第7話

 カラン。

 喫茶店の扉が開く音。その音と同時に、リボンにいた後輩たちが騒ぎ出す。

「博先輩だぁ」

「私服姿だよ」

 そんな声が耳に入ってくる。



「博!」

 美奈はそう言うと手を挙げた。その美奈に気付いて歩いてくる気配。

「美奈。お前イキナリ……」

 言葉はそこで途切れた。私の後姿に気付いたのだろう。何も言わないで、その場で立ち尽くしたようだった。

「博。こっちに来なよ」

 美奈の言葉に仕方なく、こっちに向かってくるのが分かる。


「……瑠璃。お前、なんでここにいるんだ」

「呼び出した」

 愛理はそう言うと博くんにそう言う。そんな愛理を見て、博くんはため息を吐く。

「この間のことだろ」

 椅子に座りながら、博くんが言う。

 目の前に座った、博くんの顔を見れなかった。どんな顔して見ればいいのか、分からないでいたから。

「瑠璃。お前に散々電話もメッセージもしたのに、何で出ないんだよ」

 と呆れ声で言ってくる。

 だってどうしたらいのか分からない。

 怖いんだ。



「瑠璃」

「……ごめん」

「なんで、瑠璃が謝るのよ」

 口を挟んだのは万理。

「だって瑠璃は何も悪いことなんかしてないでしょ」

「万理。お前は何を聞いたんだ?」

「瑠璃からは何も。愛理が博くんが他の女の子と歩いてたって」

「清水。お前、誤解を招くような言い方すんなよ」

 博くんは愛理に言った。

「だってそうじゃない」

「あいつは、繭子はクラスメートだ」

 その言葉に言葉が詰まった。






 ──繭子






 博くんは、あの子のことを名前で呼んでるんだ。名前で呼んでる事実に、ショックだった。

 そりゃ、美奈や万理のことだって名前で呼んでるけど、それとはまた違う。


 なんか違う。


 私は何も言えなくて、黙っていた。それに気付いた博くんがこっちを見た。

「お前は言いたいこと、溜めすぎ」

 顔を上げると、博くんが困った顔している。

 私と博くんはケンカをしたことがない。というよりケンカにならない。

 私が言いたい事を言葉にして出すことが、苦手だから。

 黙ってしまうんだ。

「お前の悪い癖だよ、ほんとに」

 ため息を吐いて、そして私の大好きなあの笑顔でこっちを見る。

「まったく。こいつらと何やってるのかと思えば……」

 呆れた様子で私たちを見る。

「お前らも瑠璃にヘンなこと、吹き込むなよ」

「失礼ね、博」

「そうよ。私達が何を吹き込むって?」

「瑠璃はお前らとは違うの」

 その笑顔が痛かった。

 真っ直ぐな瞳を、信じていられなくなるのが怖かった。だから、何を言っていいのか分からないの。

「こいつ、借りていくよ」

 博くんは立ち上がって、私の腕を掴む。そして私を立ち上がらせ、ふたり分の飲み物代を置いて、リボンを出て行く。その私たちを、愛理たちは手を振って見送っていた。




     🌸 🌸 🌸 🌸 🌸




「博くん。どこ行くの?」

 私の腕を掴んだままの彼にそう言う。でも何も言わないで歩いて行く。懐かしいこの町をこうして歩くのは、なんだか居心地が悪かった。

 暫く歩いて、着いたのは神社だった。

 この町に住んでいた時に、初詣にみんなで来たのも、高校入試の合格祈願に来たのも、ここだった。

 神社の境内に入って、社のところの階段に座る。私もその隣に座る。

 黙ってる彼がなんだか怒ってるような気がしてならなくて、怖かった。




「あのな……」

 不意にそう言葉を発したのは彼だった。

「お前はいつもそうなんだよ」

「え」

「言いたいことがあるなら言えよ」

 言いたいこと……。

 たくさんあるけど、それをうまく言葉に出来ない。それを分かってはいるけど、そう言わずにはいられなかったんだと思う。

「俺はお前のなんだ」

「え」

「お前は俺の彼女で、俺はお前のオトコだろ」

 真っ直ぐな瞳で真剣に言われると、顔が真っ赤になってしまう。

「いいか。言いたいことは言え。ちゃんと言葉に出来なくてもだ」

「……博くん」

「言ってくれないと、お前のことが分からなくなる」

 マジメな顔をした博くんの言葉に、頷くしかなかった。黙って、博くんは私の隣にいた。

 私が話し出すのを待っていた。




「……あのね、あの子は、友達なの……?」

 小さな声で言う私の言葉に、ちゃんと耳を傾けて聞いてくれる。それは昔から変わらない。

「友達っていうか、クラスメート。柏崎繭子」

 クラスメート……。

 まだ学校始まって1ヶ月。それなのに、名前で呼ぶ合う仲になってるんだ。

 それがまたショックだった。



「……彼女、博くんが好き……なの?」

 聞いてみた。彼女のあの顔は、そういう顔だった。私が博くんの彼女って聞いた時のあの目線。

 信じられないって顔してた。

 博くんは黙っていた。

「ねぇ……」

 彼の顔を見るのが怖い。ただの友達って言ってくれるのかと思った。

 でもその沈黙が私を不安にさせる。


 

