路端の花に恋をした!
道楽堂
第1話 路端の花
校門の両脇に植えられた桜が新入生を満面の笑みで迎え入れている。
自分で言うのも何だが、俺はかなりモテる。それもそのはずで、目鼻立ちは整っており、偏差値は70台を下回ったことはなく、運動神経も抜群。芸術方面にも明るく、更には日本……いや、世界トップレベルの財産を保有する杉咲財閥の御曹司という、コレでもかというほど盛りに盛られた生まれをしている。生まれながらにして、何もかも手にしてきた。
しかし、一つだけ手に届かない存在がいる。
見た目も成績も運動神経も家柄も何もかも平凡。可もなく不可もなく。彼女はまさに、普通の女の子だ。こんな偏差値50の何の特徴もない県立高校に進学したのも、彼女のためだ。ありとあらゆる手段を使って、彼女の進学先を特定した。
ストーカー? 違うな。
「杉咲くん! 本当にウチに進学してたんだ!」
「かっこいい~! でも、なんで? 杉咲くん頭良かったよね?」
入学初日から俺の噂で学校中が持ちきりだ。まぁ、当然だな。噂されんのは慣れてる。今さら気にすることもな―――
「好きな人がいるとか!?」
なんで!? なんで知ってるんだ!? もしかして、花さんにもバレてる!?
「もう~馬鹿言わないで。杉咲くんに好きな人なんているわけ無いでしょ……。いたとしても……ねぇ?」
「言ってみただけじゃん」
おどかしやがって……。まぁでも、そうか、俺に『好きな人なんている"わけ"無い』か。
入学生代表の挨拶を済ませ、自分の教室に向かう。俺は一年三組で、肝心の花さんは…………。
「マジかよ」
一年一組。違うクラスだった。ま、そう上手くはいかないか。
「えー、それでは、皆さんのクラスを一年間担当する、田辺です。よろしく。早速だけど、委員会、決めちゃおうか」
こうなったら、同じ委員会に入って接近するしかない。花さんは中学三年間、学級委員だった。貧乏クジってやつだな。誰もやりたがらないから、花さんがいつも手を挙げてた。
なら今年も学級委員になる可能性が高い!
「まず、学級委員だけ―――」
「はいっ!」
クラス中の視線が俺に集まる。
「じゃあ、男子は杉咲くんね。女子は―――」
クラスのほとんどの女子全員が手を挙げた。まぁ、そんなことはどうでもいい。あとは花さんが学級委員になってることを祈るのみだ。
最終的にじゃんけんになり、
「よろしくね、珠薪くん?」
「あぁ……」
唐草といえば、中三からだったか、事ある毎に俺に何かとつけて突っかかってくる女だ。面倒な奴だが、より面倒なのは、唐草が「杉咲珠薪を好きだ」と公言してることだ。
そのせいで、俺と唐草は一部で付き合ってるなんて噂もある。
「じゃあ、学級委員はコレで決まりね。他の委員会決めるぞ―――」
あとは、適当に委員会決めが終わっていって、放課後だ。一週間後の学級委員会の集まりが答え合わせだな。
「珠薪くん、一緒に帰らない?」
「唐草……帰らん。言っとくが、俺はお前に興味がない」
「知ってるわよ」
ため息混じりに、俺は唐草をあしらう。
「だったら―――」
「でも、諦めないわよ、私」
「勝手にしろ」
「路野花さんには、負けないから」
今、唐草の口から出た言葉に耳を疑った。
「…………お、お前なんでソレを……!?」
ずっと周りには隠し通してきたつもりなのに。
「恋する乙女よ? 恋する人の事はなんでも分かるの」
「……そうかよ」
いわゆる、女の勘ってヤツか?
