共通編:前日譚

◆草原の中

「おじいちゃーん!おばあちゃーん!」

緑たっぷりの草原の中、響く嬉しそうな女児の声。その声の持ち主は、広大な草原の中央に位置する無機質な建物に向かって走っていた。

この女児は、ソラナ・アルシェ6歳。そんなソラナに後ろからかけられる言葉が。

「ソラナ!そんなに慌てなくても、おじいちゃんとおばあちゃんは逃げないよ!!」

そう言った男性は、サントス・アルシェ44歳。そんなサントスにソラナは、少し振り返りながらこう返した。

「だって、パパ、早くおじいちゃんとおばあちゃんに会いたいんだもの!」

サントスの傍らにいる女性、セラフィナ・ブロー40歳は、その言葉に心配そうな声色で返した。

「おじいちゃんとおばあちゃんに会う前に、怪我しちゃうわよ!痛い痛いしたら、嫌でしょ?」

そのセラフィナの言葉に、ソラナは足を止めた。

「そうだね、ママ。」

普通の速度で歩くようになったソラナに両親は追いつき、その後、3人で無機質な建物に入っていった。そこには、「ヴェルテックス魔法科学研究所」と書いてあった。

ここは、大国エテルステラのルクセンティア地方。時は、E.E.222年。春の大型連休を利用したソラナ一家の帰省だった。


◆研究所は

サントスとセラフィナは、声を揃えて「ただいま。」と研究室にいる老夫婦2組に声をかける。老夫婦2組は、口々に「おかえり。」と返す。そんな中、ソラナはとびっきり元気な声でこう言った。

「おじいちゃん!おばあちゃん!」

更に、ソラナは両親から離れ、老夫婦2組の輪に入っていった。

「おお、ソラナ、元気そうだね。」

こう声をかけたのは、カルロス・アルシェ。サントスの父であり、83歳になるこの研究所の所長である。

「あらあら、いつ見てもかわいいわね。ソラナ。」

こう声をかけたのは、マヌエラ・フーリエ。サントスの81歳になる母である。

「ソラナ、ここまで来て、疲れなかったかい?」

こう尋ねたのは、ダニエル・ブロー。セラフィナの父であり、81歳になるこの研究所の副所長である。

「それは、疲れてるでしょう。ひと休みしながらお菓子食べる?ソラナ。」

こう尋ねたのは、グラシア・ミレー。セラフィナの78歳になる母である。

ソラナは、元気に一言。

「うん!食べる!!」

ソラナは、差し出されたお菓子をカルロス、マヌエラ、ダニエル、グラシアの4人の輪の中で美味しそうに頬張り始める。一緒に出されたジュースを合間に飲みながら、施設を見回す。

白、白、白。壁の色も、調度品も、そこにいる祖父母の服も、全部白。そこかしこに設けられている窓から射し込む太陽の光も相まって研究所内は輝いて見えた。ソラナは、この風景が大好きだ。そう思った。

ソラナはひととおり、お菓子を食べ終わり、ジュースも飲み干すと、底無しの明るい笑顔を見せながらこう言った。

「美味しかった!お腹いっぱい!!」

その場にいた大人6人はその言葉に微笑んだ。


◆遊びの中で

そんな両親や、祖父母にソラナは言った。

「ねぇ、お夕飯まで遊んできていい?」

サントスは、こう返した。

「どこで遊ぶんだ?」

「お外。」

それにセラフィナは返した。

「そうね、怪我しないように遊んでらっしゃい。」

「うん!」

ソラナは、まだ日が高い草原へと繰り出して行った。

「かーんむりつくりましょー。」

ソラナは、地べたに座り、草を引っこ抜いては、まとめて輪っかにした。そこに、摘んだ花を挟んで頭に乗せた。

「ふふっ。」

ソラナは、一度くるりと回った。

「私は、女王さまよー。」

そう言いつつ、1人行進し始める。ある程度進んだ所、目の前に飛び出してくる小さな影が。

「きゃっ。」

ソラナは短い悲鳴を上げた。すると、お腹の辺りに1匹のアマガエルがくっついていた。

「か、え、る。」

ソラナは、そのアマガエルと目が合う。

「かわいい。」

さっきまで頭に乗せていた自作の冠が落ちた事を気に留めずに、ソラナは研究所へと戻って行った。

「ねー!パパ!ママ!このカエル、スマートアニマルにしたい!!」

サントスは、こう返した。

「ソラナには早いよ。」

それに続けるセラフィナ。

「ちゃんと、お世話出来る?」

「うん!お世話する!!」

その言葉に、サントスはソラナに目線を合わせながらこう言った。

「そう、なら、スマートアニマルにしていい。お世話の事、約束だからね?」

「うん!」

「ここに、スマートアニマル契約用の魔法石、あるかい?」

その言葉に、グラシアが返す。

「あるわよ。」

そして、極々小さな黒い石をグラシアは持ってくる。

「ありがとう。お義母さん。」

グラシアからサントス、そして、ソラナにその黒い石は渡った。

「ソラナ、大事にしてやるんだよ?そのカエルちゃんを。」

「わかった!パパ!!」

ソラナは、左手に乗せたアマガエルに「スマートアニマル契約用の魔法石」を食べさせた。アマガエルは一瞬ピクンとなった。

「これから、よろしくね。」

ソラナとアマガエルは見つめ合う。アマガエルの目から光が発せられ、ソラナの目を照らす。ソラナは、自己紹介をする。

「私は、ソラナ・アルシェ。」

「認識しています。認識しています。しばらくお待ちください。認識しました。契約完了。」

アマガエルは、機械音声でこう言った。

「わーい!パパ、グラシアばぁ、ありがとう!!」

サントスとグラシアは微笑んだ。それを見ながらソラナはこう続けた。

「パパと、ママと、おじいちゃん、おばあちゃんのスマートアニマルと繋げたい!」

それを受け、セラフィナのスマートアニマルから「繋げる」事にした。セラフィナのスマートアニマルは、キタリスだった。そのキタリスとアマガエルを見つめ合わせる。すると、2匹から同時に「連絡先情報交換完了。」という言葉が発せられた。

「これで、ママとスマートアニマルで話せる!」

そう言いながら、ソラナは、サントスのダルメシアン、カルロスのゴールデンレトリバー、マヌエラのポメラニアン、ダニエルのコノハズク、グラシアのスコティッシュフォールドと次々に「繋げて」いく。

すると、ソラナは、アマガエルを持って別室に行ってしまった。それを見たセラフィナは言った。

「試したいのね。」

一方、隣の倉庫に入ったソラナは、こう言った。

「通話モード。」

すると、アマガエルは目からホログラムを映し出し、先程交換した連絡先情報の一覧を示した。ソラナは、話したい者の名前に触れる。

一方、研究室。カルロスのゴールデンレトリバーから機械音声が発せられた。

「ソラナ・アルシェから通話。ソラナ・アルシェから通話。」

「通話、オープンサウンドで繋げて。おじいちゃんだよ、ソラナ。」

「カルロスじぃだ!!わーい!!」

ソラナのアマガエルは微笑み、カルロスのゴールデンレトリバーは、はしゃいだ。その横からセラフィナが話す。

「あまり使いすぎると、『充電』、切れちゃうわよ。契約用の魔法石しか与えてないんだから。」

カルロスは、それを受け、ソラナに呼びかけた。

「『充電』用の魔法石、こっちにあるから取りにおいで。通話、切るよ。ソラナ。」

「うん!」

ソラナは研究室に戻ると、カルロスから機能維持、いわゆる充電用の白い魔法石をもらい、アマガエルに食べさせた。何個か食べさせると、アマガエルから機械音声が発せられる。

「機能維持ゲージ、100パーセント。」

それを聞いたダニエルは、こう言う。

「わかってると思うけれど、『充電』が切れたらそのカエルちゃんは、『野生』に戻っちゃうからね。気をつけて。」

「わかった!ダニエルじぃ!」

そんな様子を見つつ、マヌエラはこう言った。

「そろそろ、夕ごはんね。グラシア、キッチンに行きましょうか。セラフィナ、手伝ってくれるかしら?」

グラシアとセラフィナは、マヌエラについて行く。それを見送ったソラナは、こう問いかけた。

「マヌエラばぁ、今日のお夕飯、何?」

マヌエラは、答えた。

「ソラナの大好きなシチューにしようって思ってるわ。」

「わあー!シチューだー!!」


◆夕飯

それから、全員で研究所と直結の住居スペースに移動し、夕飯が始まった。ソラナはダイニングにて両親や祖父母に囲まれながら他の料理と共に大好きなシチューを食した。

「美味しい!やっぱり、おばあちゃんのシチュー大好き!!」

セラフィナは、少し複雑な表情でそれを聞いていたが、こうソラナに問いかけた。

「おかわりする?」

「うん!」

運ばれてきた2杯目のシチューをソラナは平らげた。すると満腹になり、次第にソラナに眠気が訪れる。ソラナは、それに逆らう事なく目を瞑った。

「ソラナ?」

サントスが声をかけたが、反応はない。それを確認すると、こう続けた。

「寝ちゃったか。寝床に運ぶから、セラフィナ、着替えさせてやってくれ。」

「わかったわ。だいぶ、疲れちゃったのね。」

「あんなに遊んだんだ。」

ソラナ用に宛がわれている寝室にサントスはソラナを抱えて行く。遅れて荷物からソラナのパジャマを持ってきたセラフィナが入室してきた。

「あとは、任せて。サントス。」

「うん。」

セラフィナは、ベッドの上でソラナを着替えさせた後、布団を掛けてやった。

「おやすみ、ソラナ。」

カーテンを閉めた後、セラフィナが部屋から出ると、サントスはまだ廊下にいた。

「お父さんたちの所に戻ったのかと思ったわ。」

「行きたくないよ。父さんたちの所になんか。」

「私も、正直。このままソラナのように寝ちゃいたいわ。」

「でも、行くしかないよな。」

サントスとセラフィナは、足取り重く自らたちの両親の元に戻る。4人は、楽しそうな顔をしていた。サントスとセラフィナは、無言で自らの席につき、途中だった食事を続けた。

そんな様子を見て、ダニエルが言った。

「ソラナを長旅になんか連れ出すから、疲れたんだろう。」

マヌエラが続く。

「ここに帰って来るなら、戻って来なさいよ。」

サントスとセラフィナの目が血走る。セラフィナは言った。

「嫌よ。」

それに、サントスが続く。

「『そっち』が好き勝手やってるんだから、『こっち』も好き勝手やらせてもらってるだけだ。」

それに、カルロスが反応する。

「百歩譲ってそうしてもいい。だがな。」

グラシアがその続きを言う。

「せめて、魔法科学を仕事にしなさいよ。建築家なんてやらないで。」

サントスもセラフィナも、その言葉を無視した。その上でセラフィナは、こう言った。

「夕飯の後片付けは、私がやるわ。お母さんたちは、ゆっくりしてて。」

サントスは、それに続いた。

「手伝う。」

セラフィナは、サントスに感謝の微笑みを返し、食器洗いにキッチンへ向かった。

サントスは、自らと伴侶の両親たちがいないことを確認した後、こう言う。

「誰がこんな家に住むか。」

「そうね。それに、魔法科学なんて死んでも仕事にはしないわ。」

「我慢だぞ、セラフィナ。ソラナの為に。」

「ソラナには、『普通』の子供でいてもらいたい。私たちが愛し合って産まれた娘だもの。」

サントスとセラフィナは、見つめ合い、軽くキスを交わした。片付けが終わったことから、交代で入浴したり、自らのスマートアニマルに機能維持の魔法石を食べさせたりした後、自らたちの部屋へと行き、少しの自分の時間を過ごし、就寝した。両親に「おやすみ」も言わずに。


