第5話「…1リットル?俺が輸血された量が…?」
ノーライセンスヒーラー
番外編スペシャル 第四話 より続く
第五話:目覚めと驚愕
薬品の匂いと、機械の規則的な音が耳に届く。瞼が重い。ゆっくりと目を開けると、見慣れない白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
「…病院…か」
掠れた声が漏れる。体は重く、まだ完全に力が入らないが、思っていたよりもずっと楽だ。あの血まみれの路地裏の記憶が蘇る。女性の蒼白な顔、自身の腕から流れ出る血、そして遠のく意識…。
体を起こそうとすると、腕に点滴の針が刺さっているのに気づいた。輸液バッグの中身は、もうほとんど空になっている。
「お、目が覚めましたか!」
物音に気づいたのだろう。看護師が病室に入ってきた。
「武藤さん、大丈夫ですか?気分はどうですか?」
「…ああ、なんとか。俺…どれくらい寝てました?」
「丸二日ですよ。いやあ、本当に心配したんですからね。あの出血量で…」
看護師は安堵した顔で言った。
「出血…そうか、俺、血ィ出したんだっけ…」
武藤は自分の腕を見る。包帯が巻かれているが、ズキズキとした痛みはほとんど感じない。
「はい。大量出血でした。すぐに輸血しましたからね。1リットルちょっと…」
看護師がサラリと言った言葉に、武藤は一瞬動きを止めた。
「…1リットル?俺が輸血された量が…?」
人間の体から1リットルもの血液を失うのは、かなりの重傷だ。それなのに、自分はたった二日で目を覚まし、この程度のダルさしか感じていない。
「ええ。でも、すぐにバイタルが安定して、驚いたんですよ。普通、あの出血量だと、もっと回復に時間がかかるものですから。輸血の効果もすぐに現れて…さすがに顔色はまだ良くないですけどね。」
そう言われて鏡を見ると、確かに自分の顔色は普段の健康的な褐色ではなく、少し青白い。しかし、意識ははっきりしており、起き上がって歩くことさえできそうだ。
そこに、通りかかったらしい救急隊員の一人が顔を覗かせた。あの夜、武藤と女性を搬送した隊員の一人だった。
「お、武藤さん!起きたんですね!よかった!あの時はどうなることかと思いましたよ!」
隊員は心底ホッとした様子だ。
「隊員さん…あの時の女性は…?」
武藤が尋ねると、隊員は大きく頷いた。
「ええ、助かりましたよ!一命は取り留めました!重傷だったんですが、驚くほどの回復力で、もうすぐ一般病棟に移れるんじゃないかって話です!」
「そうか…よかった…」
武藤は心から安堵した。自分の無謀な行動が、無駄ではなかった。そして、助けた女性の驚異的な回復力。それが、あの時自身の血を流し続けた結果だとしたら…。
「いやあ、それにしても武藤さん、あなたもですよ。あの出血量で、たった二日でこんなにシャキッとするなんて…我々もビックリですよ。病院の先生たちも、あなたの体のこと、すごいって言ってますよ。」
救急隊員は感心したように言った。1リットルもの輸血を受けたにも関わらず、既に意識が回復し、会話もできる状態。顔色は悪いとはいえ、その回復のスピードは、確かに常識を超えていた。
看護師と救急隊員の言葉は、武藤の耳には「お前の体、変だぞ」と言われているように響いた。自分の血液が特殊だという話は、うっすらと耳にしていたが、自身が怪我をした時の回復力まで常軌を逸しているとは…。
病室の外が少し騒がしいことに気づく。何人かの医師が真剣な顔つきで立ち話をしていたり、スーツ姿の男が看護師に何か尋ねていたりする。自分が、あの路地裏の出来事以来、ただの格闘家ではなくなってしまったのだという事実を、武藤は感じ始めていた。
自身の体は、一体どうなっているのか。あの女性の命を救った代償は、自分の体に何をもたらすのか。そして、これから自分はどうなるのか。青白い顔のまま、武藤尊はベッドの上で静かに考え始めた。
(続く)
(考察)
第5話の描写で示唆されたのは、武藤尊の体が持つ「異常な回復力」です。
大量出血からの早期回復: 成人男性が1リットルの血液を失うのは、輸血が必要なレベルの出血です。ショック状態に陥ることも多く、通常は回復に数日~1週間以上かかる場合もあります。しかし、武藤はたった二日で意識を回復し、ある程度の会話や起き上がることが可能な状態になっています。これは、彼の肉体が通常の人間よりも遥かに早いスピードで血液量やその他の生理機能を回復させていることを示唆しています。
輸血の効果がすぐに現れる: 看護師や救急隊員の「輸血の効果もすぐに現れて…」という言葉も重要です。これは、輸血された血液が武藤の体内システムにスムーズに統合され、その回復を加速させていることを意味する可能性があります。
自身の血液との関連性: 第4話で判明した、武藤の血液に含まれる「成長因子」や「組織修復促進物質」が、この異常な回復力に繋がっている可能性が極めて高いと考えられます。彼の血液が持つ特異性は、輸血された相手の回復力を高めるだけでなく、彼自身の体内の再生・修復機能をも底上げしているのでしょう。
「ノーライセンスヒーラー」としての肉体: この回復力の高さは、今後の物語において、武藤が人命救助のために自身の肉体を酷使したり、常人なら致命的なダメージを受けても短期間で復帰したりすることを可能にする「特殊能力」のようなものとして機能する可能性があります。彼の「無資格」でありながら「ヒーラー」として活躍する上で、彼の格闘家としてのタフさだけでなく、この医学的に説明不能な回復力も重要な要素となるでしょう。
顔色が悪いという描写は、まだ完全に回復したわけではないこと、そして彼が行った行為(自己出血)がいかに危険で、体への負担が大きいものであったかを忘れさせないためのバランスとして機能しています。
今回のエピソードは、武藤の血液が持つ特異性が、彼自身の体にも影響を与えていることを明確にし、今後の彼の「ノーライセンスヒーラー」としての活動の医学的(あるいはSF的)根拠の一部を示したと言えます。彼の体は、単なる「ユニバーサルドナー」という血液型を超えた、何か特別な性質を秘めているようです。
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