転校してきた女の子は、どうやら前世の彼女だったらしい。

浅木 唯

第1話

夢を見ている。


明晰夢と言うやつだろうか?地に足をつけて確かに立っているのに、空気が体に馴染まない。そんな違和感が俺の見ている夢だと分からせる。


今、俺の目の前に仲の良さそうな男女が座って話をしている。聞き耳を立ててみるが話し声は聞こえない。男女の表情は楽しそうで、嬉しそうで、だけどどこか儚さを感じさせる。まるで今にでも消えてしまいそうな。


ただまぁ、所詮は夢だ。あれこれ考えたって仕方がない。この二人に儚さを感じるのも、起きる時間が近づているだけのこともある。


「じゃあ、そろそろだね。また君と会える日を楽しみにしてるよ。」


そうと分かればこの明晰夢を満喫しようと思い、二人の傍を離れようとした時、女の子の声が聞こえた。


なにがそろそろなのか?二人の会話に耳を傾けてもそれ以降声が聞こえることは無かった。


すると、二人は徐ろに立ち上がった。そして、女の子が俺を見た、目が合った気がした。


そして、二人は目を見合せて足を一歩踏み出すと、俺の目の前から姿を消した。嫌な予感がして姿が見えなくなった方に駆け寄った。


「...きて!...起きて!遅刻するよ!湊翔みなと



二人の行方を確認する前に体を揺すられた。ゆっくり目を開くと、俺の上に幼なじみの立風たちかぜ楓歌ふうかが乗っていた。立風楓歌。ショートカットの黒髪をサイドテールにしてまとめ、八重歯がチャームポイントな人懐っこいボクっ娘だ。


「楓歌。重い降りろ。」


幼なじみが上に乗って起こしてくれる。そんな地球上の全男子が羨むような状況も、ほぼ毎日経験していれば、テンションなど上がらない。


「乙女に重いは何事だー!」


口ではそう言っているが、素直に降りてくれる。楓歌が降りると俺も体を起こして学校に行く準備を進める。楓歌を部屋から追い出して制服に着替えて階段を下りると楓歌が待っていた。


「早く!遅刻するよ!」


「へいへい。」


楓歌に急かされて母さんが行ってらっしゃいと見送ってくれているのを聞きながら家を出た。


「何回も言ってるけど、毎日起こしに来るなよ。」


「でも起こしに来ないと湊翔遅刻するじゃん。」


「しない。だいたい俺たちはもう高校生なんだから少しは節度を持ってだな。」


俺たちが高校生になってもう一年経つというのに、楓歌の距離感が一切変わらない。女子は中学生頃から人の目を気にするようになると思っていたのだが違うのだろうか。


「そう言われたから、ボクが湊翔を起こさなかったらすぐ遅刻するくせに何言ってんだか。」


「遅刻って言っても、五分くらいだろ。最初の授業には間に合ってるから問題ねえよ。」


「五分だろうが一分だろうが遅刻は遅刻だって言ってるの。はぁ、ボクは湊翔の将来が不安で不安で仕方ないよ。」


とてつもなくでかいため息をつかれた。言いたいことはわかるけど、まだ高二だし大学に進学することを考えればまだまだ時間はあるからなんとかなると思っている。


「はいはい。わかりましたよ。」


「反省してないでしょ。」


当然反省などするはずもなく、今日見た夢に話を変える。


「それより、明晰夢って知ってるか?」


「明晰夢?ってあれでしょ?あの、夢の中で夢を見てるって自覚するあれ。それがどうしたの?」


「その明晰夢を見たんだけど、なんか変な夢だったんだよ。」


「変な夢?追いかけられる夢みたいな?」


「いや、知らない男女二人が座って話してて、目が覚める直前、足を踏み出したと思ったらそこから消えたんだ。これってどういうことだと思う?」


「よく分かんないけど、消えたっていうのはただ湊翔の目が覚めただけで、思い込みなんじゃないかな?考えすぎだよ。」


やっぱりそうなのだろうか。俺には、あの夢を見た特別な理由がある気がしてならない。とはいえ、その理由が分からない以上考えても仕方が無い。


「そういうことにしておくか。」


「それがいいよ。夢は所詮夢だからね。」


楓歌とはクラスが違うので、教室の前で別れて教室の奥にある自分の席に座る。


「おっす。」


七沢ななさわおっす。今日も夫婦で仲良く登校か。羨ましいね。」


「そんなんじゃねえよ。ただの幼なじみだ。」


挨拶を交わすなり俺たちを夫婦だと言ってからかってくるのは、一つ前の席に座る逢沢あいざわすすむというイケメンだ。飄々としていて掴みどころのない奴だが女子人気はかなりのものらしい。