◆朝

ソラナは、昨日早くに就寝してしまったことから、朝も早くから目が覚めてしまった。

「あれぇ?」

ベッドから出てソラナはカーテンを開ける。その目には、朝焼けに染まりかけた空が映っていた。

パジャマのまま、昨日スマートアニマルにしたアマガエルと共に部屋を出て、両親の眠る部屋へと入ったが、サントスとセラフィナは深く眠っていた。

「パパ、ママ。」

そう声をかけても目覚めない位。

「1人で遊ぼ。」

ソラナは、両親の部屋から出て、建物内を闊歩した。

「たーんけーんだー。」

研究所内のすべての部屋に入ってみることにしたソラナ。見慣れた所もあれば、あまり入ったことのない所もあった。

「ここは、初めて。」

とある一室に入室するソラナ。窓のない部屋で暗かった為、照明を点けた。

「わあー!風船がいっぱーい!!」

しかし、自分の顔ほどの大きさで多少黄ばんでいる透明の「風船」は、ひとつひとつ開けられそうもないガラスの容器に入っていて直接触れることは出来なかった。

「風船さん、曲がってる。」

そうソラナは呟きながら、とあることを思いつく。

「数、数えてみよー。」

ソラナは、部屋の端から数えていった。

「いーち、にー、さーん。」

数字をカウントする度に移動するソラナ。

「いっぱーい。よんじゅうきゅう、ごじゅう、ごじゅーいーち、ごじゅーにー、ごじゅーさーん、ごじゅーよーん。」

途中折り返しながら「風船」をカウントしていったが、それも終わりを告げた。

「きゅうじゅうきゅー、ひゃーく!100個の風船さん!!」

ソラナは、それ以上は、「風船」で遊べなさそうと判断し、その部屋を後にした。すると、廊下は先程より明るくなっていて、本格的な朝を知らせた。

ソラナは、自らの部屋へと戻り、着替えをした。そして、顔を洗うと、まだ誰もいないダイニングに座った。

すると、セラフィナが起きてきた。

「ソラナ?早いのね?」

「ママ!おはよう!!」

「おはよう。ソラナ。朝ごはん、支度するね。」

「うん!」

そんな母を見送ったソラナは、アマガエルに機能維持の魔法石を食べさせた。ゲージが100パーセントになったのを確認すると、こう言った。

「メール起動。」

アマガエルのホログラムに宛先一覧が出る。ソラナはダニエルの名前に触れた。

「音声認識モード、文字入力モード、選択してください。」

「音声認識モード!」

「音声を、入力してください。」

それを合図にソラナは、話し始める。

「大好き!ダニエルじぃ!!」

その後も、カルロス、マヌエラ、グラシアに同じメールをソラナは送った。それが終わると、サントスが起きてきた。

「おはよう。ソラナ。」

「パパ!おはよう!!」

その後、続々と祖父母が起きてくるが、ソラナに口々に「モーニングメール、嬉しかった。」と伝えた。

セラフィナが用意した朝食がテーブルに並んだ。すると、カルロスがこう言った。

「朝のお祈りを。」

食事を前にして、ソラナ含めた全員が起立する。そして、皆「半合掌」と呼ばれるポーズを取る。左手を胸の前で立てるそのポーズをしながら、全員が声を合わせてこう言った。

「本日も、大霊皇ヤファリラ様のご慈悲を賜る修行の日といたします。見守れ、見守れ、大霊皇。」

目線はやや下にそれを言い終わると、全員席に着いた。そして、更に、

「いただきます。」

と、声を合わせた。そして、朝食の時間が始まる。ソラナは呟いた。

「だいれいこうやふぁりらさまって、どんなお顔してるのかなぁ?」

その問いに、両親、祖父母共に答えることは出来なかった。「まだ、会える立場ではない」と。

そんなやり取りをしていると、やがて、朝食の時間も終盤に差し掛かった。再び、ソラナはこう尋ねた。

「朝ね、『曲がった風船』を見たの。あれ、いつ飛ばすの?」

祖父母と両親は、首を傾げた。

「100個あったの、全部飛ばしたら楽しそう!」

サントスとセラフィナの顔色が悪くなる。一方、カルロスたち4人は、笑顔になる。グラシアがそれに尋ね返した。

「あれで遊びたい?」

「うん!」

マヌエラがそのソラナの言葉に返した。

「じゃあ、魔法科学を勉強してらっしゃい。あれで、遊ばせてあげるわよ。」

「わかった!」

そのソラナの返答に、サントスが声を荒らげた。

「駄目だ!ソラナ!!」

あまりに突然の声に、ソラナは動揺した様子を見せた。その様子に、カルロスがこう言う。

「サントス、朝から大声はよくない。」

それに、ダニエルも続いた。

「ソラナがかわいそうだ。」

サントスは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ソラナに謝った。

「ごめん、ソラナ。」

「ううん、いいの、パパ。」

そんなサントスをセラフィナは「その謝罪は違う」と言うような目で見る。しかし、次第に「仕方ない」と言う目に変わる。それを尻目にカルロスは言った。

「ソラナ、後でじいちゃんたちが遊んであげるからね。」

「うん!」


◆外での

それから、ソラナは祖父母4人に囲まれながら研究所の外に出た。グラシアがこう言った。

「ひととおり、魔法石を持ってきたけど、どれを使う?」

「乗り物!」

そんなソラナの返答を受け、黄色の魔法石をグラシアは袋から取り出した。すると、マヌエラがちょうどいいものを発見。

「今日は、ちょうちょに乗れそうよ。」

マヌエラは、グラシアから黄色の移動手段生成用の魔法石を受け取った。先程発見したキアゲハの上でその魔法石を数回軽く振る。すると、キアゲハは巨大化した。カルロスとダニエルが協力しながらキアゲハにソラナを乗せてやる。

「ありがとう、おばあちゃん、おじいちゃん。」

魔法石はマヌエラの手からソラナの手に渡る。それを受けキアゲハは羽ばたき、低空飛行ではあるが、ソラナを空の旅へと連れていく。

「わあー!!」

ソラナは歓声を上げる。祖父母は、笑顔でそれを見上げた。数分それが続いた後、カルロスがこう声をかけた。

「ソラナ、そろそろ時間だ。降りて来なさい。」

「うん!」

そして、ソラナを乗せたキアゲハは、着地。ダニエルがこう言う。

「お帰り、ソラナ。」

「ただいま。」

そうソラナが言った瞬間、ソラナの手の中の魔法石が砕け消滅した。それと同時にキアゲハは、元の大きさに戻り、飛び去って行った。ソラナは呟く。

「あ、行っちゃった。」

マヌエラがそれに返す。

「さびしいわよね?」

ソラナが頷くと、グラシアが言う。

「そうなのよね、魔法、マトゥーレインの問題点は、『そこ』なのよね。」

ダニエルが何度も頷きながらそれに返す。

「消耗しないマトゥーレインを、作りたいものだな。」

カルロスはそれを受けてこう言った。

「200年かけても実現しないな、それは。しかし、その『特性』のおかげか、経済は回っているようだがな。」

ソラナは、急に始まった祖父母の難しい話に首を傾げるばかりだったが、その祖父母に遊んでもらったことが嬉しくて、とびっきりの笑顔でこう言った。

「わかんないけど、ちょうちょに乗れて楽しかった!おじいちゃん!おばあちゃん!」


◆3泊4日のあと

そんな帰省の日程も最終日。その日の朝食が終わった。ソラナは少しだけ暗い表情をする。サントスとセラフィナは、荷物をまとめていた。忘れ物がないか、何度も確認する。その様子を曇った目でソラナは見ていた。

「これでよし。」

「さて、帰ろうかしらね。」

両親のそんな言葉を聞いたソラナの目に涙が浮かんでくる。

「やーだー。」

そう声を上げながら。サントスとセラフィナは困った顔をする。次第に嗚咽の声を響かせ始めるソラナ。祖父母が集まってきた。

「おじいちゃんとおばあちゃんとお別れ、いやー。」

そんなソラナに、祖父母は「また来ればいい」と口々に言った。両親も、「これが最後じゃない」と言う。その言葉にソラナは、涙を両手で拭った。

「また、またね。」

濡れた瞳のままだったが、精一杯の笑顔をソラナは浮かべ、祖父母に手を振った。祖父母も手を振り返してくれた。

そうして、ソラナはサントスの左手を右手で、セラフィナの右手を左手で握り、「ヴェルテックス魔法科学研究所」から帰路に就いた。

セラフィナは、サントスに言った。

「帰りは、また列車にする?」

「ああ、節約になる。」

そんなやり取りで決まった列車にソラナは両親と共に乗り込む。西に向かって発車した列車。落ち着いた茶色の車両を見渡しているうちに、夢の中へと旅立った。ソラナは、祖父母との楽しい夢を見つつ、学園都市ルクセンティアを後にした。


◆帰宅

「ソラナ、ソラナ!」

セラフィナの声が隣のソラナの頭に届く。

「ん?ママ?」

サントスが目の前に座るソラナの目覚めを確認した後、こう言った。

「着いたよ。チェントーレに。」

「うん、わかった。」

多少の寝ぼけ眼で列車から降りるソラナ。それでも自宅のあるエテルステラの首都チェントーレに帰って来たと実感する。目の前には、たくさんの列車のホームが広がっていたからだ。

