第二話 支配と新体制

 家に帰った僕は、今日のことを反芻していた。


 まずは、灯が立ち直ってくれてよかった。

 それに、みんなが僕の過去について引かずに、真面目に分かろうと努めてくれたことは、純粋に嬉しかった。


 その上で、改めて、今日の実質的な買収の提案について考える。


 久遠は、実務的には問題ないだろうと言っていた。それには僕も同意だった。


 昔、久遠と会話した文学部とSNS研究部の提携が進んでいく際に当たるであろう壁を指摘されたことがあったが、そういった株主構成の歪みを解決する手段として、灯と本条の提案は極めて合理的だ。


 文学部とSNS研究部のコラボは、アドバイザー部主導で進めていくことで、よりスピーディに判断ができるようになるだろう。


 また、今日の場ではあえて言及しなかったが、今後他の部活の買収を進めていけば、他の部活とのシナジーも相乗的に発揮出来ると思わる。


 さらに、朝比奈の「共鳴視」も背中を押してくれた。


 正直、ここまでのところ、怖いくらいに好材料しかなかった。



 ……ただ、僕は迷っていた。


 アドバイザー部が部活を傘下に収める。言い換えればそれはその部活を「支配」することと同義だとも思えた。


 それは、本当に僕がやりたいことなんだろうか?



 そんな悶々とした気持ちを抱えながら、仮に部活買収を行った時に、考えないといけないことをPCで整理していると、ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。

 どうやら叔父が帰ってきたようだ。


 僕は、PCを閉じて、叔父がいるダイニングに向かう。

 一人で考えても答えが出なさそうなので、叔父にアドバイスをもらうつもりだった。

「叔父さん、ちょっといい?」


 少し疲れた顔の叔父は、スーツのままビールを飲んでいた。

「お、どうした?珍しいな」


 僕は叔父に今日起きた出来事を話した。


 ちなみに、暴力沙汰の件は昨日共有済みだった、「なんで、そんなに気にしてるんだ?女の子を守るために力を使って何が悪い?」というのが叔父の意見だった。


 良きも悪きも思考がシンプルな人だ。


「……つまり、お前のアドバイザー部が資本参加のレベルで他の部活に手と口を出すのがどうなのか、ってことだよな? しっかし、次から次へとお前の学校は面白いな〜。

 やっぱり、俺も通えばよかったよ。あ、俺が高校の時はまだないか。」

 笑いながら叔父は続ける。


「どうせ、お前のことだ、自分が他の部活を『支配』するのが正しいのか、とか言って悩んでるんだろ?」


 ……図星だった。


「いいか、実際のビジネス世界の場でも、結構そう考えている人が多いんだが、みんな『買収』だとか『M&A』を重く考えすぎなんだよ。

 いつも言っているだろう?買収は目的じゃなくて、手段だって。

 今回のお前たちの目的はなんだ?」


「……文芸部とSNS研究部のシナジーを最大化すること」


「だろ? それで、それを実現するために、今の二つの部活はガナナンス上、ねじれの構造にあることや、部長の子の「経営者」としての資質といった課題があって、アドバイザー部が、もう一段、踏み込んだ入り込みをすることが解決の方向性としてあるってことだろ?

 これについては、彗自身はどう思ってるんだ?」


「……客観的に見ても、有効な一手だと思う」


「だよな? そしたら、さっきも言ったけど後は手段の話だ。『もう一段踏み込む』ための方法の一つとして、資本参加があるっていうだけの話だろ?