「とにかく、今日のところは着いてくから」
「何でだよ」
「勝手にしろって言ったのは、そっちでしょ?」
「そうだったな」
この日は何だかんだで唐草と帰ることになった。と言っても、最寄駅までだが。しかし、唐草といると何が面倒って―――
「ねぇ、見てあの二人!」
「やっぱり付き合ってるんだ」
「端から見てもお似合いだもんねー」
と、こういうことだ。
二人でいるだけでやれ付き合ってるだの何だのと邪推が入る。どこをどうしたらお似合いなんだか。
「恥ずかしい? 珠薪くん」
「はぁ。そんな訳ねぇだろ。ただ、本当でもない噂が続くのはいい気はしないな」
こんな噂を路野さんが聞いて、信じ込んだりでもしたら、どうするんだって話だ。
「いずれ、本当の事にするつもりよ」
「そもそも、お前な、俺に好きな子がいるって知りながら、なんで諦めねぇんだよ」
普通に考えたら諦める方が手っ取り早いと思うんだけどな。
「簡単なことよ。好きだから」
「そういうもんか」
「そういうものよ。じゃあ、私こっちだから、またね」
この日は、そのまま家路についた。
俺の家は財閥らしいと言えばいいのか、結構厳しい方だ。だから、親の目から逃れるために「一般的な生活水準を知るため」なんて方便をかまして、一人暮らし用の家を買ってもらい、アルバイトもするつもりだ。
かなり反発を食らったが、向こうが折れる形で通した。今日からは、この3LDKという狭い家が俺の家だ。
「お帰りなさいませ」
「あぁ、今戻っ―――」
使用人の
「お前、なんでここにいるんだ」
「お館様からのお申し付けにより、珠薪様のご新居にて、住み込みでお世話いたします」
「いらん。あと、いつもの
「このお家は住宅街の中にありますので、アレでは少々目立つかと。珠薪様の『一般の方の生活水準を知りたい』という目的の邪魔になり得るので、お目汚しとは思いますが、私服姿でお世話いたします」
たまったもんじゃない。これでは、実質的には親の監視下にいるようなものだ。
とはいえ、無理に追い返せる訳もない。立場上、やっぱり『お館様』の方が強い。高峰も俺の言葉より父の言葉に従うだろう。
「わかった。しかし、二人で住むには狭すぎるだろ。一人でも手狭だというのに」
「…………珠薪様はやはり世間知らずでございますね」
「なに?」
「まぁ、よろしいのです。コレからソレを学ぼうとしているのですから」
俺が世間知らず? はっ。生まれてこの方、分からなかったことなどない俺が、世間知らずとは笑わせる。
一週間後。今日はついに、学級委員会だ。さて、花さんは学級委員になっただろうか。
「残念ね、路野花さんは学級委員じゃないわよ」
「……なに?」
隣に座る唐草の言葉に思わず反応しまう。
「珠薪くんのお陰で、他のクラスも学級委員に立候補する女の子が多かったんですって」
「はぁ? 学級委員を決めるタイミングなんて全クラス同じだろう」
「ウチのクラスだけよ。初日は大体自己紹介だけで終わりのクラスが多かったんですって」
で、俺が学級委員になったという話が漏れ、他のクラスでも……ってことか。モテるというのも考えものだな。
「コレで、一年間……花さんとの接点はなくなったわけか……」
「どうかしらね?」
唐草はどうにも余裕な態度を崩さない。俺にはこの女の良さがいまいち分からん。
とにかく、花さんが学級委員じゃない時点で、俺の学級委員での目的は終わった。一度なった以上は、やりきるが、どうもモチベーションは上がらないな。
その日は顔合わせだけして終わった。委員会毎に代わる代わる仕事が振られる。学級委員の仕事は毎月の定例会への参加と自クラスでの各行事の仕切りがメインだ。
つまり、懸けるとするなら、この『委員会毎の仕事』をしている花さんを見つける。コレしかない。そして、もし花さんが所属していたら見つけられる委員会は、放送委員会か美化委員会、図書委員会……この辺りになるだろう。
放送委員会でアレば放送を聞いていれば分かる。美化委員会は花壇、図書委員会は図書室で仕事がある。
どちらにも一月通って、いなければ、他の委員会ということになる。そうなれば、いよいよお手上げに近い。直接一組に向かうしかない。
ストーカー? 違うな。
……合ってた。
アレから二週間。花壇にいる花さんを見つけた。
「やぁ」
「……えっと、杉咲くん?」
ようやく、君を見つけられた。もっと早く、出会いたかった。
「美化委員なんだ」
「あ、うん。そうだよ。……どうしたの?」
「えっと……」
ど、どうする……もう、言っちゃうか? いや、言っちゃおう! 俺からの告白を断る女なんていないはずだ。だ、大丈夫だ!
「は、花さんが……好きで……そ、その」
「えっ……」
上手く言葉が出ない。あとは、付き合ってくれと言うだけなのに、どうしても、その一言が、喉の底から出て来ない。
「杉咲くんもお花が好きなの!?」
「ん?」
花……? 花なんて興味無―――あっ!
「私も大好きなの、お花。だから今年こそは学級委員じゃなくて、美化委員がいいって思ってたの」
「あ、いや……」
「ん?」
い、言えない。なんだ? コレ。頭が混乱してくる。体も熱くなってきた気がする。
「……き、奇遇だな!」
「うん、なんか意外だね、杉咲くん。お花すきなんて」
笑顔がまぶしい。どうして、こんなにも飾り気の無い笑顔に心惹かれるんだろうか。
「そ、そうか?」
「うん。杉咲くんて、ちょっと怖いイメージあったから」
こ、怖い……イメージ……。
「そ、そうか……」
「あ! ほら、私ってそんなに目立たないから、凄い人ってだけで、勝手に怖いイメージ持っちゃうの」
「いや、いいんだ。……また、来てもいいか?」
「え? う、うん。いいんじゃない?」
ようやく、花さんに会えて、とにかく、一安心だな。あとは―――
「そうか! あ、あの、もし良かったら……ライ―――」
「花~?」
「あ!
「え、あ、あぁ」
連絡先、聞きそびれたな……。
俺はこの日、植物に関する本を書店で買って、家で勉強することにした。
「珠薪様、植物にご興味が?」
「え? あ、あぁ。なんとなくな?」
「そうですか。これまた急ですね」
「い、いいだろ、別に」
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