 今まで、1年間。

 私の転校で学校が離れてても、こんなに心不安になることはなかった。

 でも高校になってからは違う。

 なんかとても不安。

 あの子に会ってから、更に不安になってる。



「……あの日」

 ポツリと話し出した。

 その彼の顔を見るのが怖くて、私は俯いた。

「あの日。あいつは俺に言ったんだ。付き合ってくれって」

(やっぱり……)

 私はその言葉を聞きたくはなかった。

 でも。

 聞かなくても分かってた。

 あの日、ふたりに会って。

 あの子の顔を見たら、それは分かってた。

 だから、私はあのまま帰ったんだ。どうやって帰ったのか覚えてはいないけど、あのままひとりで……。




「俺は……、彼女がいるって言ったんだ。でもあいつは信じてはくれなくて。帰りも一緒になって着いてきて」

 続けて話す彼の言葉に、耳を塞ぎたかった。でもそんなことは出来ないでいた。


「……でも。楽しそうに歩いてた」

「そりゃ、クラスメイトだし。あいつは面白いやつだし」

 言い訳をしているのかしていないのか、よく分からない言葉を投げかけられて。

 私はどうしたらいいのか、分からなかった。

「愛理があの店から出てきて、店の中にいるお前を見つけた時。本当に困ってしまった。だって、絶対おかしなことになるだろ」

 博くんは本当に困った顔をしていた。それは私に対してなのか、彼女にたいしてなのか。



(分からない)

 私は、博くんのことが分からない。



「お前、あの後どうやって帰ったんだ」

「……覚えてない」

「え」

「覚えてないの」

 そう言うしかない、私の手を握って、彼は小さく「ごめん」と言った。



 謝って欲しいわけじゃない。

 ただ、私が不安になってるだけ。私はこのまま、あなたの彼女でいていいのか自信がないの。

 だってあの子は、私よりとてもキレイで、私より物事をはっきりと言う子で。

 私なんかよりも!もっと素敵な子だから。

 だから、不安なの。



「……瑠璃」

 手をぎゅっと握っていた博くん。そのまま、私を引き寄せた。

「……っ!」

 言葉が出なかった。今までそんなことをしてくれたことはなかったから。

 どうしていいのか、分からなかったから。そして、彼は左手を私の頭に置いた。


「ごめんな。お前を不安にさせてるよな」

 その言葉は優しくて。

 とても優しくて。手を握っていた右手を離し、背中に持っていく。優しく、とても優しく。私の背中を摩る。

 彼の手はとても暖かくて、安心する。



「瑠璃」

 私を引き寄せたままの格好で、私の耳元で名前を呼ぶ。それがとてもくすぐったくて、恥ずかしくて。


 

 彼が身体を少し離した。

 そして私の顔をじっと見ていた。

 私はというと、恥ずかしさで彼の顔なんて見れなくて、俯いていた。

 そんな私の顔に彼は近付いてきていた。





「……!」







 声が出なかった。

 一瞬のことだった。

 彼の顔が近付いて来たのかと思ったら、私の唇にあったかい感触。

 彼にキスをされたんだ。




 自分でも顔が真っ赤になってるのが分かる。顔を上げる事が出来ない。恥ずかしさで彼を見ることが出来ない。

「瑠璃」

 優しい声が聞こえる。

 でも恥ずかしい想いが勝ってて、その呼びかけに応えられない。

「瑠璃」

 もう一度、彼は呼ぶ。

 そして、片手で私の顔を上げる。

「こっち、見ろよ」

「あ……」

 真っ赤になってる、私を見て彼は笑った。

「顔、真っ赤」

「……なっ!」

 言葉になってない、私を見てますます笑う。

「……てか、ここ、じ、神社!」

 必死で言葉を発した私に、彼は悪びれる様子もなく言う。

「いいじゃん。神様に見せ付けてやれば」

「もうっ!」

 こんなとこで……っ。

 神社でキ、キスなんて。

 不謹慎だよ。



 顔が真っ赤になったままの私。

 それを見て笑う、彼。

 これが私にとってのファーストキスだって分かってるの???

 なんで、こうなのよ。

 てか、私たち、あの日のことでちゃんと話さなきゃいけないんじゃなかったの???



 頭の中にハテナマークが飛び交っているのを知ってるのか知らないのか。

 彼はまだ笑っていた。

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