藍沢とは、中学からの付き合いで、俺たちがただの幼なじみだとよく知っているからなおタチが悪い。


「そりゃそうだ。お前は初恋だってまだしてない初心な男だからな。あの子可愛いとか思ったことないのか?」


「あるぞ。つうか楓歌は可愛いだろ。」


贔屓目に見ても楓歌は可愛いと思う。ただ、それが恋愛感情に繋がるとは限らない。


「どうした?」


反応を示さなくなった藍沢に聞くと、


「...オレ、七沢に男らしい感情があって安心したよ。」


身を手で覆って下手くそ泣き真似をしながら言われた。


「お前に心配される筋合いは無い。腹立つからそれ辞めろ。」


「悪い悪い。だったら後はそれを立風さんに伝えるだけだな。」


「なんで?」


「やっぱりオレ心配だよ。このままだと彼女の一人も作れない高校生活を送ることになるぞ。」


「それこそ心配されなくて結構だ。藍沢、お前じゃないんだから。」


その顔面と悪くない性格を武器に女子を取っかえ引っ変えしてるような奴とは違うんだ。俺だって彼女が欲しいと思ったことが無いわけじゃ無い。


ただ、どうしても人を好きになるというのが分からない。全く信じちゃいないし、小っ恥ずかしい話だが、運命の相手が現れるのを待っているみたいにな...やっぱり今の無し。無い無い。無いよ運命なんて。


「皆静かにしろホームルーム始めるぞ。」


担任の先生が今日の予定を確認していく。その途中、隣のクラスから歓声が沸き上がった。その声圧で学校が揺れた気がした。


「おい藍沢。なんであんなにはしゃいでるんだ?」


「知らないのか?転校生が来るらしい。」


俺に入ってくる噂は、大抵楓歌か藍沢から教えてもらうのだから、それ以外に知る余地は無い。


「なんだ。聞いてなかったのか。オレはてっきり立風さんから聞いてるものだと。」


「楓歌も知らなかったんだろ。」


「うーん...そうなのか?それとも、お前には伝えたくなかったとか?」


「なんで?伝えたくない理由なんて俺には思いつかない。」


伝えても伝えなくても、大した違いは無いと思う。すると、なにやら藍沢がニヤニヤしだした。


「理由ならあるんじゃねえか。例えば、転校してくる女の子がとんでもなく可愛いって噂になってるからとかな。」


ますますわからん。転校生が可愛かったらなにか良くないことでもあるのか?


だが、それはひとまず置いておいて、今はこいつのニヤニヤ顔に無性に腹が立つ。


「んぐっ...!」


俺が手を伸ばしてほっぺたを掴んでやると、変な声を出して腕を掴まれたので話してあげた。


「っはぁ...何すんだよ!」


「ニヤニヤしてんのがムカついたから、ちょっと暴力に訴えてみた。」


「訴えるな暴力で。つかさお前も早く気づいてやれよな。」


「何を?」


「朴念仁にも程があるってもんだよな。そりゃ苦労するぜ。」


「んだよ。今日のお前なんか変だぞ。」


それを言うと藍沢は、前を向いて授業の準備を始めてしまい、名前を呼んでも無視を決め込まれた。


「転校生見に行こうぜ!」


「いいな。見に行くか。」


昼休み藍沢に声をかけられて隣のクラスまで転校生を見に行くことになった。正直転校生とか興味なかったけど、噂のこともあってこの話題で持ち切りだったから興味が湧いた。


「どんだけ可愛いんだろうな!」


こいつは不純な動機な気がしてならないが、流石に初対面で手を出すようなことはしないはずだ。


「どれが転校生なんだ?」


「あの子じゃねえか?オレの知らない女の子だし。」


なんか気持ちの悪い言葉が聞こえた気がするが、藍沢が指を指した女子を見ると絶世の美女と呼んで差し支えないほど、容姿に優れた女子がいた。確かにあれ程なら噂になってもおかしくない。


ぱっと見てわかる特徴としては、銀髪でウルフカットなことくらい。


「でもなんかおかしくないか?」


「周りに人がいないからか?」


「そうだ。転校生ってのは好奇の的に晒されるもんだろ。」


言い方は悪いが、確かに藍沢の言う通りだ。中学の時も転校生が来たことがあったけど、その時は一人でご飯を食べているところなんて見た事がない。


「湊翔と藍沢君?わざわざどうしたの?」


楓歌が俺と藍沢を見つけて駆け寄ってきた。


「転校生が気になるってコイツが言うから見に来た。」


「オレだけのせいにするなよな。七沢だって気になるって言ってただろ。」


「あはは...まぁ、あれだけ噂になってたら気にもなるよね。それでどう?」


「どう?って言われても話してもないのに分かるわけない。」


「ふーん。そうなんだ。」


俺がそう言うと、楓歌は興味無さそうに言った。


「じゃあ、オレたちもう戻るな。」


「話しなくていいの?」


「見に来ただけだからいいよ。」


転校生を見るだけで教室に戻った。














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