最強くノ一、前世では大魔導師、今世元暗殺者。最強の私は絶賛子育て奮闘中~三度目の人生こそ殺戮はタブー。最強レディは弟を慈しみ幸せを願う~
ぽんた
第1話
「クソッ! 探せっ、探すんだっ!」
「どうだ、いたかっ?」
「どこにいきやがったっ!」
「赤子とガキだっ。そう遠くには行くまい」
「そのガキが問題なんだ」
「しょせんガキだ。たかだかしれているじゃないか」
「そのガキに、おれたち全員してやられたんだぞ」
静けさの中の喧騒。
静寂満ちる中の嵐。
このまったく異なる世界に来る前から散々鍛え上げたわたしの耳には、遠くにいる連中のささやき声がはっきり聞こえる。いや。声だけではない。息遣いまではっきり聞こえる。
研ぎ澄まされた感覚は、けっして男どもには負けない。もちろん、大人どもにも。感覚だけじゃない。ナイフや剣や弓や槍や体術や秘孔術。そして、この世界では魔術と呼ばれる忍術もだ。他人を傷つけたり命を奪ったりする技なら、だれにも負けやしない。
胸元の赤子を見おろした。
胸の中で、スヤスヤ眠っている。この赤子は、わたしがどれだけ暴れても目を覚まさない。どれだけ動いてもむずがらない。
(胆力のある子だね)
王宮の広大な森の中。下調べしたルートは、わたししか知らない。大昔に使われた旧道。戦争やクーデター用に準備された抜け道なのだ。それゆえに忘れ去られてひさしい、いわば過去の遺物。おそらく、王族でさえ知らないだろう。
苔に覆われた崩れかけた石の壁にもたれ、胸元の赤子を背負おうとした。ここからは、地下水道に潜らねばならない。さすがのわたしも、赤子を胸に抱いたままでは難しい。
そのとき、赤子の瞳が開いた。
あざやかな月光の下、その色が魅入られるような翡翠色だとはっきりとわかる。
「きれいな瞳だね」
ガラにもなく、感動のあまりつぶやいていた。それほどまでに美しく、悲哀を感じさせたのだ。
その瞬間、赤子が笑った。その全力の笑みに、さらにガラにもなく胸が「ズキュン」ときた。赤子のちいさな手が、わたしの指を包んだ。
「おまえ、いい男になるよ」
笑ってしまった。赤子にたいして。そして、自分自身にたいして。
さっと赤子を背負った。このまま地下水道から逃げればいい。王宮の外へと逃れ、そのまま他国へ潜入するのだ。そして、そこで別人として生きていく。
胸元の赤子とともに……。
『わが主、どうする?』
黒色の狼のクロがすぐ脇に現れ、思念で尋ねてきた。黒い狼の姿をしている彼の正体は、いまは絶滅した竜の王だ。
前世で魔導師だった頃、あらゆる竜を使役していた。そして、生まれかわったいまは、この世界に転生する前のクノイチだった頃のスキルを用い、口寄せの術で彼らを呼び寄せることに成功した。
「やはり、このままでは消化不良よね。ひと暴れしてから逃げよう。シロッ、この赤子をお願い」
頭上の木の枝に向って命じた。もちろん、声量を落して。
『わが主は、あいかわらずだ』
頭上の木の上から、白いカラスが舞い降りた。彼の正体は、氷竜。ふだんは、カラスや小鳥に化けている。
胸元の赤子を頭上に抱えると、シロは赤子のおくるみを脚でつかんだ。と認識したときには、彼はすでに頭上高く舞っている。そして、そのまま王宮の外で待っているアカのもとへと飛んで行った。
アカは、わたしの愛馬。馬の姿をしているが、ほんとうの姿は炎竜なのだ。
「クロ、これでおもいっきり暴れられるよ。だけど、わかってるね?」
『殺すな、だろう? わたしからすれば、ムダな慈悲だがな』
「いいのよ。死ぬのは簡単。だけど、生きるのはつらくて苦しい。しかも五体満足じゃなかったら、わたしたちの世界では地獄にいるようなもの。死んだ方がマシってやつ」
『わが主は、悪魔だな』
「悪魔? 鬼よ」
クノイチだった頃、よく鬼だと言われた。
「いたぞっ!」
追手どもは、ようやく見つけてくれた。
「行くよ、クロッ!」
愛用のナイフを抜き放ち、クロとともに追手を迎え撃った。
何本ものナイフが緊張をはらんだ空気を蹴散らし、わたしを襲う。それらをかわすのに、おおげさな動作は必要ない。すべて紙一重でかわしていく。そのつど、ナイフは虚しく空を斬る。伸びたままの腕。無防備この上ない。その手首を愛用の小剣で斬り落とす。相手は、声もなく離脱する。その瞬間、他の手首を斬り落とす。その繰り返しだ。しかし、それも三本か四本が限界だろう。わたしが、ではない。小剣が、である。
クノイチの頃とは異なるこの世界で一番不便なことが、刃だ。この世界に来て、あらためて日の本の鋼のすごさを知った。というか、思い知らされたといっていい。この世界の刃は、使い物にならない。ここに小刀やクナイがあれば、もっと大勢の敵の手首を斬り落とせる。太刀ならば、手首どころか頭の天辺から一刀両断できる。
(ないものねだりしても仕方がない。とにかくいまは、すべての手首を斬り落とすのみ)
自分自身にたいして苦笑しつつ、さらなる手首を斬り落とした。
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