007妖具と妖術



 斗真と柊は高校を出て、妖獣が出たという場所に向かっていた。


 「ここら辺で良いかな」


 高校から出てから人目が無い所で一旦、柊が止まる。


 そして、耳に付けてある小さいイヤリングを外す。


 すると、柊の体から魔力が溢れる。

 頭に『鬼族』特有の角が生える。


 「行くよ、星原君」

 「ああ」


 また走り出す柊と斗真。




 その妖獣は山の麓に出たらしい。


 隗隗高校は片田舎にあり、付近には高い山がいくつもある。

 高校から十分以上走れば、山の麓に辿り着ける。


 山の麓まで行くば、人工物は殆ど見かけない。


 如何にも妖怪や妖獣が出そうな場所である。


 斗真と共に、駆け足の柊はスマホを見る。


 「う~ん…役所からの報告だと、この近辺に妖獣がいるはずなんだけど」


 斗真も周囲に魔力が感じられないか、索敵をする。


 しかし、目的の妖獣は魔力を抑えているのか、感じられない。


 そこに、


 「カー!カー!カエデ!カエデ!」


 突然、柊の名前を呼ぶ声が…………空から聞こえる。


 そこには、一羽の烏がいた。

 だが、ただの烏ではない。


 足が三本あったのだ。


 「…………八咫烏」


 斗真はその烏…………では無く、妖怪の名前を言った。


 斗真が小学生の頃に嵌った妖怪アニメの影響で、図書室から妖怪図鑑を借りて、妖怪オタクのごとく多くの妖怪の名前や特徴を覚えた。


 斗真の記憶の中にある妖怪図鑑の情報から、あの烏は八咫烏と言う妖怪だ。


 日本神話によく登場する三本足を持った烏であり、初代天皇である神武天皇の案内人とも知られている。


 「墨岡さん!」


 柊が飛んでいる八咫烏に向かって、手を振る。


 どうやら知り合いみたいだ。


 「カエデ!ヨウジュウハ、ヒガシニイル!ヒガシヘムカエ!」

 「東ですね!ありがとうございます!」

 「キヲツケロ!」


 柊はお礼を言う。

 八咫烏によると、妖獣は東にいるみたいだ。


 そこに行こうとすると、


 「カエデ、ミナレナイカオガイルガ、ダレダ?」


 柊の隣にいる斗真に、八咫烏は疑問を持つ。


 「彼は私の仲間の星原君です」

 「あ…星原斗真です。よろしくお願いいたします」


 柊の紹介に、斗真が答える。


 「ソウカ、カエデヲタノムゾ」


 そう端的に告げた後、八咫烏は何処かに飛び去った。


 斗真と柊は、八咫烏の墨岡に言われた通り、東に向かった。


 「今のは、墨岡さん。普段は役所で働いていて、妖獣が出たら、こうして正確な場所を教えてくれるの」

 「学校以外にも妖怪がいるんだ」

 「そうね。隗隗高校だけでなく、この街全体に妖怪はいろんな所にいるよ」


 まさかの妖怪の街。

 学校だけでなく、街も妖怪だらけだったとは。


 斗真は内心、苦笑いする。




 東に向かい続けていると、


 「この反応!」


 ピン!

