たった一拍、ずれていた
@chay00n
第1話
昼休みの教室は、いつもより少しだけ静かだった。
誰かがふざける声も、机を引きずる音も、すぐ隣の席で交わされる笑い声も──
全てが遠くにあるように感じられた。
僕は、窓際の席に座って、片耳だけにイヤホンをつけて音楽を聴いていた。
左耳にはピアノの旋律。
右耳は空白のまま。
だけど、それが僕にとっては一番心地よかった。
両耳を塞ぐと、世界との繋がりが完全に途切れてしまうようで、
片方だけを開けておくことで、「ここにいる」という実感が保たれる気がした。
──別に、深い意味があるわけじゃない。
ただ、そうしているだけだ。
けれど、その「ただ」が、今日だけは少し揺らいだ。
ふと、視線を教室の奥に向けると、
一人の女生徒が同じように片耳だけにイヤホンをつけて座っていた。
右耳にイヤホン、左耳は空白。
彼女のラベンダーがかった髪に沿って、コードがゆっくりと肩を滑っていた。
──月白とわ。
同じクラスにいて、名前は知っている。
でも、それ以上のことは、視界の端に残る印象と、
教室に流れるいくつかの噂でしか知らない。
「勉強ができるらしい」
「運動もできて、顔もいい」
「でも、誰ともほとんど話さない」
そういう言葉は、彼女の評価として、いつも決まって一言に集約される。
──「なんか、よくわかんない子だよね」
実際、僕もそう思う。
彼女の姿はどこか現実から一歩浮いていて、
何を考えているのかも分からない。
淡い光を帯びた髪は、窓の外から差し込む日差しを吸い込み、
無表情のまま、誰とも視線を合わせることなく、ただ空を見ていた。
感情が薄いわけじゃない。
ただ、それを“伝える”ということに最初から興味がないように見えた。
──まるで、誰とも関わる気がない人間のように。
でも、それでも、
僕とまったく同じように、
片耳だけに音を流している姿は──
あまりにも静かすぎて、少しだけ胸の奥をざわつかせた。
名前は知っている。話したことはない。
互いの存在に意味はないはずだった。
ただ、“似ている”と感じてしまった、その一瞬だけを除けば。
昼休みが終わるチャイムが鳴った。
彼女は何も言わず、何も変わらず、ただ教科書を取り出した。
僕もイヤホンを外し、ノートを開いた。
いつも通りのはずだった。
でも、それだけのはずの彼女の姿が──
なんとなく、目の端に残るようになった。
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