第一章 米相場初勝負! 下ヒゲを見破れ
江戸の日本橋近辺をぶらついていると、周囲の商人や町人たちが「米の値が下がりそう」「いや、明日は持ち直す」と口々に言い争っている。
こんな昔から“米相場”は活発に売買されていて、ローソク足の記録もあるとか。現代ですら勉強するほどの分析手法が、この時代にすでに存在するというのだから驚きだ。
「何やら面白そう……」
俺は自然に足を向け、噂に聞く“堂島米会所”に似た取引所的な場所へ向かうことにする。
途中、木札の相場表をチェックしていたところ、狭い路地裏で揉めている二人を見かける。一人は弱々しい小柄な老人、もう一人は大柄でふてぶてしい顔をした商人風の男。
「黙れ、このボケ老人! 値下がり必至の米など、今この場で安く売れ! 下げ相場が来るんだからな!」
「そ、そんな……昨日だって十分下がって、もう身入りがないんじゃ」
周りの野次馬も「あれは勘定奉行のお墨付きの問屋、越前屋の番頭だ」「強面で有名だ」と囁く。これは放っておけない。
「おやおや、そこまで言われて売る気になれますか?」
つい声をかけると、男はギロリとこちらを睨む。「あん? 誰だ、てめぇ」
俺は慌てずニヤリと笑う。「ただの通りすがりの相場師……かもしれませんよ。老人さん、その米のチャート、見せてくれませんか?」
老人が差し出した木札を受け取り、ローソク足を確認する。確かに昨日は大陰線を示しているが、下ヒゲが長い。出来高もそこまで増えていない。これは売りが一巡して、反発の可能性が高いパターンだ。
「見たところ、明日は反発の余地がありそうですね」
俺がそう呟くと、番頭は鼻で笑い、「へっ、また素人が偉そうな口を叩きやがる」と吐き捨てた。
老人は「もし高く売れるなら、ぜひ助けて欲しい」とすがるような目をしてくる。番頭は「口先だけでデタラメ言うな!」と怒鳴っている。
しかし、俺は現代で培った知識から「これは売りのダマシサインだ」と見抜いた。
「ならば勝負しようじゃないですか。もし明日、米の値が今より高くなったら、この老人の米はもっと高値で買う。もし下がったなら、俺が責任を取る」
番頭は驚いたように目を剥き、「いい度胸だ。じゃあ約束だぞ!」と捨て台詞を吐いて立ち去る。
周囲の野次馬がどよめき、「あの男、本気か?」「無謀だな」とヒソヒソ声を立てる。だが俺には確信がある。
「おじいさん、心配ないですよ」
「ほ、ほんとかい……?」
「ええ、ちゃんとチャートが教えてくれてますから」
こうして、江戸初日の夜にして、早くも俺は大勝負を背負い込むことになった。
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