一家は歩を進める。改札から出るなりセラフィナは、サントスに言った。

「お昼買ってくるわ。ソラナと荷物、よろしくね。」

「わかった。」

サントスは、ソラナと駅の外にあるベンチに座った。ソラナは、サントスにこう尋ねた。

「次、いつルクセンティアに行く?」

「今度は、夏かな?すぐだよ。」

「わーい!また、おじいちゃんとおばあちゃんと遊ぶ!!」

「ソラナのスマートアニマルとおじいちゃんやおばあちゃんのスマートアニマルを『繋げた』から、今度はいつでも話、出来るんだよ?」

「あ!そうだった!!」

ソラナは、アマガエルをニコニコしながら撫で始めた。すると、セラフィナが戻ってきた。その手には、お揃いのパンとミルク。そのままベンチで遅い昼食を摂った。

その後、更にバスで移動し、自宅にたどり着く。親子3人揃って「ただいま。」と言った。そうするや否や、ソラナはこう言った。

「ね、ね、帰ったこと、おじいちゃんとおばあちゃんに通話していい?」

サントスとセラフィナは頷いた。それを受けて、ソラナはグラシアへと連絡を取り、帰宅の報告をした。

それから、荷物の荷解きをし始める。それが終わると、サントスは言った。

「お昼、遅かったから、夕飯、遅くていいよ。」

セラフィナがそれに返した。

「わかったわ。あ、お隣さんに、お土産おいてくるわ。」

それを聞いたソラナはこう反応した。

「私も行く!」

「じゃあ、行こうか。」

セラフィナは、ソラナを伴いながら、ルクセンティア土産の菓子詰め合わせを手に家を出た。

「こんにちは。」

「はい。」

出てきたのは、セラフィナと同い年の一人暮らしの隣人、ラウラ・エストレという女性だった。

「ルクセンティアから、帰りました。これ、お土産です。」

「ご馳走様です。いつもいつも、ありがとうございます。」

「いいえ、お得意様ですし、お隣さんでもありますから。」

「恐れ入ります。」

ラウラは、それを受け取る。そんなラウラにソラナはアマガエルを見せた。

「ねぇ、ラウラおばさん、これ、見て?」

「カエル?どうしたの?ソラナちゃん?」

「私のスマートアニマル!」

「あらー!よかったわね!!」

ソラナはニコニコした。それにつられてラウラもニコニコする。セラフィナも微笑みながら、こう言った。

「さあ、帰るわよソラナ。エストレさん、お邪魔しました。」

「いいえ。」

セラフィナとソラナは帰宅する。そして、ソラナは自室へと入って行った。学校の教科書以外はほとんど物がない自室でソラナはアマガエルと見つめ合った。

「ねぇ、カエルちゃん、私ね、夢が欲しいの。」

「『夢』とは、睡眠時に見る映像、または音声の事。もしくは、将来への理想や希望の事です。」

「難しいね。」

それから、夕飯を摂り、ソラナは就寝した。


◆日常

世間的にはまだ春の大型連休だが、自営業のサントスとセラフィナの仕事は、翌日から事務所を兼ねた自宅で再開した。学校がこの日まで休みのソラナは、両親の仕事ぶりを間近で見る。

「ママの絵、綺麗だよね。」

「そう?ありがとう。でも、これは『絵』じゃなくて『設計図』って言うのよ、ソラナ。」

「せっけず?」

「そう、『せっけず』。」

セラフィナは笑った。一方、サントスは、次の客が家を建てる予定の土地を下見しに行くため、外出するとのこと。

「お昼までは帰れると思う。」

「わかったわ、いってらっしゃい。」

「いってらっしゃい!パパ!!」

こうやって、サントスとセラフィナは、自宅は勿論のこと隣人のラウラの家の他に多くの家を建ててきた。この年で、そんな仕事も25年目となっていた。

宣言通りに、サントスは昼前には帰宅。

「ただいま。」

「おかえりなさい、サントス。」

「パパ!おかえり!!」

「ああ、セラフィナ、今回の案件少し設計変更だ。」

「え?」

「ちょうど、お客さんがいて話したんだけど、魔法石専用の収納スペースが欲しいそうなんだ。」

「わかったわ、無理のないように入れてみるわ。」

「収納スペースをわざわざ作るってことは、だいぶ買い込むんだな、魔法石。ずいぶん、マトゥーレインに依存してるんだな。」

「ちょっと、サントス、お客さんを悪く言っちゃ駄目よ。気持ちはわからないでもないけど。」

「ああ、そうだった。今のは、撤回する。」

セラフィナは、軽く微笑んだ後、設計図の上に「魔法石収納を追加」という旨のメモを乗せ、こう言った。

「お昼にする?」

ソラナとサントスは頷いた。

そんな大型連休も終わりを告げ、ソラナは小学校に登校する朝を迎える。

「いってきます!」

それにサントスは、こう返した。

「いってらっしゃい、ソラナ。」

それに続き、セラフィナはこう返した。

「ソラナ、気をつけてね。」

「うん!」

その手には、アマガエルが乗っていた。


◆観戦

それから、日常と帰省を繰り返し、2年が経った。E.E.224年の夏のある日、夕飯時にサントスがこう言った。

「今度の休みに『リアルトランプゲーム』、観に行かないか?」

ソラナは驚いたような、嬉しそうなそんな声を上げた。

「『会場』で観れるの?行きたい!!」

「セラフィナは?」

「行こうかしら。」

それから数日後、「休み」の日が訪れた。ソラナは朝からウキウキしているようだった。

「ねー、ねー、早く行こう?」

サントスは苦笑いしつつ、こう言った。

「早く行っても会場、開いてないよ。」

「そうよ、会場の前で待ちぼうけよ?」

「そっか。」

それでも、サントスとセラフィナは、予定より10分程度早く家を出ることに決めた。一家で自宅を出発し、バスに乗り込む。そして、「リアルトランプゲーム」が行われる「サクセスコロシアム」に30分程度で到着。ちょうどゲートが開いた瞬間を見た。

「チケット、買ってくるよ。」

サントスは、そう言って当日券を買いに行った。そして、チケット売場の男性店員とこうやり取りをする。

「大人2人、子供1人でお願いします。」

「大人2千5百タドン、子供千3百タドン、合計6千3百タドンです。」

「これで。」

「7千タドンお預かりします。7百タドンのお返しとチケットです。」

「ありがとう。」

一方、ソラナは初めて見るサクセスコロシアムの大きさに感動していた。

「おっきい!」

明るい灰色を基調とした円形の建造物を目の前に、セラフィナも息を呑んだ。

「いつか、こういう建物、設計してみたいわね。」

「ママのせっけず、綺麗だもん!いつか出来るよ!!」

「ありがとう、ソラナ。」

そうやり取りしていると、サントスが戻ってきた。

「お待たせ。入ろうか。」

「ええ。」

「うん!」

3人が会場に入ると、1万人程度を収容出来る観客席は、7割方埋まっていた。また、3人の後にもたくさんの人々がいた。

「わあー!お客さん、いっぱい!!」

「そうね、エテルステラしかやってない人気の競技だものね。」

「それに、『国技』でもあるからな。『リアルトランプゲーム』は。」

「うーん!楽しみー!!」

そう言いながら、ソラナは競技場を見下ろした。この日は、雲一つない空。降雨用のドーム屋根は取り払われて綺麗な陽の光が降り注ぐ競技場。その競技場の端には豪華な椅子が2脚ずつ計4脚、それ以外は、広大な平らの床が広がっていた。

目線を観客席に戻すと、両親共々傍らにはスマートアニマル。ソラナは、アマガエルを見てこう言った。

「ね、ね、パパ、ママ、撮影していい?」

サントスとセラフィナは微笑みながら頷いた。

「撮影モード。」

ソラナがそういうと、アマガエルの上にホログラムが浮かび上がる。そして、撮影予定の映像が映し出された。

「動画撮影開始。」

アマガエルの録画が始まった。ソラナは最初にサントスを撮影する。

「パパー。」

「ソラナ。」

次に、まだ誰もいない競技場を一瞬撮影した後、セラフィナを撮影する。

「ママー。」

「ソラナ。」

そして、最後にソラナは自分自身を撮影する。

「初めてリアルトランプゲーム観るよ!」

ソラナは満足したのかこう言う。

「動画撮影終了。撮影モード解除。」

アマガエルの上のホログラムが消えた。すると、女性の声で場内アナウンスが流れる。

「お待たせいたしました。本日の『リアルトランプゲーム』を開始いたします。始めに、ゲームマスター、アニセト・デフォルジュよりごあいさつです。」

競技場の真ん中に派手な模様の仮面で目元を隠した男性が現れた。その様子は、観客席の四方に設置されている大型モニターにも流れる。そして、その男性は話し始めた。その声は、わずかに加工されていた。

「観客席の皆様、そして、生中継をご覧になっている方、当ゲームをお引き立ていただきまして、ありがとうございます。ゲームマスター、アニセト・デフォルジュです。本日のリアルトランプゲームは、『セイムスタイル』です。ごゆるりとお楽しみください。」

アニセトは、一礼し、退場していった。それを受け、サントスが言う。

「今日は、同スートの日だったか。」

「やっぱり、基本よね。セイムスタイルは。ミックススタイルも、フリースタイルもいいけど。」

セラフィナがそう返すと、ソラナはこう尋ねた。

「クレメンティアデッキ、出るかな?」

「出ると、いいね?」

サントスが返した。セラフィナはこう言う。

「ボヌムデッキと並んで強いから、対戦、観てみたいわね。」

そんなやり取りをしていると、モニターが4分割される。それと同時に、4つの大きな円形のリングが床からせり上がる。ソラナは、胸を高鳴らせながらこう言った。

「始まるっ。」

場内アナウンスは、こう案内した。

「デッキ、入場。」

競技場の端にある椅子の方面から、6人ずつ2組の「プレイヤー」が入場してくる。すると、円形のリングの上に、それぞれスペード、ハート、ダイヤ、クラブが向かい合わさるように2つずつ現れた。その様子は、4分割された大型モニターにも映し出される。「デッキ」には、4人の男性と2人の女性。女性は、端にある椅子に座った。場内アナウンスは、こう案内した。

「マトゥーレイン、授与。」

男性は、椅子に座った女性の1人の周りに立った。囲まれた女性は、光をまとい、その光は、等分され、男性たちに吸収されていった。すると、男性たちは、リングの方に歩を進め、辿り着くと、リングに上がり、対戦相手に一礼した。場内アナウンスは、2組のデッキ名や「プレイヤー」の名前を読み上げる。それが終わると、こう案内を続けた。

「ゲームスタートまで、後10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1。ゲームスタート!!」

一斉にリングに上がった男性たちが一対一の戦いを始めた。ソラナは、お目当てのデッキではなかったが、白熱した戦いに、両デッキに向け、声を張り上げて応援の言葉をかけた。

「がんばれー!がんばれー!!」

時に立ち上がっては、興奮した様子を見せた。サントスとセラフィナは、それを後ろから見て、微笑み合った。

やがて、この日の1戦目が終了。勝者のデッキは、3勝1敗の成績を収めた。

ソラナ一家は、それからその日最終の3戦目まで観戦し、帰宅することに。結局、クレメンティアデッキの戦いを観ることは叶わなかったが、ソラナは満足した様子でこう言った。

「パパ!楽しかった!ママ!楽しかった!」

「ソラナ、それはよかった。」

「よかったわね、ソラナ。」

ソラナは、両親と手を繋ぎ、家路につく。

「男の人、かっこよかった!女の人、綺麗だった!」

サントスが言った。

「男の人は、『スート』だね。」

セラフィナが言った。

「女の人は、『ファーストジョーカー』と『セカンドジョーカー』ね。」

「うん!みんなを応援できてよかった!!」

ソラナの笑顔の花が咲いた。

そんな1日が終わり、ソラナは就寝した。それからしばらく経った後、セラフィナはサントスにこう尋ねた。

「もしかして、今日は『普通』を目指した?」

「そうだ。エテルステラ人としての、ある意味『たしなみ』だと思ってさ。30年くらいで歴史が浅い『国技』だけど、ソラナには、一度でいいから『国技』をサクセスコロシアムで観てもらいたくて。」

