第8話「転生希望者が全員メンヘラだった件について」2/2

その日の業務を終えた頃、翔真は自分のデスクに突っ伏していた。


疲れが、心にまで染みついている。


すると、がちゃりと冷蔵庫が開く音がして——


「はぁ〜……今日も働いたわ〜。ということで、アイスの時間♪」


女神・ルミアが、スプーン片手にアイスを片手で頬張っていた。


「……女神さま、ここ、休憩所じゃないんですけど」


「よろしい、私に指図するとは。で、今日は何人クビにしたの? メンヘラ量産機と化した現世に同情でもしてるのかと思ってたけど?」


ルミアは悪びれもせず、にやにやと翔真の前に腰をかけた。


「ま、アンタもやっと気づいたでしょ? “救う”とか“報われる”とか、そんな簡単なものじゃないのよ。人の魂ってのは」


「……転生って、誰かを幸せにするための制度じゃないんですか?」


「違うわよバーカ。あれはね、“世界の調整機能”よ。回復不能な魂はリセット、必要に応じては修正。そして、時々、優秀な魂が次の世界に何かを“残してくれる”。それが理想。でも、大半は……そうじゃない」


翔真はその言葉に、思わず息をのんだ。


「だからこそ、見極めが要る。そしてその一線を守るのが——」


「私たち、ってことですか」


ルミアはスプーンをくわえたまま、にやっと笑った。


「違うわよ。私はただの飾り。見た目だけ優雅な、広告塔。現場の本当の要は——あんたたち、事務方よ」


翔真は、それ以上なにも言えなかった。


でも、少しだけ、胸が軽くなっていた。


その日、翔真は初めて、転生管理局の仕事の重みを、ほんの少しだけ自分の中に抱きしめた気がした。


その翌日から、翔真は少しずつ、面談業務に対する向き合い方を変え始めた。


——感情に流されるのではなく、だからといって心を殺すのでもなく。

魂の記録を読むことは、その人の人生を“見届ける”こと。

たとえ転生を許可できなくても、その人生に一瞬でも寄り添うことは、決して無駄ではない——そう思えたからだ。


「……伊万里さん」


「なに?」


「またメンヘラ系です。けど、こっちの人は、転生後にカウンセリング対応を前提にすれば、安定化可能なラインだと思います」


伊万里は、端末に目を落としてから、やや驚いたように翔真を見た。


「補助資料の作成、完璧ね。判断根拠の項目も明確。いいわ、承認する」


「ありがとうございます」


「……やればできるじゃない。最初の頃に比べれば、だいぶマシになったわね」


「えっと、それ褒めてるんですか?」


「事実を述べただけよ」


伊万里は小さく咳払いをすると、くるりと背を向けて書類整理を始めた。けれど、翔真にはわかった。あれは少しだけ照れていたのだ。


そして、隣の席では、無口な天使・アルシアが、黙々と魂の波動をスキャンし続けていた。


その手前で、小さな妖精・ココが寝転がりながら、お菓子の袋をパリパリと鳴らしている。


転生希望者たちの人生は重たい。けれど、それを受け止めている仲間たちの存在が、翔真を支えていた。


(……今日も、たぶんまた、誰かの人生を見届けることになる)


だが、それが「終わり」ではなく、「始まり」を導くための選別であるなら——この仕事にも、きっと意味があるのだろう。


翔真は新しいカルテを開き、深く息を吸い込んだ。

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