もない。
「……これ、詰んでない?」
「詰んでる、とは?」
葉月さんのこと、すっかり忘れていた。
さっきの情けない声聞かれたかな?
「この部屋からの出口はあそこしか無いんだ。だから、あそこにいるモンスターをどうにかしないと帰れない。だけど、あのモンスターを倒す方法がない。八方塞がりというわけだよ」
あのモンスターは恐らく、スライムだろう。
ただし、モンスター化の元が水ではなく血液のスライム。
液体はモンスター化すれば、どんな種類でもスライムになる。
2階には大量の血の跡があった。
あれだけあればモンスター化は余裕だろう。
しかし、屋上にも同じ種類のスライムがいた。
それは不可能なはずだ。
あの時点ではこのゲームは始まってなかった。血液を得るなんて無理……そうか、教師の血液だ。ダンジョンマスターは前もって教師を殺したと言っていた。
その死体を屋上に置いていたんだ。
入学式前に屋上を利用する人は少ない。
匂いもダンジョンマスターの力でどうにかなるだろ。
それより、この状況をどうするかだ。
この部屋にスライムを入れて弱体化を狙うか、それとも……
「私の力を使います」
僕の横に並んだ葉月さんは相変わらず無表情で言う。
「葉月さんの力?」
「見ていてください。その耳の話に繋がるので」
クエッションマークを浮かべる僕を放って、葉月さんは深呼吸をした。
その時、葉月さんの口から光の粒子が現れる。
それはモンスターを倒した時に現れるものに似ていた。
「元の場所に帰りなさい」
その言葉に導かれるように光の粒子はモンスターに纏わりつく。
すると、全く動かなかったモンスターが酔っ払ったようにフラつきながら歩き始めた。
向かった先は2階へと続く階段。
葉月さんの言う通りにモンスターは元の場所に帰ってしまった。
「すごい! 今のやつどうやったの⁉︎」
安堵感と驚きが重なってテンションが上がってしまう。
「生まれつきなので分からないです」
無表情が少し崩れる。
どこか悲しそうな顔だった。
「生まれつきってどういう……」
歯切れの悪い言葉を返してしまう。
「私は生まれつきモンスターだということです。ダンジョンマスターが言っていた自然発生のモンスターは——私です」
「えっと……」
返す言葉が見つからない。
僕はそうなんだ、と流せるような性格をしていない。
何か言いたいけど、何を言っても傷つけることになる。そんな気がする。
「一応言っておきますけど、夏秋さんもモンスターなんですよ?」
「え?」
僕は体の動きが止まる。
心臓さえ止まったように感じる。
「最初の食料調達から帰ってきた時ですね。あなたから魔力を感じました。食料調達の前後で凄まじい変化でしたよ」
「そんなはずは……だって、僕がモンスターに見える? 喋れるし、考えることもできる。何よりも安全地帯に入れるんだ!」
僕は正常だ。
モンスターのはずがない。
「さっき言いましたよね? 私もモンスターだって。私がモンスターに見えますか?」
「葉月さんがモンスターだっていう証拠はあるの? その力は超能力みたいなものなんだよ、きっと」
認めたくない。
僕はモンスターじゃないんだ。
「私は小さい頃からモンスターとして育てられました。私の家は呪われた家だったんです。先祖がモンスターと交わり、その子孫である私の家系は一定の確率でモンスターが生まれるようになりました。だからか知りませんけど、代々そのモンスターを神として崇めています。私は神の血を色濃く受け継いだ子供としてモンスターの体の一部を見る機会がありました。その体が纏っていた魔力と、私が纏っているモノは同じです」
おかしい。
葉月さんがモンスター?
「それなら、なんで僕たちは安全地帯に入れるの? 僕は安全地帯にスライムを入れたことがある。安全地帯でのスライムはかなり弱っていた。もし僕たちがモンスターだって言うなら、こんな元気なのはおかしいでしょ?」
「私たちは初期段階のモンスターなんです」
「初期段階?」
「はい。体がモンスターへ変化していく初期段階です。スライムは完全にモンスター化していたので、魔力の薄い安全地帯は苦しいのでしょう。だけど、私たちはまだ初期段階だから魔力が薄くてもある程度は平気です。モンスター化した教師が教室に入れるのもそれが理由だと思います」
本当に……本当に、僕はモンスターなのか?
「僕は数秒でぬいぐるみがモンスターになるのを見た。そのぬいぐるみは初期段階なんて無かったと思う」
僕は認めたくない。
「人間は魔力への拒絶反応が高いんです。だから、他のモノとは違って段階的にモンスター化する必要があります」
「えっと、それでも……」
もう、僕は自身のモンスター化を否定する材料がない。
それでも認めたくなくて、言葉を紡ぐけど続かない。
「そう……か。僕はモンスターになったんだ」
これは、言ってはいけない言葉だ。
認めてしまうと、もう戻れない。
「そうですね。魔力のある場所で活動を続ければ、完全なモンスターへと近づくので気をつけてください。モンスターは死体が残らないので辛いですよ」
探索係って、損な役割だな。
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