「ありがとう、サントス。正直、あんなにマトゥーレインを使った風景は、見たくなかったでしょう?」

「それは、セラフィナも一緒だと思うけれど、でも、なんだか『それ』を忘れてしまった瞬間もあったよ。ソラナがあまりに楽しそうだったから。」

「同感よ。対戦の事忘れて、ソラナばっかり見ちゃったわ。今日は。」

「いや、想定していた以上に今日は楽しかった。ソラナのおかげだ。」

「そうね。乗り気じゃなかった今朝の私に教えてやりたいわ。『ソラナがいてくれたから楽しい1日になった』って。」

サントスとセラフィナは柔らかい表情で見つめ合った。


◆立ち入り禁止

月日は過ぎ、E.E.226年となった。ソラナ一家は新年の帰省をする。枯れ草ばかりの草原だったが、ソラナは、そこを楽しそうに横切って行った。

そして、サントスとセラフィナと共にヴェルテックス魔法科学研究所に足を踏み入れる。

「おじいちゃーん!おばあちゃーん!」

カルロス、ダニエル、マヌエラ、グラシアは健在だった。この1月で、中学生となるソラナ。先月もらった小学校の卒業証書を4人に見せた。

祖父母4人は、一斉に拍手した。その中でマヌエラがこう言った。

「おめでとう、ソラナ。」

グラシアがそれに続ける。

「今夜は、お祝いのお食事会にしましょうね。」

「ありがとう、おばあちゃん。」

ダニエルはソラナに尋ねる。

「また、シチュー作ってもらうか?」

ソラナの返答を待たずに、カルロスが言う。

「そうすればいい。」

「うん!おじいちゃん!」

そして、シチューなどのご馳走と共に、「卒業祝いの宴」が催された。

「やっぱりこのシチュー、美味しい!!」

祖父母と両親は、優しい笑顔でそんなソラナを囲んだ。

夕飯の食休みをした後、ソラナは入浴をし、「自分の部屋」にて就寝することにした。

「パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、おやすみなさい。」

そのソラナの挨拶に、6人は口々に「おやすみ。」と返した。

翌朝。いつかのようにソラナは早く起きてしまった。

「そうだ。」

そう呟きながら着替える。そして、部屋の外に出た。

「また、『探検』しようかな?」

いつかの時にやったように、ひたすら全部の部屋へと入って行くソラナ。しかし、とある部屋の前で足が止まる。

「え?」

そこには、「立入禁止」という貼り紙が貼られていた。

「入っちゃ駄目なのね。」

ソラナは印象深いその部屋に入れなかった事に少々残念な気持ちはあったが、祖父母の言うことは聞こうと、その部屋への入室を断念した。

その日の朝食が終わってから少し経った時、ソラナはこう尋ねた。

「『風船』のお部屋、入れなくなったのね。」

ダニエルが返した。

「そうだよ。近々、大事な研究を始めるからね。」

グラシアが続く。

「『風船』、見たかった?」

「ううん。いいの。」

そんなやり取りを聞いていたサントスとセラフィナは血相を変えてその「風船の部屋」の前に走って行った。その尋常ではない両親の様子に、ソラナはついて行った。行った先でソラナは、見たことのない険しい表情をした両親を目にする。

「パパ?ママ?」

その声に、一旦いつもの表情を取り戻すサントスとセラフィナ。しかし、追ってきたカルロス、ダニエル、マヌエラ、グラシアの4人の姿を見ると、険しさが再びサントスとセラフィナの顔を支配した。

「何をしようとしてるんだ?父さん!母さん!」

「まさか、お父さん?お母さん?」

それに、マヌエラが答えた。

「『まさか』?人聞きが悪いわね。」

カルロスがそれに続いた。

「しかし、その『まさか』だよ。『EX2計画』を立ち上げた。」

サントスは、カルロスに飛びかかった。胸ぐらを掴み、ソラナが見たことのない目で睨みつける。

「ふざけないでくれ!!」

「パパ?」

それに続き、ソラナが聞いたことのないセラフィナの怒鳴り声が響いた。

「『EX1』を『廃棄』したって言うのに、『EX2』?今更、どう言うことなのよ!!」

「ママ?」

ソラナは、震え上がった。その様子を見たサントスとセラフィナは、声を揃えて「あ。」と言った。

サントスは、カルロスを解放し、セラフィナは自らの口をきつく両手で塞ぎながらその場に座り込んだ。ソラナは、一瞬躊躇したがセラフィナに駆け寄った。サントスもまた一瞬の躊躇の後、ソラナの元へ行く。そして、こう声をかけた。

「ソラナ、こわがらせてごめん。」

セラフィナも、一転弱々しい声でこう言った。

「ごめん、ソラナ、ごめん。」

「忘れてくれ、ソラナ、この事は。」

「忘れられないかもしれないけど、お願い。」

「う、うん、わ、わかった。パパ、ママ。」

ソラナは、こう返すのが精一杯だった。そんなソラナが聞いてる前で、カルロスが呟く。

「出来損ないだなぁ。EX1プライムメイル、EX1プライムフィーメイル。」

セラフィナの目が負の感情をたたえつつ見開かれる。そして、立ち上がり駆け出した。その目には、涙があったような気がした。サントスがそれを追いかける。ソラナも続こうとしたが、サントスはこう言った。

「ついて来るな!ソラナ!!」

「パパ。ママ。」

その後、ソラナの預かり知らぬ所でサントスとセラフィナは抱き合い2人で泣いた。


◆帰省の終了

それからと言うものの、気まずいままこの年の新年の帰省は終わりを告げた。言葉少なくソラナは祖父母と別れ、両親と共に列車とバスを乗り継ぎ自宅へと帰って来た。

ソラナは帰って来るなり、こう言った。

「パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃん、仲直り出来るよね?」

「ごめんね、ソラナ、心配かけて。でも、無理かもしれないわ。」

「でも、努力はするよ。ソラナが『嫌』だもんな。」

その両親の言葉に、ソラナは泣き出す。

「大好きな、パパとママ。大好きな、おじいちゃんとおばあちゃん。仲良くしてるのがいいの。私、わがまま?」

「わがままじゃないわ、大丈夫。ごめんね、ごめんね。」

「頑張るから。泣かないでくれ。ソラナ。」

「うん。」

ソラナの涙は、サントスとセラフィナが交代交代で拭ってくれた。次第に落ち着いたソラナは、こう言い、自らの部屋に行った。

「ごめんね。」

そして、相変わらずの物があまりない部屋で、こう呟いた。

「いーえっくすわん?いーえっくすつー?」


◆教えと

ソラナは、その後無事に中学校に入学した。それから少し時間が経ち、E.E.226年は3月を迎えた。そんなある日の朝、セラフィナはソラナにこう言った。

「ソラナも来月10歳になるんだから、ママのお手伝い、しなさい。」

「え?」

ソラナは、急な母からの「命令」に少し驚いた。戸惑いながらもこう返す。

「う、うん。わかった。」

「じゃあ、明日から30分でいいから早起きしてきてね。」

ソラナは頷いた。その夜、サントスは言った。

「ソラナ、毎日じゃないけど、来月から夕飯、一緒に食べられなくなった。」

「え?」

朝に続き、今度は父からの言葉に戸惑う。

「配達の仕事が決まった。夜の時間に働くから、これからママと2人で夕飯を食べるんだぞ。」

「う、うん。わかった。」

ソラナは、その夜両親の変化に不安を抱き、なかなか寝つけなかった。結局、翌朝いつもより早く起きることは出来たが、15分程度、「寝坊」した。

「遅いわよ、ソラナ。」

「ごめん、ママ。」

朝食の支度や洗濯などをセラフィナはそれから教えていった。その後、バタバタしつつ、ソラナは中学校に登校していった。

「ママ、私何かやったの?」

ソラナは涙と共に通学路を歩いた。

更に、4月を迎え、宣言通りに夕飯はセラフィナと2人きりで食べるようになった。そんな時間が1週間続いた夜、ソラナは寝室で泣いた。

「パパ、さびしいよ。」

それでも、4月9日、サントスとセラフィナは夜、家にいた。そんな両親は、声を揃えてこう言った。

「お誕生日おめでとう!ソラナ!!」

「ありがとう!!」

プレゼントが渡された。赤くかわいいワンピースだった。

「今度のおやすみの日に着る!!」

そのかわいいワンピースもとても嬉しいプレゼントではあったが、それよりも何よりもおよそ10日ぶりの家族3人での夕飯が嬉しかった。


◆立派な家事

それから、ソラナはサントスとあまり時を過ごせないさびしさを抱えながら、セラフィナから与えられる「生活の知恵」を会得していった。

そんな日々を過ごしているうちにE.E.227年も4月が始まる。セラフィナは、ある日の夕方言った。

「明日、ソラナは学校はおやすみだけど、私は仕事に専念したいから、朝から夜までの家事、全部ソラナに任せていいかしら?」

まもなく11歳となるソラナは、初めての母からの「指令」に首を傾げながらこう返した。

「全部、下手っぴかも?」

「それでもいいわ。パパも午後から家にいるから、よろしくね?」

「うん、わかった。」

ソラナは、それをやり遂げられるか不安だったが、「あの日」のように「寝坊」しないように早めに就寝した。

翌日、薄暗い中の起床だった。記憶の中のセラフィナがいつもしている事を見よう見まねでやる。食事の仕度はもとより、朝の洗濯や食材の買い出しなど、全部をこなした。懸念した通りに、自己評価としては「下手っぴ」ではあったが、この日の家事は終盤に差し掛かり、夕飯の仕度が終了する。

「パパ、ママ、お夕飯だよー。」

ソラナは声をかけた。サントスとセラフィナは食卓についた。そして、声を揃えてこう言った。

「いただきます。」

サントスは言った。

「このスープ、美味しいなぁ。」

セラフィナは言った。

「サラダのドレッシング、完璧よ。」

ソラナは、この日の努力が報われた気がして、笑顔でこう答えた。

「ありがとう!頑張ったんだ!!」

そんな夕飯も終わり、この日最後の家事である、夕飯の片付けをソラナは頑張った。セラフィナがそんなソラナに声をかけた。

「もう、満点も満点だったわ。今日のソラナの家事。」

「そう?」

「疲れたでしょう?明日から、家事は手伝い程度で普通にしていいわ。」

「うん!」

そして、ソラナは早くに就寝。やはり、疲れてしまったのかベッドに入るなり夢の中へと旅立ってしまった。

一方、両親はまだ起きていた。セラフィナは、目の前に広げてある「偽の仕事」の成果を見つめ、サントスに言った。

「もう、ソラナは1人で生きていけるわ。」

「ちょうど1年だな。」

「そうね。下手な嘘、ばれなくてよかったわ。」

「もう、セラフィナは『設計をしなくていい』んだからな。それにしても、この設計図いいな。建ててやりたい。」

「無理よ。」

「そうだな。」

2人は、少しの間沈黙していたが、サントスは言った。

「心置きなく『アンチEX2計画』を実行に移せる。」

「今日のソラナの料理の味、最期まで忘れないわ。」

「ああ。来週のソラナの誕生日は、盛大に祝ってやらないとな。」

そして、4月9日。ソラナは11歳になった。両親は、声を揃えてこう言った。

「お誕生日おめでとう!ソラナ!!」

「ありがとう!!」

この日のソラナには、1日限定で家事手伝いの「おやすみ」というプレゼントがあった。それだけではなく、きちんとしたプレゼントも用意されていて、この年のプレゼントは、大人の雰囲気をまとったペンダントだった。

