第37話 一方、勇者パーティーは1

 試練の祠をクリアした勇者一行は、馬たちが目を覚ますのを待ってから出発した。


「次の行き先は、精霊の森だな」

 勇者が地図を見ながらルートを検討している。


「このまま山沿いに北東に進むのが一番安全だろう」

 勇者の提案にほかの三人も頷く。

 試練の祠を危なげなくクリアし、レア装備であるユニコーンの盾も手に入れた。

 そのおかげで四人とも上機嫌で足取りが軽い。

 

 精霊はとても気まぐれな性格だと聞いている。

 人間よりもうんと寿命が長い分、かなり気難しくてひねくれた性格だとも。

 他種族と親交を深めたり与したりすることは、極めて稀なことらしい。


 勇者たちは、そんな手ごわそうな相手から「精霊の羽」をもらうミッションが課せられている。

 精霊の羽を入手できなければ、その次に向かう場所で苦戦を強いられることが予想されるため。

 次の目的地では船に乗らなければならない。

 その動力として必要なのだ。


 先代の勇者の旅を綴った『勇者伝』には、精霊の森にある泉の主から精霊の羽を受け取ったとしか書いていない。

 一番知りたいのは、どうやって精霊から気に入られたのか、どんな交渉をして精霊の羽を手に入れたのかであるのに、その肝心なところの記述が何ひとつないのだ。


「とりあえず行ってみるしかないよな」

 覚悟をきめ、五日かけて辿り着いた精霊の森は、強固な結界に覆われていた。

 遠目に見ていた時は、たしかにここに森があったはずだ。

 地図上でも広大な森が描かれている。

 それなのに――。


「先が何も見えないな」

 パラディンが首を傾げる。

 そう。まるで分厚い壁が立ちはだかっているかのように、先が何も見えない。


「この結界は、私には破れないわ」

「トラップではないから、俺にも解けないな」

 賢者と斥候もお手上げの様子だ。


「困ったな。どうすりゃいいんだ?」

 何気なく見えない結界に手を伸ばした勇者は、おや?と思った。

 

 手がスッと中へ入っていく。

「あれ? 見えないけど通れるのか……?」


 勇者はさらに前進する。

 透明な分厚い壁をするりと抜けるような感覚の後、突然目の前に木々が生い茂る森の光景が広がった。


「なんだ、抜けられるじゃないか!」

 振り返った勇者が息を呑む。

 そこに仲間たちの姿はなかった。

 それどころか、背後にも奥深くまで森が広がっているではないか。

 もう一度前を向いても、やはり森の中だ。

 

 高くそびえる木々の隙間から木漏れ日が降り注ぐ。

 風が葉を揺らすたびに影のモザイク模様が変化するものの、森の奥まで続く小道を金色に照らし続けている。

 まるで、こちらへ進めと勇者を導くように。


 どうやら自分だけが精霊の森に入れたようだ――ぐるりと森を眺めた勇者は、程なくして理解した。


「ひとりで交渉しろってことか。難易度が跳ね上がったな」

 苦笑した勇者は、導かれるままに小道を進んで行く。


 遠くでリリリ……と聞こえる高く澄んだ音はなんだろうか。

 虫や鳥の泣き声にしては神秘的で、ずっと聞き入っていたくなるような高音だ。

 勇者はその音に呼ばれているような気がした。


「惑わされているのか……?」

 重要な局面をひとりでどうにか乗り越えなければならない。

 勇者は奥歯を噛みしめながら進む。


 時間の感覚も距離の感覚もなくなり、どれぐらい歩いたかわからなくなってしまった。

 それでも足を動かし続けているうちに、突然視界が開けた。

 勇者が眩しさに目をすがめる。


 それが落ち着いたところでよく見渡すと、大きな泉があった。

 湧き水なのか、コポコポと音がして小さな気泡が底のほうから絶え間なく浮いている。


「勇者よ。精霊の泉によくぞ来たな」

 どこから現れたのか、勇者の目の前に息を呑むほどにきれいな女性が立っていた。

 右手の紋章を見せるまでもなく、勇者であるとわかっているらしい。


 たゆたう水のように常に輪郭がゆらめき、青い髪も波打っている。

 蝶の羽を何枚も重ねたような、透明度の高い虹色の羽を持っているということは、人間ではなく精霊だろうか。

 遠くで聞こえていたあのリリリ……という鈴のような音は、彼女の声だったとわかった。

 しかしその神秘的な音色とは裏腹に、彼女の言葉は実に辛辣だ。


「本来ならばこの泉は、精霊が認めた者と聖遺物を所持した者しか入れぬ場所だ。聖剣を持たぬおまえごときが、ここに来ることができたのは僥倖だと思え」


 勇者はドキリとする。

 背中の剣が聖剣ではないことがバレている。

 しかも精霊の居丈高な態度から察するに、勇者はどうやら「認められた者」でもないらしい。

 

「では、俺はどうしてここに?」


 精霊は、指さすのも嫌だといった風情で腕組をしたまま顎をクイッと動かした。

「その盾だ」

「ユニコーンの盾は聖遺物なのか」


 だから自分だけが精霊の森に入れたのだと納得した勇者だ。


「前にここへやってきた小僧と比べると、おまえはずいぶん幸運値が高いようだな」

 その小僧とは先代の勇者のことだろうか。

 先代は聖剣を抜いて冒険をした正統派の勇者だ。それに引き換え聖剣を抜くことすらできなかった自分のどこが幸運というのか――勇者にはさっぱりわからない。


「精霊の羽が欲しいのだろう? では、私の問いに素直に答えるがよい」

 彼女が嫣然と微笑んだ。

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