葬送のレクイエムⅡ(外伝)──恋人たちの舞台裏

深月(みづき)

第1話 悩める乙女たち①──ひな鳥のため息

 ──今なら、誰も見ていない。



 コトリ……と、足枷あしかせ付きの少女メルは、宿の個室で引き出しを開けた。


 中に入っているのは、木彫りの杖だった。


 剣士アスターとの旅を始めたとき、優しい武器職人がくれた魂送たまおくりの杖──半ばからぽっきりと折れたそれを手にとって、ため息をついた。



「…………はぁ……」



 ひと月前──

 メルはこの交易町リビドの廃鉱はいこうで亡者と戦った。


 アスターの主君だったクロード王子が、死者をよみがえらせるための反魂はんこんの術をしようとして失敗し、洞窟内に亡者があふれたのだ。


 その亡者を食い止めるため、メルたちは決死の戦いに臨んで──

 ……杖はそのとき、亡者に


 幸いにも、平和な町中に亡者があふれ出す最悪の事態はまぬがれた。アスターもしばらくは護衛仕事をお休みしていて、だからメル自身、魂送りをする機会もなかったのだが──



(……。アスター、今日パルメラさんのところに仕事もらいにいくって言ってた……)



 ──それが、ため息の理由だった。


 アスターが隊商の護衛仕事を再開するのはいい。立ち直ってきている証拠だ。


 剣士が戦い、うたい手が亡者の魂を葬送する。

 それが亡者との戦いだった。


 だから──

 メルも決めなければならない。



 ──



 奴隷だった頃に押し付けられた役目しごとではなく、メル自身の意志で、アスターの護衛仕事を手伝うかどうかを決めるのだ。

 ……──でも。



(……)



 メルは、こうして引き出しにしまったままの折れた杖を出しては、時折それをなでている。……まるで自分の心も折れてしまったみたいだった。



 ──魂送りをすれば、また亡者と戦うことになる……。



 アスターは言うだろう。

 魂送りなんかしなくていい、と。

 普通の子どもとして生きていい、と。


 でも、自分は……──



「──……メル?」


「ひゃいっ!?」



 はっとして振り向いた。


 ふたりでとった宿の戸口──チュニックにズボンという出で立ちのアスターが立っていた。

 朝の素振りから帰ってきたところらしく、片手に剣をさげて、肩にかけたタオルで汗をいている。

 蒼氷アイスブルーの瞳が、けげんに陰った。



「どうした? ……何かあったか」


「ななな、なんでもないですっ」



 心臓が口から飛び出すかと思った。

 ついつい背中に杖を隠しもった。



「──なら、いいが……」



 言いつつ、アスターは距離をめる。

 ……全然納得してない。



「最近、おまえ何か──」


「あ。私、お買い物行ってくる……!」



 メルは見られないように杖をリュックに突っ込んで、あわただしく宿を出た。



「…………?」



 あとには、けげんな顔をした金髪の青年が残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る