「わあー!素敵なペンダント!!ずっとずっと大切にする!!」

「きっとよ?」

「そう言ってくれて、嬉しいよ。」

そして、そのお祝いの食事には、シチューがあった。

「ママのシチューだ。」

「ソラナ、大好きだろう?ママに言って作ってもらったんだよ。」

「いたただきます!」

その味は、「おばあちゃんのシチュー」とも違った物だったが、ソラナの大好きな味であった。

「シチュー、おかわりしたい。」

「いいわよ。」

そんな誕生日会は終わりを告げる。その夜、ソラナはいつまでもいつまでも誕生日プレゼントのペンダントを見続けた。いつの間にか寝てしまうまで。


◆喧嘩

「何で?どうして?」

E.E.227年6月半ば、ソラナの両親をなじる声が自宅に響き渡った。

「どうしてもだ。」

サントスがそう言うと、セラフィナも続けた。

「わかって、ソラナ。」

「わかりたくない!何で私だけルクセンティアに行けないの?」

「ごめんな。やっぱりおじいちゃんとおばあちゃんとは、仲良くできない。喧嘩をしに行くから、ソラナを連れていけない。」

「喧嘩を見るのは、嫌でしょう?」

「仲良くしてって、言ったのに。」

「私たちの、わがままよ。」

「わがままを、許して欲しいとは言わない。けれど、今回は絶対にソラナをルクセンティアには連れてはいかない。」

ソラナは、少し沈黙した。しかし、口を開いた。

「春の連休に行ったから、我慢する。」

「いい子だ。」

「いい子ね。」

サントスとセラフィナは、交代でソラナの頭を撫でてやった。

そして、それから1週間後の夜。サントスとセラフィナのスマートアニマルであるダルメシアンとキタリスからこんな機械音声が。

「機能維持ゲージが、1パーセントです。魔法石にて、機能維持をしてください。」

ソラナは、両親にこう言った。

「私があげる?」

「いいんだ。」

「え?」

「もう、使わないから。」

「え?」

そうしているうちに、機械音声はこう告げる。

「機能維持ゲージ、0パーセント。契約解除。」

2匹の動物は、外に逃げていった。その様子をソラナは疑問の目で見る事しか出来なかった。

その後の深夜。熟睡するソラナの寝室に、サントスとセラフィナが入ってきた。セラフィナが小声でこう言った。

「よく寝てるわ。」

「寝顔、何年ぶりに見ただろうな。」

セラフィナの目に涙が浮かんでくる。それでも、こう呟いた。

「もう、最後よ。」

「ああ。」

その涙は、サントスにも伝染する。それに負けずにこう続けた。

「ソラナ、ごめんな。」

「ごめんね、ソラナ。」

そして、翌朝。ソラナは玄関でこう言った。

「いってらっしゃい。パパ、ママ。」

「元気でいるのよ?ソラナ。」

「ソラナ、この家は任せたよ。」

「うん。」

サントスとセラフィナは、そんな言葉を交わした後、交代でソラナを抱き締めた。そして、ルクセンティアへと向かった。荷物は全く持っていなかった。


◆狂

予告のない帰省だった。「ヴェルテックス魔法科学研究所」の面々は、「息子」と「娘」の突然の帰省に驚く。

カルロスがこう言った。

「何だ?」

ダニエルも言った。

「急に、どうした?」

サントスとセラフィナは、答えなかった。そして、無言のまま「風船の部屋」へと入って行った。そこで、サントスは叫んだ。

「くそー!」

セラフィナは、両手でかきむしるように顔を覆った。追ってきたマヌエラとグラシア。マヌエラは言った。

「ここに何の用なのよ?」

グラシアも続く。

「出ていきなさい。魔法科学者じゃないあなたたちが入る所じゃないわ。」

「もう、出ていくよ。『確認』は、終わったから。」

「本当に、『EX2計画』を始めてしまったのね。」

遅れてやって来たカルロスとダニエル。ダニエルがこう返す。

「一刻も早く、『結果』を出したいからな。」

セラフィナがこう言う。

「『結果』なんて出させない!」

カルロスが低い声で言った。

「黙れ、EX1プライムフィーメイル。」

サントスがそんなカルロスに怒鳴る。

「その名前で、セラフィナを呼ぶな!」

ダニエルがそれに怒鳴り返してきた。

「お前こそ、黙れ!EX1プライムメイル!」

「お父さんまで、サントスを!」

セラフィナがそう言うと、ダニエルは、声のトーンを変えずにこう言う。

「『父』と呼ぶな!『副所長』と呼べ!」

乗り込んできた「息子」と「娘」は「父」に怒られた。そんな光景に、「母」は、「実子」に寄り添う。マヌエラは、サントスに言った。

「『戸籍上の名前』で呼ばれたければ、悪い子にならないことよ。私がお腹を痛めて産んだ、EX1プライムメイル?」

グラシアは、セラフィナに言った。

「私を、『副所長夫人』って呼びたくはないわよね?私のお腹を痛めて産んだ、EX1プライムフィーメイル?」

マヌエラとグラシアは声を揃えて続ける。

「失敗作で、役立たずで、反抗的な実験体。」

サントスは鼻を鳴らして笑った。そしてこう呟く。

「いいや、『それ』で。『EX1』って呼ばれる方がいいのかもしれない。」

セラフィナもかなしげな目で呟く。

「『廃棄』、いいえ、あなた方に『殺された』、『EX1』、私たちの『お兄ちゃん』と同じ『名前』で呼ばれたいわ。」

カルロスがそれに返す。

「『廃棄』だ。『あれ』はヒトの形をしていたが、単なる『マトゥーレインの塊』だ。」

ダニエルがそれに続く。

「その証拠に、『EX1』は『人間』からは産まれていない。『副産物』として、意思を持ったが、『あれ』は、『人間』ではない。それを『お兄ちゃん』だと?片腹痛いわ。」

サントスは必死に反論した。

「『兄さん』は、優しかった!」

「そうよ、優しい『お兄ちゃん』は、『人間』よ!」

そんなセラフィナにマヌエラがこう返した。

「『EX1』は、『人間』であるあなたたちを自分と同等の存在と思い込みたかったんじゃないかしら?だから、優しくしたのよ。」

グラシアはそれに続く。

「私たちには、反抗し続けていたわ『EX1』は。だから、こちらの安全を確保するために唯一の成功体の『EX1』を『廃棄』せざるをえなかったのよ。けれど、『EX2』が成功した場合、『それ』はないわ。なぜなら、『EX1』ならびに『EX1プライム2体』のように『意思』を持たないように細工しているから。」

ダニエルが更に続けた。

「生体エネルギーを糧としたマトゥーレインは、消耗することはない。そして、意思を持たない、人間に従順なマトゥーレインを作る。」

カルロスがこう締め括った。

「『魔法石』ではなく、『魔法人』を作ったエテルステラ唯一の魔法研究所となるのだよ!『ヴェルテックス魔法科学研究所』は!その為の『EX2計画』だ!!」

サントスが言った。

「もう、やめてくれ。『意思を持たない』とはいえ、『命』は、『命』だ。そんな苦しい『命』を新しく作らないでくれ。」

それにカルロスは返した。

「『EX2』を作るな、と言うことならば、『代わり』を差し出せ。そうだ、ソラナをここに連れて来なさい。」

セラフィナの怒鳴り声が響いた。

「そんな事やるわけないでしょう?」

サントスもこれ以上ない程の怒りの表情で大声を出す。

「ふざけるな!もう、お前たちと話したくはない!!」

「やりましょう、サントス。」

「ああ、やろう、セラフィナ。」

サントスはカルロスとマヌエラを、セラフィナはダニエルとグラシアを引っ張り、所長室へと「連行」した。

そして、サントスは言った。

「『EX2計画』を知ってから、1年以上経った。もう、『失敗作』は作ってしまったんだろう?」

セラフィナは言った。

「答えは言わなくていいけれど、その『命』たちを、『EX1』のように『廃棄』したんでしょうね。」

一斉に、4人は頷いた。

「答えを聞くつもりはないが、お前たちは、いくつの『命』を『廃棄』した?1回100人として、何回やったんだ?」

「そのたくさんの『命』の気持ち、あなたたちに味わわせてあげる。今から、私たちがあなたたちを『廃棄』するわ。」

「もう、『EX2』の実験体は、作らせない。」

ダニエルが言った。

「何をふざけたことを?」

マヌエラが言った。

「どうやって?」

サントスが答える。

「『セルフデストラクション』だ。」

グラシアが言った。

「そんなこと!そんなことをしたら、あなたたちだって無事では済まないでしょう?」

セラフィナが答える。

「『その覚悟』で来たわ。」

カルロスが言った。

「ソラナを1人にするんだぞ?」

サントスとセラフィナは声を揃えてこう言った。

「わかってる。」

「『その為』の準備は、1年以上も前からしてきたわ。」

「『その為』のお金は、ソラナの傍に置いてきた。」

「ソラナが成人するのを見たかったわ!けれど、『苦しい命』の量産も見て見ぬふりは出来ない!!」

「だから、今、ここを『廃棄』する。ソラナには悪いけれど、親を失ってもらう。『廃棄』とはいえ、『人殺し』の親を持ってもらいたくないから。『人殺し』の罰は、即受ける。『命』をもって。」

セラフィナは、所長室の出入り口に立ちはだかった。そして、サントスは、「有事の時」の為に所長室に保管してある「セルフデストラクション用の魔法石」を取り出した。様々な色がマーブル模様のように刻まれた魔法石だった。その様子を見た「所長」のカルロスは、怒鳴るように言った。

「やめなさい!サントス!!」

それを無視し、サントスは、セラフィナの元へ行く。落ち着いた薄茶色の所長室をひととおり見回した後、セラフィナの左手に「セルフデストラクション用の魔法石」を乗せた。それに蓋をするようにして、サントスは右手を重ねる。そして、サントスとセラフィナは見つめ合った後、声を揃えて言った。

