第4話
博物館に迷い込んでから一日が経とうとしていた。こまめに開いていたスマホの充電が10%を切ったのでじきに時間の経過も分からなくなる。
他よりは広まったような構造で、剥製やらマタギの衣装を着た人形やらが両面ガラス張りの展示で通路を二手に分けていた。妙な構造と空気感に「またバグに出くわしたか」とぼーっと考えながら歩いていた。展示のガラスの向こう側の通路に動く人影を見て、とっさに俺はかがんで展示物の陰に隠れた。
少し顔を出して向こう側の様子を窺うが、そいつはこちらに気付いていないようだった。展示のガラスが長く続いており、こちらに迂回するには時間がかかる。見つかったとしても逃げ切れる算段があったので、少し心に余裕が持てた。スーツを着た30代くらいの男だった。おどおどとした感じでいろんな方向に視線を散らしながらこちらに歩いてくる。ハット帽に丸眼鏡と、恰好が妙に古臭かった。例えるなら昭和の映像から出てきたくらいの年代感だ。
何かにおびえるようなあの雰囲気は、俺のここでの振る舞いに似ている。
俺は立ち上がって展示物の陰から姿を現した。。この男が、自分の姿を見てどんな反応をするのかが怖かった。人を視認したとたんに襲い掛かってくるかもしれない。迷い込んだもののふりをして来館者を襲うタイプの化け物化かもしれない。だが、どうかこの男が自分の仲間であってくれと願った。もう自分の精神が限界であることも感じていたから。
男の視線が右へなぐように流れ、冬用の暑い服を着た狩人の人形と木の間からのぞく俺の姿と目が合って―。
その視線は何の引っかかる物が無かったかのようにすっと流れていった。
「おい。おい!」
俺は焦った。男は道に沿って歩いていく。それを追いかけて俺はこちらの通路で大声をあげていた。人形だと思われて無視されたのかとはじめは思ったが、声を荒げても向こうは変わらず、おどおどと歩いている。
彼に気付かせようと俺は展示のガラスにめいいっぱい手を叩きつけて、ゾッとした。鳴ると期待していた音はならず、空を叩いたように何の衝撃も手に帰ってこない。ガラスを凝視しながら、手をついてその形を確かめる。ガラスはそこにあるのに,蹴り飛ばしても一切の衝撃も返ってこない。
「ふざけるなよ!」
物理法則がねじ曲がっている。
途中で見た電話ボックスの部屋を思い出した。外部とと接触できると思わせて、その手前で助かる道を取り上げるような。期待だけはちらつかせて、助かる道は与えないような。ガラスを隔ててこちらと向こうは繋がっていない。
「殺すなら早く殺せよ!向こうまで走って行ったって合わせないんだろ!どうせ!」
心が折れた。脱出したいと思っていたが、早く終わらせてほしいと今は思ってしまっている。
その瞬間、右の肩を後ろから強く掴まれて俺は驚いて身をはねさせ、ガラスにぶつかった。
目の異様にギラついた、狂気的な雰囲気の男が笑みを浮かべながら立っている。黒い革ジャンにジーンズで年は俺と同じくらいに見えた。俺は驚きでへたり込んでしまった。これだけ近づかれればもう逃げられない。
「館野……。館野ぉ!」
男が嬉しそうに話しかけてくる。館野は俺の名だ。
「は?」
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