第46話 ドンサール海にて5

 マーブルがどこか呆れた顔をしているようにも見える。

 沈没船のお宝探しなんてしている場合かと言いたいのだろう。


 ローゼリンデは後ろめたさを抱えつつ、その視線を無視した。

「仕方ありませんわ。対岸まで送っていただくためですもの」


 馬宿の馬房にマーブルを預け、ローゼリンデは再び船に乗り込んだ。


 潜水の得意な者たちで沈没船のお宝探しをはじめる。

 沈没していたのはかなり大型の船で、船体が横倒しの状態だ。クラーケンによって沈められたのか、ただの事故だったのかはわかない。

 積み荷だったと思われる木箱が、周りの海底にも散乱している。

 

 ローゼリンデたちは、そのひとつひとつをその場で開けていった。

 色鮮やかな魚たちまで興味深げに寄ってくる。

 

 木箱の中には、宝飾品やインテリア品が詰まっていた。

 予想を上回る数のお宝で溢れていて、ローゼリンデたちは目を見張った。

 すでに腐食していて使えない物もあったが、汚れを落とせば輝きを取り戻しそうな物もたくさんある。


 驚嘆のあまり思わずガボッと息を吐き出してしまい、ローゼリンデは慌てて海面に浮上する。

「お宝がたくさんありますわー!」

 船長に手を振ると、息を大きく吸い込み再び潜った。


 すぐ目の前のことに没頭してしまうローゼリンデは、夢中になってお宝探しをし、大いに貢献したのだった。


 大きな夕日が水平線に沈んでいく。

 ローゼリンデは港に戻る船の甲板からそれを見つめた。

 

 甲板では今回の労いとして、クラーケンの足を素材にした漁師メシが振舞われた。

 クラーケン焼き、クラーケンのガーリック炒め、クラーケンカルパッチョ。

 ローゼリンデは、もちろんどれもありがたく平らげた。


 大味で硬いかと思っていたが、そんなことはなかった。

 海の幸ならではの旨味が凝縮されていて、なんとも美味しい。

 

「あのクラーケンがこんなに美味しいとは……素晴らしい体験をありがとうございます!」

 いい土産話がまたひとつ増えたと喜ぶローゼリンデだ。


 船長が破顔する。

「嬢ちゃん、無理言って悪かったな。ありがとよ! 特別にこの中から好きなもん持っていっていいぞ」

 船長が指さしたのは、沈没船から引き揚げたお宝の山だ。


 そんなつもりはなかったローゼリンデだったが、ふと髪飾りが目に留まった。

 丸い宝石と花のモチーフがあしらわれている。

 吸い寄せられるように手に取った。

「きれいに洗えば使えるかしら……?」

 

「これが気に入ったのか? いいぜ。ついでにこれも持ってけ」

 その髪飾りと、隣にあった小箱を強引に押し付けられる。


 ここで押し問答をして船長の厚意に水を差すのも野暮だろう。

「ありがとうございます! 大切にしますわ」

 ローゼリンデは笑顔で受け取った。


 宿を取り部屋でひと休みしているうちに夜になった。

 窓の外から香ばしい匂いが漂ってくる。クラーケンを焼いているのだろう。

 クラーケン祭りで賑わう人たち声や、歌や演奏も聞こえてくる。


 後で少し祭りの様子を覗きに行こうか――ローゼリンデはそう思いながら、部屋を出て宿屋の女将さんのもとへと向かう。

「あの、これを洗いたいのですけれど……」

「なんだい?」

 沈没船から拾った髪飾りと小箱を見せると、女将さんは快く木桶とブラシを貸してくれた。


 水につけながら丁寧に汚れを落としていく。

 予想通り、髪飾りの宝石は真珠だった。柔らかく白い輝きが復活した。

 金具は白金だろうか、ちっとも錆びついていない。

 これが、かなりの高級品であることが改めてわかった。

 

 小箱のほうも、細かい宝石が散りばめられた豪華な装飾がほどこされていた。

 蓋がきっちり閉まっていて、振ると中からシャカシャカ音がする。

 海水ではない何かが入っていそうだ。

 

「ありがとうございました。助かりましたわ」

 借りた木桶とブラシを返し、きれいになった戦利品を女将さんに見せた。


「素敵だねえ! 花嫁さんの髪飾りみたいじゃないか」

「花嫁……!」

 雷にでも撃たれたかのようにローゼリンデの動きが止まる。


「お待ちになって。今日の日付を教えてくださいまし……」

 震える声で問う。


 女将さんから聞いたその日付に、ローゼリンデは目を見開いて戦慄する。

「そんな……!」

 

(どうしましょう、すっかり忘れていましたわ!)


 ローゼリンデは「花嫁」という言葉を聞いて、突然思い出したのだ。

 兄エドガーの結婚式が、明日に迫っていることを。

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