「セルフデストラクション開始。」

魔法石は、重ねた手からすり抜け、空間に浮遊する。そして、機械音声が流れる。

「セルフデストラクション実行まで、あと100秒。避難してください。」

カウントダウンが始まった。再びサントスはカルロスとマヌエラの、セラフィナはダニエルとグラシアの手をきつく握りしめた。

「父さん、母さん、逃がさない。」

「どこにも行かせないわ。お父さん、お母さん。」

老体で出る精一杯の力で「ヴェルテックス魔法科学研究所」の面々は抵抗するが、若い力に屈し、その場に留まらざるを得なかった。

「20、19、18、17、16、15。」

カウントダウン中、セラフィナは叫んだ。

「ソラナー!私たちの娘として、会いに来てくれてありがとう!!」

それに、サントスも続いた。

「ソラナー!『普通』の娘として、これからは生きられないけれど、強く生きろ!!」

「5、4、3、2、1。」


◆朝

翌朝、ソラナは普通の目覚めをする。両親がいないことから、自分の為だけの家事をする。この日の中学校は休みだった。セラフィナから太鼓判を押された完璧な家事をこなし、朝食の片付けを行った後、アマガエルにこう指示した。

「テレビモード。」

アマガエルのホログラムは、ニュース番組を映し出した。女性アナウンサーがこうニュースを読み上げた。

「次です。昨日、ルクセンティア地方の魔法科学研究所で爆発がありました。」

「ルクセンティア?魔法科学研究所?」

胸騒ぎがした。ニュースは続く。

「爆発があったのは、『ヴェルテックス魔法科学研究所』です。周囲に影響は確認されていませんが、中から性別不明の6人の遺体が発見されました。当局は、事件と事故の両面で調べを進めています。」

ソラナは、言葉を失った。映像には、たくさん遊んだ研究所の変わり果てた姿。場所と状況と「6人」という情報にその「6人」が誰なのかがわかった。

「パパ、ママ、カルロスじぃ、ダニエルじぃ、マヌエラばぁ、グラシアばぁ。」

大粒の涙が支配したソラナの叫び声が響いた。

「いやー!!」


◆涙の

そんな中、ソラナの元に隣人の女性、ラウラ・エストレが訪ねてきた。

「ソラナちゃん?ソラナちゃん?」

泣き腫らした目でソラナは玄関へと行った。

「ラウラおばさん。」

扉を開けると、ソラナは弱々しい声でそう言った。ラウラは、まずソラナを抱き締めてやった。

「知ったのね?『あの事』を。辛かったわね。」

ようやっと収まったソラナの涙が再び洪水のように溢れてくる。ラウラは、ソラナの頭を撫でてやりながら、黙ってその涙を受け入れた。ソラナは慟哭の中、繰り返しこう声を上げた。

「何で?何で?何で?何で?何で?何で?」

「ソラナちゃん。」

ラウラは、それに答えを返す事が出来なかった。その後ソラナは、こう呟いた後気絶するように眠ってしまった。

「パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん。」

ラウラは、そんなソラナを抱え家の中へと入って行った。そして、リビングのソファーに寝かせてやった。

「知らされていたけど、あまりにも辛すぎるわ。」

ラウラはそう呟き、ソラナの寝顔を見つめながら、そのソラナの両親との最期のやり取りを思い出した。


◆保護者

それは、ソラナが学校に行っていた数日前の出来事だった。

「ごめんください。」

ラウラは、セラフィナの声で玄関へ行った。

「どうしました?」

扉を開けると、サントスもいた。そのサントスがこう言った。

「折り入ってお話があります。よろしいでしょうか?」

ラウラは、家の中にサントスとセラフィナを上げた。サントスは大きな紙袋を抱え、セラフィナは手提げの紙袋をその手に持っていた。

「これ、お土産ではないんですが、受け取ってください。」

セラフィナからラウラに渡されたのは、チェントーレの有名菓子店の菓子詰め合わせだった。

「ご馳走様です。」

ラウラは戸惑いながらそれを覗いた。サントスは本題を切り出した。

「単刀直入に言います。近日中に、私たち夫婦はいなくなる予定です。」

「お引っ越しですか?」

サントスもセラフィナも首を横に振った。更にサントスが続ける。

「訳あって、死にに行く事にしました。私とセラフィナで。」

「死ぬって!どうして?」

驚くラウラにセラフィナがこう説明した。

「『両親』が、私たちが『許したくない実験』をし始めました。それを止めたいんです。」

「『両親の命』と『研究所』を奪う事でそれを遂げようと思っています。その代償に、私たちも『命』を散らす予定です。」

「ソラナは、この件には無関係なので、置いて行きます。」

「でも、まだ成人してないソラナには、『見守ってくれる人』が必要と思いまして。」

「『それ』をエストレさんにお願いしたいんです。」

セラフィナがそう言い終わると、サントスは頭を下げた。そして、セラフィナもそれに続く。サントスは、依頼を続ける。

「お得意様のエストレさんに頼むのはどうかと思いました。」

「けれど、ソラナがエストレさんになついてますから、あなたしか考えられなくて。」

「どうか、ソラナが成人するまでの4年間は、面倒を見てやってはくれませんか?」

ラウラは、まだ頭の整理がついてなかった。

「ちょっと考えさせてください。」

サントスは、再び頭を下げながらこう言った。

「急なお願いですから、勿論驚かれてると思います。」

「すみません。でも、エストレさんが引き受けられないと言う事ならば、私たちはソラナも道連れにしなければなりません。」

「『道連れ』って!」

ラウラの声が震える。サントスがそれに申し訳なさそうに返した。

「ソラナには、あと4年は『保護者』が必要です。しかし、それがないとあれば、それも致し方ないと思っています。」

「ソラナには、1人で生活出来るように『教育』はしました。手はかからないと思います。だから、四六時中一緒にいて欲しいとは言いません。時々様子を見に行ってください。」

「そして、ここに5千万タドンあります。ここから、謝礼としてお好きな額をお取りください。そして、余りをソラナの『お小遣い』として与えてください。」

差し出された大きな紙袋にラウラは困惑の声を上げた。

「なんだか、脅迫されてるみたいです。それに、金で釣ろうって言うことですか?」

サントスは苦しそうな顔をして言う。

「そう解釈されても仕方のない話だと思います。」

「すみません、エストレさん。」

セラフィナは、頭を下げ、しばらく動かなかった。そして、暫時の沈黙が流れる。その沈黙は、ラウラが破った。その声にセラフィナは頭を上げる。

「お話したことはなかったんですが、私は子供が産めない体です。それで、結婚を諦めました。」

サントスとセラフィナはそれに耳を傾ける。

「そんな話を思い出しました。私、『親』になっていいんですか?アルシェさん、ブローさん。」

サントスは答えた。

「勿論です。」

セラフィナは答えた。

「是非。」

「わかりました。投資家の私からしてみたら、5千万タドンなんてはした金、いらないに等しいです。けれど、お二人のソラナちゃんへの『愛情』として受け取ります。そして、4年間だけでもソラナちゃんの母親をやらせていただきます。」

サントスとセラフィナの目に涙が溢れた。そして、こう声を揃えて頭を下げた。

「ありがとうございます。」

その後、ラウラはサントスにこう言われた。

「近々、ルクセンティアで爆発事故が起こります。その瞬間からエストレさんがソラナの『親』になります。」

「それから、エストレさんの考えた『子育て』をお願いします。」

「わかりました。」


◆捜査の手

ラウラの思考は、現実に戻る。

「今日から、私が母親よ。ソラナちゃん。ソラナちゃんが『そう』思えなくてもいいけれど。」

そうしていると、ソラナは目覚めた。

「ら、ラウラおばさん。」

「よく眠れた?」

「うん。」

「そう。」

少しの沈黙の後、ラウラは言った。

「ソラナちゃん、家族を迎えに行こう?そして、弔ってやろうね。」

ラウラは、それが最初の「親としての仕事」と思った。

「うん。」

力無く答えるソラナ。そして、こう続けた。

「夢だったらよかったのに。」

「そうね。」

ラウラは、一呼吸置いた後、言った。

「明日、ルクセンティアに出発よ。」

「学校は?」

「こんな時は、おやすみよ!さあ、ルクセンティアに行く準備、これからするよ!」

それから、ラウラは一旦自宅に戻り、「旅」の準備を始める。そして、ソラナも途中涙を伴いながら「旅」の準備をする。ソラナは、それが終わるととぼとぼと隣のラウラの家に行った。

「ラウラおばさん、終わった。」

「そう、じゃあ明日朝、行くわよ。」

ソラナは頷き、自宅に再びとぼとぼと戻って行った。

その夜、ソラナの家の前には、捜査当局の車が停まった。

「ソラナ・アルシェさんのお宅ですか?」

捜査当局の男性捜査官がソラナの家の前でそう大声で言った。

「私、ソラナ。」

「お嬢ちゃん、ちょっとお話、いいかな?」

「うん。」

「ルクセンティアの研究所の事だけどね?何か知ってる事あるかな?」

「知らない。パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんと喧嘩しに行った。」

「それだけ?」

「うん。」

「わかった。ありがとうね。」

そう言うと、男性捜査官は帰って行った。その後、ソラナは一睡もできなかった。

そのまま、朝を迎える。

一方、ラウラは朝から怒りを露にしていた。

「何なのよこれ?」

ニュースでは、「ヴェルテックス魔法科学研究所」の爆発事案の続報が流れていた。名前こそ伏せられてはいたが、所長の孫であるソラナが何かしらの悪事をしたのではないか、という捉え方が出来る言い方をしていた。

「ソラナちゃんは、何も悪くない!!」


◆対面への旅と

その足で、ラウラはソラナの元に行く。そのソラナは、顔色が悪かった。

「ラウラおばさん、眠れないよ。」

「ソラナちゃん。」

ラウラは、「しまった。」と思った。昨晩は、共に寝てやればよかったと。

「ごめんね。」

ラウラは、ソラナを抱き締めてやり、背中を擦ってやる。

「ラウラおばさん、どうして?どうして、私の所に来てくれるの?」

「それ『も』、言わなかったわね。昨日の私ったら、駄目ね。ソラナちゃん、私あなたの『親』をやる事になったのよ。」

「よく、わからない。」

「そう、そうよね?」

ラウラの頭の中を支配したのは、「どうしよう。」の言葉だったが、それよりも何よりも、ルクセンティアに行かねばならないと気持ちを切り替えた。

「さあ、行くわよ。」

ラウラは、自らの車の助手席にソラナを乗せる。そして、赤い魔法石を取り出した。

「自動運転開始。行き先は。」

その先を言うのは、多少抵抗があったが、意を決してラウラは言う。

「『ヴェルテックス魔法科学研究所』。」

隣のソラナは、弱々しく泣き始める。

「ごめんね、ソラナちゃん、場所、よくわからないから。」

車は、発進した。運転しなくていいことから、ラウラは、横からソラナを抱き寄せ、精一杯優しくしてやった。

「ラウラおばさん、辛いよ。」

「うん、うん、わかるわ。」

ラウラの車はひたすら東へ東へと進路を取り、ルクセンティアに入る。エテルステラの叡智を集めた様々な教育機関や研究機関の建物が林立する中を縫うように走る。その最中も、ソラナは曇った目で下を見ていた。ラウラは、こんな11歳の女児に、これから肉親の遺体を6人分見せなければいけないのか、と底無しの気持ちの重さを感じた。

