第四話 私の仮説(久遠理沙)
照明を落とした室内で、プロジェクターが青白い光を放っている。
久遠理沙は、投影されている画像をポインターで示しながら、説明を続ける。
「皆さん、ご存知の通り、6月のアドバイザー部、改めプロジェクトファイナンス部のM&Aをきっかけに、学園内の部活買収が活発化。
再編を繰り返した結果として、現在、五つの大きなグループが誕生しています。
生徒たちは『五大財閥』と称しています」
今日は、生徒会の成果監視委員会の定例報告であった。
メンバーである久遠は、足元の学園内の部活再編の潮流について、分析、報告することを求められていた。
生徒会室には、一条会長をはじめ、数人の幹部、および久遠たち、一年生五人が集まっていた。
この五人は、部活の再編の動きをいち早く察知した一条会長の命で、各グループの中核部活に「派遣」されている。
投影されているスライドには、以下の内容が、表形式で取りまとめられていた。
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①イベント系グループ(通称:イベント財閥)
【中核部活】イベント企画部
【代表】
【生徒会派遣部員】
【グループ価値】約2,500万成果ポイント
【主な部活】イベント企画部、演劇部、軽音楽部、大道具部、照明演出部、等
【投資スタンス】文化祭での権力、収益最大化
【特徴】文化祭という「最大商戦」を仕切る一大勢力。他グループとの軋轢が多い。
②スポーツ系グループ(通称:スポーツ財閥)
【中核部活】スポーツ科学部
【代表】
【生徒会派遣部員】
【グループ価値】約2,000万成果ポイント
【主な部活】野球部、バスケットボール部、バレー部、水泳部、陸上部、格闘部他
【投資スタンス】運動系の部活であればどこでも。科学トレーニングの活用、トレーニング設備の共有等、比較的緩やかな連携
【特徴】参加人数は最大。夏、秋の対外試合(インターハイ予選等)の結果によっては、イベント系グループを凌ぐ規模になる可能性あり
③メディア・ゲーム系グループ(通称:メディア財閥)
【中核部活】新聞部
【代表】一ノ
【生徒会派遣部員】
【グループ価値】約1,000万成果ポイント
【主な部活】新聞部、放送部、動画配信部、ゲーム部、無線部他
【投資スタンス】メディアで情報発信ができる部活。最近はゲームやデジタル等のコンテンツビジネスにも関心。
【特徴】情報発信力が強い。ただ、規模が拡大するにつれ、偏向報道(加入拒否した部活に対しての批判報道等)となっている疑いあり。
④芸術系グループ(通称:アート財閥)
【中核部活】美術部
【代表】
【生徒会派遣部員】
【グループ価値】約800万成果ポイント
【主な部活】書道部、写真部、吹奏楽部、茶道部、花道部など
【投資スタンス】価値観が同じ部活であれば、原則持ち合いベースでの出資
【特徴】この学園の成果主義に反発し、成果如何に関わらず、作品の品質を重視。この制度にのまれないために、徒党を組んでいる形。
⑤エクイティファンド部グループ(通称:エクファン部)
【中核部活】エクイティファンド部
【代表】間宮彗(二年)
【生徒会派遣部員】久遠理沙(一年)
【グループ価値】約600万成果ポイント
【主な参加部活】文学部、SNS研究部、動物飼育部など
【投資スタンス】課題を抱える部活に対して支援するための手段の一環としての出資。統合による多重価値の創出。
【特徴】 M&A実施の先駆けとなったグループ。ただ規模拡大を志向していないため、グループ価値は最も低い。シナジーの創出等に長けているため、他のグループに狙われる可能性あり?
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「うんうん、見込み通り、いい感じにこの学園も進化してきたね」
一条が満足そうに頷く。
「……会長はこうなることを予想されていたのでしょうか?」
幹部の一人が問いかける。
「そうだね。前々から話している通り、私はこの学園の成果主義教育は次のフェーズにいくべきだと思っている。
生徒個人レベルが自分たちの価値を上げるべく、切磋琢磨していた結果、確かにこの学園自体の『価値』も、それに伴う形で社会からも認められつつある。
ただ、知っての通り、近年、そこに頭打ちの気配が漂っているのも事実だ。
制度導入以来、右肩あがりだった入学希望者はここ数年は微増程度まで落ち着き、メディアへの露出も以前よりは減っているのが実情だ。
おそらく、世間から見て、良くも悪くもこの学校の特徴は『当たり前』になりつつあるということなのだろう。
時に、久遠君?」
「……はい」
「前提として、個々の生徒たちの目的は、部活、ひいては自身の『価値』上げることだ。だとしたら、我々生徒会の目的は何であるべきだと思う?」
「学園全体の『価値』の向上、です」
久遠は、間を空けずに答えた。
「その通り!と、するならば、この停滞は我々としては打破すべき課題となる。
その為に、まずは分散しはじめた価値を集約していくのは、必要な初手になると私は考えているのだよ」
久遠は問いかける。
「その為のトリガーが、エクイティファンド部、間宮彗だったと?」
——間宮に対しては、あえて深くは語らずに説明したものの、彼の処分については、久遠としても、正直違和感があった。