 柊の頭の上にある緋色の髪が、アンテナみたいに一本立つ。


 「間違い無い!この先にいる!」


 柊は確信を持って言う。


 「何、その髪?」


 斗真は上に真っすぐ立った髪の毛を指さす。


 「これは〈妖怪センス〉。妖獣が近くにいると反応するの」

 「『鬼族』に、そんな力があるんだ」


 斗真の妖怪知識には、鬼に〈妖怪センス〉という能力は無かったはず。


 「私の髪は"ちょっと特別"なんだ」


 柊は微笑んで、自慢げに自身の髪を触る。


 そうして進んで行くと、見えたのは沼地だった。


 見た感じ足を突っ込ませたら、膝まで沈みそうである。


 「………いた」


 柊は小さい声で、斗真に声をかける。

 斗真も相槌を打つ。


 前方の沼地に何かいる。


 夕方であり、日が余り差していないので、良く見えないが、沼の中を大きな何かが動いていた。


 「〈万能眼オール・アイ〉〈千里眼〉」


 斗真がひっそりとスキル名を言い、沼地を〈千里眼〉で見る。


 「………………あれは、マッドゴーレム?」


 斗真は柊に聞こえないぐらいの囁き声で、〈千里眼〉で見た物を言う。


 それは泥で出来た人型の人形の妖獣だった。


 目は一つ目であり、体は斗真達よりもずっと大きい。

 よく見れば、腕の指が三本だった。


 何をしているでも無く、沼地の中を上半身だけ出して、徘徊していた。


 あれに似たものとして、異世界にいるマッドゴーレムという魔物がいる。

 名前の通り、泥で作られた人形だ。


 マッドゴーレムも泥で作られており、一つ目を持っていた。


 そして、泥で出来ているので、基本的に物理攻撃が効かなかった。


 しかし、注意深く見ると、その妖獣はマッドゴーレムに似ているが、何となく異なる部分もある。


 マッドゴーレムは人に似ているが、人よりもロボットみたいな見た目だった。


 あの妖獣は差し詰め、マッドゴーレムもどきと言ったところか。


 「柊さん、沼地の中に…人みたいな姿の泥の妖獣がいる」


 斗真は簡単に、妖獣の特徴を柊に伝える。


 「泥田坊ね。沼地だから予想はしてたけど。厄介な相手だよ」


 泥田坊…泥で作られた一つ目の老人で、日本に伝わる伝統的なあやかしの一つ。


 北国にある翁が子孫のために田んぼを買い、耕作して亡くなったが、肝心の息子は田んぼを継ぐことなく、酒ばかり飲んで田んぼを売ってしまった。


 それをきっかけに、夜な夜な田んぼに現れて「田んぼを返せ」と化けて出てきた言う話が由来である。


 「私が前に出て戦うから、星原君はそのサポートをして」


 そう言ってから、柊はいきなり履いていたスニーカーを脱ぎ、靴下も取る。

 柊の綺麗な素足とスラっとした生足が露になる。


 何をするのか、斗真が思っていると…柊はバックから黒く塗られた底が厚めの草履を取り出す。


 草履からは魔力が感じられた。


 柊は素足で草履を履く。


 「その草履………昨日、履いていたね」


 柊が今、履いている黒い草履は彼女が緑鬼との戦闘中に履いていた物だった。


 「これは”妖具”。妖気が込められた武具のこと」


 異世界でも、魔具という魔力が込められた武具があった。

 魔具によって、様々な魔法が発動するのだ。


 因みに、斗真にも異世界で使っていた専用の魔具があった。


 妖具は、この世界で言う魔具に該当するものという事か。


 草履を履いた足を振って、調子を確かめた後、次に柊は人差し指と中指を立てる。

 あたかも、印を結んでいるように。


 そして、柊の口から言葉が紡がれる。


 「己こそ己の道なり。己の道を捨て、他者の道を進むか。自己を理解する己こそ、まこと得難き己である。己が悪の道の進めば、そこに待つのは己の穢れなり。己が善の道を進めば、そこに待つのは己の清きなり。清きも清からざるも己の選択次第。すなわち、他者の道を進むことならず」


 それは、とても長い言葉…………詠唱だった。


 詠唱が終了すると、柊から妖気が一気に放出され、彼女を中心に大きな魔力の半球状の壁が作られる。


 半球状の壁は斗真や柊だけでなく、妖獣の泥田坊も囲う。


 「これは〈フィールド〉」


 それは昨日、柊と緑鬼が戦闘していた場所を囲っていた〈フィールド〉だった。


 その〈フィールド〉は、入れはするが、外からだと中の様子を隠すための機能があった。


 「ふぃーるど……何それ?これは"妖術"による〈結界〉だよ」


 柊は首を傾げる。


 「妖術……」

 「詠唱を呼んで、妖気を使った術を行使する”妖術”の一つだよ」

 「魔法のことかな?」


 異世界では、〈フィールド〉などの魔法は詠唱をして、行使していた。


 柊が先程、やった妖術というのは、異世界の魔法の行使に似ている。


 「魔法かぁ。確かに、妖術は昔、魔法と呼んでいたそうだけど」


 なるほど、魔力をここでは妖気と呼ぶように、〈フィールド〉をここでは〈結界〉、魔法をここでは妖術と言うのか。


 「この〈結界〉は、妖獣を逃がさないようにするため」

 「つまり、妖獣の逃亡防止か」

 「そうね。それと、外にいる人が結界内にいる私たちが見えないようにする術も組み込まれてる。音も外には漏れない。妖怪や妖獣は普通の人には見えないけど、万が一があるから」


 ということは…この〈結界〉というものは、妖獣を逃がさないように、人知れず退治するための魔法……妖術か。


 「オアア!!」


 柊が〈結界〉を行使したことで、泥田坊はこちらの存在に気づく。


 「来るよ、星原君!」


 柊の声掛けに、斗真は身構える。


 

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