 もちろん、手段の話なんだから、逆に言えば、当然、他にも色々と方法はあるよ。

 例えば、お前が個人で各部活に入部するとか、アドバイザー部のアドバイスは基本的に従う旨を『個別契約』で結ぶとかかな。

 これらの他の手段はどう思ってるんだ?」


「……それも考えたけど、かえって歪みが大きくなると思ってる」


 実際の経営コンサルタントの職場でも、こんな風に「詰め」られるのだろうな、なんて思いながら叔父の話を聞く。


 ただ、叔父の口調は柔らかく、聞いていると自分の思考がクリアになっていくようで、それは、悪くない感覚だった。


「それなら、お前の中でもう答えは出てるじゃないか。……まあ確かに、一時期『ハゲタカファンド』って言葉があったくらいだから、お前の気持ちもわかるけどな。

 でも、実際のビジネスの場でも、もう死語だよ、死語。


 結局、動くのは人間なんだ。そして人間には心があるだろう?

 だから、大事なのは『手段』じゃなくて、『目的』なんだよ」


「……ありがとう、叔父さん。ちょっとわかってきたよ」

 僕の目的の一つは、弱い部活の価値を見つけ出して、全ての人の価値を証明することだ。その目的がブレてなければ、確かに手段は瑣末な問題なのかもしれない。


「ま、どんなやり方にせよ、お前ならきっと大丈夫だよ、自信を持ってやってみな」

 最後に叔父はそう言って、ビールに口をつける。


「ただ、……そうだな、一つだけ、気をつけるとしたら……」

 叔父が続ける。


「なあ、彗。『会社は誰のもの』だと思う?」


「……『株主』じゃないの?」

 僕は教科書通りに答える。


「その通り。

 だがなあ、俺みたいな仕事をしていると、正直わからなくなる時があるよ。


 例えば、俺の今やっているのは、とあるターンアラウンド、すなわち再生の案件なんだが、とても業績の悪い事業が一つあってな。

 それを改善するために、その事業の撤退を考えているんだ。もちろん従業員の方のリストラも含めて、だ」


 僕は叔父の話に聞き入る。これから、人ごとではなくなる話かもしれないからだ。


「もちろん、合理的に考えて、株主のことを最大限に考えれば、このリストラは正しいことだ。

 その結果として、全体の収支が良くなれば、結果としてその会社の『株式価値』は上がるんだから。


 ただ、現場で、リストラ対象リストや、実行に伴うアクションプランなんかを作っていると、思うんだよ。

 俺は誰の為に、何の仕事をしているんだろうか?ってな」

 今日、いつもにも増して、叔父が「疲れている」ように感じたのは、この辺りの心労もあったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、僕は叔父の話を聞く。


「そもそも、『価値』ってのは何なんだろうな。

 もちろん、M&Aの世界では、『バリュエーション』、企業価値算定という言葉があって、定量的に会社や事業の価値を算定できる、ってことに『なっている』。


 ただ、前に教えた通り、実際には、『のれん』と言われる実態のない価値や、『プレミアム』と呼ばれる株主からの目に見合えない評価なんかも、勘案や調整されて、最終的に『市場』で決まったものが、『価値』とされているのが実情だ。


 株価自体も、市場環境と呼ばれる外的な要素の影響をモロに受けるしな。


 ……何が言いたいのかって、『価値』という考え方そのものが、とても曖昧なものだってことだ。


 お前は、『自分の価値』を見つける為に、この学校に入学したんだろう?

 俺は、それを心から応援している。けど、それはとても難しい、茨の道だ。

 おそらく、どんな選択をしたとしても、お前たちには、これからも様々な困難や難しい課題が立ちはだかると思うよ。


 でも、絶対に諦めるな。

 考えて、考えて、考え抜いたその先にしか、答えはないんだから」


「……わかった」

 多分、まだまだ経験不足の僕は、全てを理解しているわけではないだろう。

 ただ、叔父が僕のことを信じて、応援してくれる、その事実だけははっきりと理解した。


 叔父は満足そうにビールを飲み干し、そのままソファで寝てしまった。

 