朝比奈たち女子生徒を守る為とはいえ、暴力行為に対して、何の処罰も下さないと言うことは、この学園があくまで教育機関であることや、厳格な「制度=ルール」を前提に、運用されている特殊な学校(例外を許してしまった場合に、制度そのものが崩壊してしまうリスクが、通常よりも高い学校)であることを考えると、非常にイレギュラーな処置に感じられた。
そこには、一条からの圧力あった。言い換えると、一条が彼を特別扱いしているようにも感じられていた。
「間宮君か……、彼には期待していたんだがね……」
すると、一条は、久遠が予想していなかったスタンスで話し始めた。
「確かに、M&Aの仕組みを確認してきた上で、この学園で形骸化してしまっていたM&Aというアクションを最初に起こした彼の功績は大きい。
……暴力行為を不問にしたくなるくらいにはね」
やはり、彼の処分は恣意的なものだったのか、そう思いながら、久遠は一条の話に聞き入る。
「ただ、その後がいけない。そこに投影されているスライドの通り、彼らのコンセプトは、一言で言うと『弱者の救済』だ。
もちろん、そういった草の根活動が重要な時はあるし、否定はしない。
だが、私はよりダイナミックな動きを期待していたんだよ。
その意味では、……少々尻すぼみ、という印象かな」
「確かに」、「まあ、その内どこかのグループに吸収されるでしょう」といった追従の声が聞こえる。
「……なるほど」
久遠は釈然としない気持ちで同意した。
「まあ、兼務している久遠の気持ちも、もちろんわかる。
君の方で上手く導いてあげて欲しい」
間宮や他のメンバーの顔が脳裏をよぎり、『多分、彼らの信念からすると、無理だろうな』と思いながら、久遠は黙って頷いた。
「そういえば、会長、」
次いで、久遠はそう切り出す。
一条がここまで久遠との会話に時間を割いてくれることは珍しかったので、この機会を逃すまいと考えていた。
……実は、久遠は以前より、一つの疑念を抱いていた。
それは、先日の暴力事件、一条がわざと嗾けたのではないか、というものだった。
もちろん、直接的に彼の指示の下、加害者の3年生が部室に乗り込んで行ったということはありえない。
その場合は、彼らが大人しく退学の指示に従うとは思えないからだ。
(余談だが、新英学園からの退学からの再起はかなり難しいものとなる。
「成果」創出に特化しているこの学園では、ほとんどの生徒がいわゆる「普通の勉強」をせずに、部活動に専念している。
そのため、他校への転入や大検の取得が非常に難しくなるためだ。
すなわち、この学園を選んだこと自体、生徒にとって、ハイリスクハイリターンの側面があるということだ)
ただ、——久遠は思考を進める。
例えば、部活からドロップアウトしない彼らを、生徒会の判断で、わざと退学にしていなかったとしたらどうだろう。
そういった、生かさず殺さずの生徒を数名残して確保しておく。
彼らの一縷の望みは、個人による部活株の売買による成果ポイントの獲得だ。
——そもそも、いわゆる「投資家モデル」というのがあること自体が、若干不自然な仕組みだと、久遠は考えていた。
実際のところ、部活株自体は、実際の市場と比べて、そこまでの「流動性」がない。
基本的に生徒たちは、自分たちの所属する部の株を持ち、その部活株の向上に専念するからだ。
そうなると、部活株の売買に伴って利益を得る機会は、実はそう多くなく、「投資家モデル」そのものが、かなり「成功しにくい」部類の、成果の狙い方となってしまうのだ。
そんな状況を意図的に作り出し、目的ときっかけが揃った際に、そういった八方塞がりの「投資家」たちに対して、間接的にそっと耳打ちをする。
「この機会を利用すれば、絶対儲かる」と。
すると、彼らは後先を考えず、何らの事件を起こす……。
何かあれば、それを理由に彼らを退学させれば、何も証拠は残らない。
結果として、生徒会は、リスクゼロで、本人たちすらそうと認識していない、「完璧な鉄砲玉」を有することになる……。
——全ては、久遠の想像だった。妄想といってもいい。
実際に、これがきっかけで、エクイティファンド部が立ち上がり、学園の再編が進んだのは事実ではあるが、風が吹けば桶屋が儲かるレベルで、因果関係が間接的すぎる。
ただ、一条ならば、そこまで計算してもおかしくないと思わせる、そんな底知れなさがあるのも事実だった。
「なんだい?」
一条が問いかけようとした久遠を、じっと見つめてくる。
彼の目は、不思議と光を反射しない。
まるで深く静かな井戸を覗き込んでいるような、暗く澄んだ闇。
深い水の底に吸い込まれるように、彼の瞳に自分の意思が沈んでいく……。
そして、一条が声を発する。まるで、久遠の頭の中を全て見透かしているように。
「久遠君。そんなことは、ありえないよ」
気づけば久遠は、
「……そうですね。大変失礼致しました、会長」
と頷いていた。
これまで、自分が考えていたことが何だったのか、ぼんやりと霞かかっていて、よく思い出せない。
「そうだね、久遠君。さあ、みんな、次の議題に移ろうか」
一条が、いつもの調子で皆に話しかける。
そのまま、その日の生徒会の打ち合わせは、終了した。
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