春風の綴り箱

日下 紫乃

月の光、ひとひら


 グラスの氷が溶けて、静かな音を立てる。


 ピアニッシモ、ピアニッシモ、ピアニッシモ。

 今宵の月は、柔らかく、優しく、降りてくる。


 マンションの最上階。

 遮るもののないこの場所では、高くのぼった満月さえも、まるで自分だけのもののように思えてくる。


 月の光は、ひたひたと、音もなく部屋を満たしていく。


 カーテンを開け放ち、灯りを落とした部屋。

 それでも――月の光のおかげで、グラスに浮かぶ水滴さえ、くっきりと見える。


 満月の光はなぜだか、仮面を纏った妖精たちの舞を思わせる。

 月下に踊る妖精たち。

 その仮面はガラスでできていて、月の光を受けるたびに――きらり、きらりと、静かに表情を変える。


 優雅な旋律が、どこからともなく聞こえてくる。

 それはきっと、言葉にできないほど美しい楽器の音色。


 月の光と、旋律に誘われて、妖精たちは舞う。

 優雅に、たおやかに――ほんの少しの切なさをその背に乗せて。

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