「あれ?」

しばらくすると、視界が開ける。ラウラは、短く呟いた。そして目の前に広がる草原に驚く。それと同時に、自動運転の機械音声が。

「目的地に着きました。自動運転を終了します。」

更に、魔法石は砕け、消滅した。外を見ると、捜査当局の張った規制線があった。

「当然よね。入れるかしら?」

そのラウラの懸念は、杞憂に終わった。ソラナを連れていたことから、特別に入らせてもらった。ひしゃげた骨組みだけが残った「ヴェルテックス魔法科学研究所」にソラナはラウラと共に入って行く。どこが何の部屋だったのかわからないくらいに破壊された建物の中で、損傷が激しい遺体が6体並んでいた。腐敗を止める為の魔法石が周囲に敷き詰められている光景を目にし、ソラナは弱々しく、涙を伴った声を響かせた。

「パパ、ママ、カルロスじぃ、ダニエルじぃ、マヌエラばぁ、グラシアばぁ。」

ラウラは、そんなソラナの横で半合掌をする。

「何で。」

ソラナは、激しい感情の奔流の中、気絶した。

「ソラナちゃん!」

ラウラは、ソラナを抱き止めた。

「ごめんね。でも、向き合わなきゃいけない事だから。」

捜査当局の勧めで、病院へと運ばれたソラナだったが、それから長い間の眠りを余儀なくされた。ラウラもルクセンティアに留まらざるを得なくなった。

その影響で、

サントス・アルシェ49歳、

セラフィナ・ブロー45歳、

カルロス・アルシェ88歳、

マヌエラ・フーリエ86歳、

ダニエル・ブロー86歳、

グラシア・ミレー83歳、

6人の弔いは、満足に行えなかった。


◆生きろ

ソラナが気絶して1ヶ月が経ってしまった。ラウラは、毎日のように面会に行った。そよ風が、ソラナの頬を撫でる光景を見ながら、ラウラは言った。

「私、間違っちゃったのかも。いいえ、間違ったわ。」

身内ではないが、自分だけで6人を弔ってやればよかった。ソラナには、事後報告だけして、穏やかな日々を過ごさせてやればよかったと後悔した。しかし、違う思いも沸いてくる。

「アルシェさん、ブローさん、これがあなたの見たかった『生きたソラナちゃん』なの?あなたたちも、間違ったわ。」

天井を仰ぎながらラウラは苦々しい声を響かせた。ラウラの心の中にも、激しい感情の奔流が訪れる。自然と涙を流すラウラ。歪んだ風景の中眠り続けるソラナを見て、この先4年間、この「娘」を、守り抜くという決意が溢れ始める。

「そうね、ソラナちゃんは、生きてる。だから、これからも生きてもらうのよ。そんなソラナちゃんを私が『親』として、見ていく!」

そして、再び天井を仰ぎ、こう宣言した。

「アルシェさん、ブローさん、あなたたちより立派なソラナちゃんの親になるわ!覚えてなさいよ!!」

そして、ラウラはソラナの両手を自らの両手で包んだ。

「ソラナちゃん、起きて?まずは謝りたいの。酷いおばさんだったって、謝らせて。」

その声に応えたのか、ソラナは目覚めを迎えた。

「ラウラおばさん?」

ラウラは、ソラナをきつく抱き締めた。

「ごめん、ごめんなさい、ソラナちゃん。」

「どうして?」

「訳は訊かないで。」

「わかんない。けど、大丈夫だよ。」

1週間後、ソラナの容態は問題ないと判断された為退院することが出来た。

「さあ、帰りましょうか。」

ソラナは、キョロキョロする。

「パパたちのことね?」

「うん。」

「大丈夫、ルクセンティアの教会が、一応弔ってくれたわ。ソラナちゃんが『大丈夫』になったら、改めて『挨拶』に行こうね?」

「わかった。」

その後、ソラナは再びラウラの車にラウラと共に乗り込み、自動運転にてチェントーレに帰った。それを受け、ソラナは自宅の方へ戻ろうとした。

「待って、ソラナちゃん。」

「え?」

「今日は、私の家にお泊まりして?」

「いいの?」

「ええ!」

その夜、ラウラはソラナに添い寝をしてやった。

「ラウラおばさん、どうして?」

「ソラナちゃん、パパとママの話、していい?」

「うん。」

「前、1回話したけど、私はソラナちゃんの『親』になったのよ。パパとママがお願いしてきたの。ソラナちゃんが大人になるまでの間、『お母さん』になってって。私、それを引き受けたのよ。」

「そうなの。わかった。」

「勿論、今から私を『お母さん』だって思わなくていいわ。けど、けどね?私がソラナちゃんを「娘」って思う事は許してね?」

「うん。」

「とりあえず、今夜はここで心置きなく休んでね、ソラナちゃん。聞いたかも知れないけど、このお家、ソラナちゃんのママが設計して、ソラナちゃんのパパが作ってくれたお家なのよ。ここに、パパとママはいる。だから、安心して。」

「パパと、ママがいる?」

「そう!」

すると、底無しに硬い物だったが、ソラナは微笑みを浮かべた。ラウラもそれを見て、微笑んだ。

「じゃ、寝る。」

「おやすみ。ソラナちゃん。」


◆知る事それは

ソラナは、体調や心の「波」を抱えていたことから、特例で高校受験を免除され、高校への入学を認められた。E.E.227年12月、中学校の卒業式にソラナは臨んだ。まだソラナがラウラとの関係を今一飲み込めてない事から、ラウラは「保護者」としての卒業式出席を自粛した。更に、翌月の高校の入学式もラウラは学校に送り出すのみとし、ソラナは孤独の中、高校生となった。

「さびしいな、なんでだろう?」

E.E.228年4月。ソラナは科学全般の授業を受けていた。その日は人体の構造についての学習が行われていた。様々な臓器の図が提示されたが、その中のひとつの臓器をソラナは見た瞬間、顔が青ざめた。そして、その授業が終わるなり、ソラナは倒れてしまった。保健室に運ばれ、程なくして目覚めるが、不安定な様子に早退が決まる。

「ただいま。」

誰も応える事のない帰宅の挨拶をするソラナ。そして、こう呟いた。

「『曲がった風船』。」

そして、ソラナは自らのへその下に触れる。

「おじいちゃん、おばあちゃん、あの研究所で、何をしていたの?」

次第に、吐き気を催し両手で口を塞ぐ。そのソラナの脳内には、この日見た臓器の図と、6歳の頃に見たガラスの中の100個の多少黄ばんだ「曲がった風船」が交互に映し出される。

「ねえ、何をしていたの?」

ソラナは泣いた。12歳の出来事だった。


◆生きることへの力

それからと言うものの、ソラナの不安定さは増した。毎日のようにラウラにすがりつく。次第に、そのソラナの腕は細くなっていく。

ラウラは危機を感じた。このままでは、サントスとセラフィナが望んだ「生きているソラナ」を失うと、そんな光景は、見たくないと。

そして、ラウラは自分が「正しい」とは思えなかったが、7月のとある日、この日も自分にすがりつくソラナに向かってこう声を荒らげた。

「いい加減になさい!ソラナちゃん!!」

「ラウラおばさん?」

「そんなソラナちゃんじゃ、ソラナちゃんのパパたちは、心配で心配でいつまで経っても大霊皇ヤファリラ様に会いにいけないわ!!」

「え。」

「ソラナちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんの事は知らないから、何とも言えないけど、これだけは言えるわ!!」

揺れるソラナの目。ラウラは申し訳ないとは思いつつも、こう尋ねた。

「ソラナちゃんのママ、死んじゃう前にどんな事してた?」

「私に、家事を、手伝ってって言ってた。」

「それは、ソラナちゃんが『生きる為の家事』が出来るようにしたいってやったことよ?」

「ママ。」

「そして、同じ時にパパは何してた?」

「お仕事が、増えた。」

「それは、ソラナちゃんが『生きる為のお金』を1タドンでも多く遺してやりたいって身を粉にして働いたのよ?」

「パパ。」

「そんなパパとママの『思い』をソラナちゃんはどうしてやりたい?」

「駄目に、したくない。」

「なら、生きるのよ?けど、生きるだけじゃ足りない。今すぐじゃなくていいから、元気なソラナちゃんとして生きるの!ね?やってみようよ。私が出来る事、何でもやってあげるから。」

「ラウラおばさん。」

ソラナの目からは、大粒の涙が何度も何度も流れる。ラウラはそんなソラナをおもいっきり抱き締めてやった。

「泣きなさい。たくさん、たくさん。泣いたら少し前に進みなさい。そして、それを繰り返して、私に、ソラナちゃんの本当の笑顔を見せて?」

「うん。」

ラウラの自宅に、ソラナの慟哭が響き渡る。ラウラは、ソラナに新たな心の負担を与えてしまったかもしれないと思いつつも、「それ」が終わるまでソラナを離さなかった。

泣き疲れて寝てしまったソラナを寝かした後、ラウラは自嘲した。

「だいたい、私がルクセンティアにソラナちゃんを連れて行った事が悪いのに、ね。何『親面』してるんだか、私。」

ラウラは、何に対して悔しいのかわからなかったが、悔し涙が溢れて来る。次第に、ラウラにも眠気が訪れ、ソラナの傍らで眠ってしまった。


◆母子

翌朝、ソラナとラウラは、ほぼ同時に目が覚めた。ソラナもラウラも何故か言葉が出ない。そんな時間が多少続いた後、ソラナが口を開いた。

「あ、あの、ラウラおばさん。昨日。」

「ごめんね、きつい事言っちゃったわ。」

「ううん、いいの。」

ソラナは、首を横に振った。そして、こう言った。

「ねえ、ラウラおばさん、今日からラウラおばさんを、『お母さん』って呼んでいい?」

ラウラは、驚くと同時にじわりじわり涙の気配を感じる。

「私の事、『ソラナ』って呼んでいいから、呼んでいい?『お母さん』って。」

ラウラは、飛びつくようにソラナを抱き締めた。

「ソラナ!いいわよ、ソラナ!!」

ラウラの涙ははじけた。その涙はソラナにも伝染する。

「お母さん。」

ひととおり2人は泣いた。そして、ソラナはこう言った。

「お腹、空いた。お母さん。」

ラウラは笑顔でこう返した。

「ソラナ、その意気よ!朝ごはんにしよう!!」

「うん!!」

ソラナ・アルシェ12歳と、ラウラ・エストレ46歳が「母子」になった瞬間だった。


◆思わぬ事と

その頃、ソラナとラウラの近所では、ラウラ・エストレが「優しく」なったという噂で持ちきりだった。以前のラウラは、取っつきにくい女性として有名だったのだが、どうやらソラナ・アルシェの「母親」をやるようになったから「それ」が無くなったらしいとの話も出た。そして、近所の人々も、「母親稼業」をやるようになったラウラを支援し始める。ある日、ラウラは言った。

