覇道の果てに、王座は泣いた

望蒼(もうそう)

第一話 群雲の時代

春の風が、燃え残った戦の匂いを押し流していた。

葛城の居城――深き山間に築かれた要害。


その中庭に残る、血と煤の痕はまだ新しかった。

斎の父、葛城かつらぎ 正親まさちかは討たれた。


名もなき将の手に。されど討たれた者の名は、この地で重く響いていた。

斎は、十七歳にして家督を継いだ。


父の死を悼む暇もなく、政と軍のすべてを背負った若き当主。


彼の胸には、ひとつの想いが渦巻いていた。

なぜ父は、死なねばならなかったのか。


誰が、何のために、この国を戦に引きずり込もうとするのか。


その夜。稽古終わりの静かな訓練場で、斎は稲生彰人と語らった。

兄のような、家臣以上の存在。父の代から仕えていた、信頼厚き男。


二人は語り合い、誓い合った。


「もし──俺が、道を誤る時が来たら」


「その時は、お前が俺を討て」


「それが “覇道”というなら、俺はお前の剣になろう」


焚かれた香がふわりと舞い、父の面影が遠ざかる。

そして、乱世の気配が確かに迫ってくる。


天は蒼く、地は裂け、民は嘆いた。

正しき者は討たれ、力ある者が栄える。それが、この国の定めであった。


-蒼玄帝国そうげんていこく-

その名のもと、数多の世代が太平の夢を見た。

四百年続いた秩序は、あるときを境に、音を立てて崩れ落ちる。帝の崩御。


後継をめぐる諍いは、血を呼び、火を呼び、戦を呼んだ。

やがて、大地は分断された。


旗を掲げる者どもは、正義を語り、覇を唱え、民を従わせる。

この地には、五つの強国がある。


それぞれが、一国一刀を掲げ、王を名乗る。


【北東・天義国】

平原に広がる広大な国。

正義を標榜する王、多岐川たきがわ 顕真けんしんによって治められ、民に寄り添い、法と理を重んじる。だが、優しすぎる正義は、ときに刃となって己を裂く。


【南東・白嶺海国】

潮風薫る港湾国家。

女提督・白嶺しらねが率い、海軍と商業で富を築く。しなやかで、冷徹で、何より美しく強い。波のように掴めず、だが誰よりも速い。


【南西・神代院】

霧に閉ざされた宗教国。

教主・天瀬あませは“神の声”を語り、その教えに従わぬ者を「罪」と断じて裁く。信仰は時に、剣よりも鋭い。


【北西・鬼門州】

火山と荒野の地を力で束ねる、武の国。黒部くろべ 景宗かげむねは剛力と覇気をもって敵を屠る。

ただ一言「貴様、生きるに値せぬ」と言えばそれが判決だ。


【中央・葛城領】

険しき山と谷に囲まれた要地。

そこに拠るは、まだ若き葛城かつらぎ いつき

策をもって乱世を読み、言葉をもって人を動かす。


その胸にあるのは、清き理か、あるいは冷たき野望か──



だがこの混迷の只中に、一つの灯が立つ。

その名を、葛城 斎かつらぎいつきという。


「──ならば、我が手で、新たなる秩序を築こう。

誰もが夢を見て、誰もが失った太平を──もう一度、この手に。」


これは、帝国の遺灰より起こった一人の男が、再び“王”となるまでの記録である。

正義ではなく、覇をもって統べる男の、生と死の物語。

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