 そして、僕は部屋で一人で「考える」。

 叔父のアドバイスや、自分がどうしたいか、そして朝比奈やみんなの顔を思い返しながら。


 そして、決意する——




 ——翌日。


 部に集まったみんなを前に僕は宣言する。

「昨日の話なんだけど……受けようと思っている」


 どよめきとかあるかな、と思っていたが、みんな予想していた結果だったのだろう、ただ笑って聞いているだけだった。

「実際の実務的な手法については、追々久遠と詰めるとして、やっぱり『アドバイザー部』だと、実際の部活動内容と乖離してしまうので、部の名前も含めて、色々と考えておいた方がいい思ってさ。昨日、素案を考えてみた」


 そう言って、僕はみんなの前に紙を配る。そこには昨日僕の方で考えた、方針案をまとめていた。


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エクイティ・ファンド部(略称:エクファン部)の設立骨子


【部活名】エクイティ・ファンド部(アドバイザー部より改名)


【設立の目的】

・クライアント企業の価値最大化に向けた手段としての買収を行う

・従い、状況によっては、引き続き、アドバイスのみの支援も実施可能


【株主構成】

 間宮彗 51%

 朝比奈るい 10%

 久遠理沙 10%

 霧島灯 10%

 本条雪乃 10%

 その他 9%


【主要メンバー】

 部長:間宮彗

 副部長:朝比奈るい

 法務、経理担当:久遠理沙

 広報担当:霧島灯、本条雪乃


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「どうかな?株主構成の比率なんかは仮置きと考えてもらっても構わない。

 あと、再編のための持分比率の調整の目的もあるんだけど、それ以上に、純粋に灯と本条も、兼務で正式にこの部に入部してくれないかと思っているんだ」


「細かいことはよくわからないけど、要は私もエクイティ・ファンド部? の一員になって欲しいこと?

 もちろん、ウェルカムだよ⭐︎」


「私も、全然参加するよ。

 広報というのが何をやるのかはいまいちよくわかってないけど……。

 一生懸命、頑張るよ!」

 灯と本条はそう言ってくれる。


「いい形でまとまっていると思うわ。

 細かいところはこれから詰めるとして、基本はいいんじゃないかしら。

 この目的のところなんて、間宮先輩らしさが出ているわね。

 ちなみに、このエクイティ・ファンド部という名前は造語?」


 後輩のくせに、なぜか上から目線で久遠が問いかける。


「ああ。久遠は知ってると思うけど、実際にプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)ってあるだろ?

 これからやろうとしていることは、実質的には、その動きに近いと思うんだ。

 だけど、本来のPEファンドは、あくまでファンドの利益を最優先に、短期的なリターンとか再売却を前提とした活動が多いだろ?


 俺たちの目的はそうじゃなくて、『これから一緒にやる仲間たちみんなの価値の最大化』だ。

 だから、頭のプライベートを取って、似ているけど、少し違う感じにしようと思ってさ」


「……なるほど、間宮先輩のセンスにしては、いいんじゃないかしら?」

 お前が、俺のネーミングセンスの何を知っている? とツッコミそうになるが、一応、褒めてくれいているようなので、聞き流すようにする。


「……わ、私が副部長?」


「いや、朝比奈、お前は元々美術部の部長やってたこともあるだろうが。

 ……まあ、冗談はさておき、この部活のコアの一つは間違いなくお前の『共鳴視』になるんだ。

 副部長くらいの気概でやってもらわないと困るぜ?」


「確かに……。わかった。頑張ってみるわ」

 以前ひょんなことから聞いた、美術部で部長をしていた話が、朝比奈にとってはよくない記憶として、変な空気になるかと少し心配したが、いい意味で彼女にとって「過去のこと」になっていて、安心する。


「よしっ、じゃあアドバイザー部、改め『プライベートエクイティ部』始動だな!

 実は、既にこれまでの実績や噂頼って、相談したいって部活からの連絡が山ほど来ている。これから忙しくなると思うけど、みんな頼むぞ!」


 おーっ!みんなで声を合わせる。



 ——こうして、去年まではお互いの顔すら殆ど知らなかった僕らは、同じ部活の『仲間』としての歩みを始めることになった。









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