「なんだか、この頃近所の人がよくしてくれるのよ。」

「なんでだろうね?お母さん。」

少しずつ腕の「はり」を取り戻しつつあるソラナは、首を傾げた。そんなソラナも、近所の人々の輪に囲まれる事が多くなっていた。

「私もそう思ってたの。近所の人、前よりももっと優しくしてくれるって。」

2人は、笑い合った。E.E.229年の出来事だった。

「まあ、感謝だわ。そうそう、感謝と言えば、ソラナにも感謝しなきゃ。学校が休みの時は、私の家の方の家事もしてくれてありがとうね。」

「いいの。」

「でも、無理な時はやらなくていいわよ。大学受験近いんだから。」

「うーん。」

ソラナは、「これ」という就きたい仕事が見つからない事から、大学で「それ」を探す事にしていた。しかし、「これまでの蓄積」で、勉強について行けなくなっていた。秋には受験があると言うのに、テストではあまりいい点数が取れずに悩んでいた。特に、科学全般に関しては、手もつけられず、ほぼ白紙で出してしまう事から、いつも成績が悪い。

「家事やってる方が楽しいもん。お母さんの『お世話』したい。」

「こら、何を偉そうな事言ってるのよ。」

ラウラは、ソラナの額をこつんとした。

「いっそのこと、『家政婦』を仕事にしたら?」

「それも、なんか、ピンと来ないの。」

「ソラナ、何それ。まぁ、勉強も頑張っての話だけど、私の『お世話』、お願いするわ。お陰で投資も凄くうまくいってるから。」

「うん!」

それから、ソラナは「頑張った」が、あえなく大学受験は不合格となってしまった。

「ごめん、お母さん。」

「まぁ、大学なんて、14歳の年に入らなきゃならないって事はないから、来年に切り替えなさい。」

「お母さんは、大学、どうだったの?」

「え?14の年に入ったわよ?」

「そうなんだ。頭、いいんだ。」

「そう、頭いいのよー?私。」

そう言ったラウラだったが、心の中では、「無理はない」とずっと言っていた。

やがて、12月が来る。ソラナは高校を卒業する日がやってきた。ラウラは、胸を張って卒業式に保護者として出席。涙、涙でその時間を過ごした。

「お母さん、ありがとう。」

「どういたしまして。卒業、おめでとう。ソラナ。」


◆生中継

E.E.230年となる。ラウラは感傷に耽っていた。

「ソラナは、4月産まれ。だから、あと1年と3ヶ月くらいで『母親』、お役御免になるのよね。」

その年も「リアルトランプゲーム」は、1月の半ばに始まる。ラウラは、自らのスマートアニマルのイエスズメにこう指示。

「テレビモード。」

更にチャンネルを指定。すると、「リアルトランプゲーム」の開幕式が流れていた。それをソラナは家事の合間に見かける。

「『リアルトランプゲーム』だ。」

「今日、開幕だからね。」

「そうだった。」

少し、ソラナはさびしそうな顔をする。

「どうしたの?」

「8歳、だったかな?一度『サクセスコロシアム』で観たの。パパとママと3人で。」

「あ、観ない方がいいわね?」

「いいの、大丈夫だよ。懐かしい。」

ソラナとラウラの視線は、イエスズメのホログラムに注がれた。そこでは、ゲームマスターのアニセト・デフォルジュが開幕の挨拶をしていた。

「今シーズンで、36年目となるこの『リアルトランプゲーム』ですが、わずかに構成を変更してお送りいたします。」

画面にはその変更点が映し出される。アニセトは、それを引き続き説明する。

「『ファーストジョーカー』は、『ジョーカープラス』、『セカンドジョーカー』は、『ジョーカーマイナス』と名称を変更します。」

ラウラは、

「へぇ。」

と呟いた。生中継のアニセトが説明を続ける。

「『もっと高潔に、さらに団結を』をテーマに、ジョーカーの仕様を変えます。」

詳細な物を提示した後、アニセトはこんな言葉を添えた。

「細心の注意を払いましたが、切り替えてから数年は、不安定な物となる見通しで、多少の『事故』は想定しております。ご理解いただければと思います。」

その後も、説明が続きアニセトのこんな一言で挨拶は終わった。

「では、これから『レベルリセット』と、『ルーキーデッキ』のご紹介を致します。ごゆるりとお楽しみください。」

それを受け、ラウラはこう言った。

「開幕式の日って、対戦少ないけど、『レベルリセット』の為に全デッキが集まるし、『ルーキーデッキ』も観れるから、見応えあるのよねー。」

「そうだね。」

その後も、ソラナとラウラは、時間も忘れて「リアルトランプゲーム」を観戦した。


◆最後の日

E.E.231年。ソラナは結局学力が向上しなかった事から、この年大学生になることを見送った。

そんな年の4月8日の朝、ソラナは自宅でこう呟いた。

「今日、入る。パパとママの部屋に。」

ソラナは、サントスとセラフィナを失ってから、一度も両親の部屋に入れなかった。

「明日、私は大人になるんだから。」

10歳の誕生日にプレゼントされたもう着れなくなった赤いワンピースを胸に抱き、11歳の誕生日にプレゼントされたペンダントを首から下げ、サントスとセラフィナの寝室兼自室に入室した。

「パパ、ママ。」

掃除をしてなかった部屋はホコリだらけだった。灰色を基調としたサントス用の調度品と、紫色を基調としたセラフィナ用の調度品がソラナを迎えた。そこには、建築関係の資料が残されていた。それをソラナは指をホコリまみれにしながら愛おしそうに触れた。

「パパ、ママ。」

ワンピースを抱く力が強まる。そんなソラナの指に、サントスとセラフィナの「交換日記」なるものが触れた。

「読んで、いい?」

分厚いファイルであった。それが何冊もあった。父と母にふれあいたくてソラナは夢中でそれを読み始めた。

その日記は、E.E.188年、サントスが10歳、セラフィナが6歳の時から始まっていた。最初は子供故の読みづらい字で1行、2行しか書かれてない日記だった。次第にその内容は充実してくる。字も上達し、読める物となっていく。

「おじいちゃん、おばあちゃんが?」

サントスとセラフィナはEX1なる者と共に3人で祖父母の「実験台」として「ヴェルテックス魔法科学研究所」内で酷い仕打ちを受けていたことが鮮明に書かれていた。

「嘘だ。でも。」

読み進めていくとEX1は、サントスとセラフィナとよく遊んでくれたと書いてあった。サントスにしてみれば11歳、セラフィナにとっては15歳離れているが、「兄」として最も愛着のある人物だったようだ。

そのEX1は、E.E.192年に死亡したとあった。それも、祖父母に「廃棄」と称して殺されたと。そのかなしみは、数ヶ月に渡って日記に話題として載っていた。

「パパと、ママが怒ってた事だ。」

E.E.193年、11歳のセラフィナに15歳のサントスは日記にて愛を告げていた。そして、翌年高校生になるセラフィナに「家」を出ようと提案してきた。セラフィナは、建築関連の学校に奨学生として入学が決まっているサントスについていくと返した。それを機にルクセンティアを出て、チェントーレに住む場所を変えた。

「そう、だったんだ。」

E.E.198年、魔法科学とかけ離れていると考えた建築家として両親は歩み始めた。しかし、「普通」の育ち方をしていなかった事から、仕事は上手くいかず、失敗ばかりだった。それでもめげずに仕事を続け、E.E.215年初頭、17年もかかってしまったが、自他共に認められる建築家となったのに合わせ、サントスとセラフィナは、親に連絡もせずに結婚。すぐにセラフィナの中に新たな「命」が訪れ、翌年4月9日、2人は「大事な命」に喜びを抱いた。

「私だ。」

サントスとセラフィナは、自らたちの過去を振り返り、「大事な命」には、自らたちの描く「普通」の子供として生きて欲しいと言う強い思いを日記に認めた。

世間では、「孫」は「祖父母」にかわいがられている。ならば、「大事な命」は、自らたちの両親にかわいがってもらう。嫌な思い出の「ヴェルテックス魔法科学研究所」に「大事な命」を見せに行き、何度も何度もかわいがってもらった。

しかし、「EX2」という単語は、その強い意思をいとも簡単に砕いた。

自らたちの「大事な命」と、これから産まれてしまう「苦しい命」を天秤にかけ、悩みの日々が認められる。

「パパ、ママ。」

そして、結論が書かれた。「苦しい命」を1つでも削る事を取った。「大事な命」に対して何度も何度も謝罪の言葉が書かれる。それでも、生きられるように、最大限の考えを巡らせた計画、「アンチEX2計画完遂」までの道が事細かく示された。

そして、E.E.227年6月22日分の日記に「この日記は、今日を最後とする。」というサントスの文字が書かれた。その後に、「ソラナ、愛している。」とサントスとセラフィナのそれぞれの文字で日記は締めくくられていた。

「パパー!ママー!」

39年分の両親の日記をソラナはきつくきつく抱き締め久しぶりの慟哭を響かせた。

しばらく涙が止まらなかったソラナではあったが、次第にそれは引いていく。そして、涙の代わりにソラナの目には強い決意の色が訪れた。

「決めた。」

そして、指などについたホコリを払った後、ラウラの家へと向かった。夕方の事だった。ソラナは、無言でラウラに抱きついた。

「なーに?ソラナ。」

「ちょっと、ちょっとだけこうしたい。お母さん。」

「うーん、まあ、『子供』、最後の日だものね。」

ソラナは、ラウラに頭を擦り付けるようにして頷いた。そして、満足するとこう言った。

「お母さん、私、決めた。これからの『夢』。」

「やっと決まったのね?ソラナ。」

「うん。私、『生きる』。それだけだけど。」

ラウラは笑った。

「それだけ?でも、『夢無し』のソラナにしては進歩だわ。その夢の通り、生きなさい?」

「うん。」

「それより、明日の誕生会大丈夫?」

「うん、色々考えてる。」

ラウラは、少し考えた。そして、立ち上がりどこかに行ってしまった。

「お母さん?」

程なくして、ラウラは戻って来る。その手には、大きな紙袋が抱えられていた。

「何?それ?」

「これはね、ソラナのパパからもらったものなの。『あなた』に返すわ。」

ラウラからソラナはそれを受け取る。中身を見ると、おびただしい紙幣が入っていた。

「そこに、7千万タドンあるわ。本当は、ソラナのパパ、私とソラナのためのお金っていうことで、私にくれたんだけど、どうしても使えなくてね。やっぱり、これはソラナが使うべきだから、返すわ。明日から『大人』としてこれを使っていきなさい?」

ソラナは、紙袋を抱き締め、言った。

「うん、大事に使う。ありがとう、お母さん。」

「こちらこそ、私の『子供』になってくれてありがとう、ソラナ。」

柔らかい表情で、「母」を見たソラナ・アルシェは、明日、「大人」となる。

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