優勝トロフィーの経費削減
ちびまるフォイ
トロフィーである必要性
「うおおおお!! 負けるかぁーー!!」
100mの短距離を猛ダッシュ。
ゴールラインを独走で突き抜けて1着を勝ち取った。
「やった! 1位だーー!!」
出走後、上位のメンバーは会場の中央に呼ばれる。
表彰台タイムがはじまる。
「△△高校、〇〇さん」
「はい!」
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます!!」
「賞状と大会優勝トロフィーの授与です」
「はい!」
「では、ここのQRコードを読み込んで後で噛み締めてください」
「……ん?」
渡されたのは2次元コードが書かれている小さな紙だけ。
金ピカのデカトロフィーもなければ賞状もない。
「あの、これだけですか?」
「QR読み込むと、賞状とトロフィーが見れますよ」
「え、ええ……?」
スマホをかざしてコードを読み込む。
すると動画サイトに接続されて音楽が鳴りはじめる。
『チャ~~ラ~ララ~ラ~♪ チャララララ~ラ~♪
チャララララ~ラ~↑ラ~↓ ラ~ラ~ラ~ララ~♪
XX陸上大会100m自由形 優勝 △△高校〇〇さん』
テロップが流れる。
動画のコメントは祝福と困惑のコメントで溢れていた。
「なにこれ……」
優勝用に大きめの紙袋を持ってきたのはなんだったのか。
賞状もトロフィーもデジタルとは思っていなかった。
「あの! 現物はもらえないんですか!?」
「経費削減により動画で渡すようにしたんで」
「表彰を経費削減の対象にしちゃったんですか!?」
「でも実際、トロフィーも賞状もあってそんな嬉しいです?」
「嬉しいですよ!」
「当日は嬉しいかもですが、家に帰って飾るだけでしょう。
捨てるに捨てれないし。だったら動画の方がかさばらないじゃないですか」
「そりゃそうですけど……」
これまでたくさんの大会で優勝を勝ち取ってきた。
メダルやら賞状やらトロフィーやらは実家で大量に置かれている。
思い入れも特に無いものも多く、ただただ居住スペースを圧迫していた。
そんな状態でもやっぱり現物支給されたかった。
されると思っていた。
「かさばるのはそうなんですけど、やっぱり欲しいです!!」
「そういうのは事前に言ってもらわないと……」
「事前に!?」
「トロフィーを現物で欲しい人は事前予約が必要なんです。
じゃないとこっちも急には用意できないんですよ」
「そこはストックしておいてくださいよ!」
「トロフィー職人も今は人手不足ですから。
急に発注してもすぐにはできないんですよ」
「でもこんな動画じゃ、あんまりうれしくないですよ」
「まあ、現物がほしいなら次回からは事前予約してくださいね」
「優勝を事前予約するって意味わかんない……」
どんなに粘ってもその大会では賞状やトロフィーの現物支給はなかった。
発注はできるが届くのは半年後になるらしい。
半年後に半年前の大会トロフィーが届いても嬉しくないので断った。
それよりも自分は次の大会に気持ちを入れ替える。
「次の大会では絶対に優勝トロフィーをもらって帰ろう!!」
大会の開催前に公式ホームページにアクセス。
トロフィー事前予約ページで入力を進める。
「名前と学校名……出場種目と、あとは順位か」
本当に優勝できるのか不安だったが、
ある種の決意表明も含めて「1位」としてトロフィーを申請した。
「もう後には引けないぞ!!」
次の大会までの期間は人生で一番練習をした。
必死に走り込みを行い、イメトレをし、優勝トロフィーに思いをはせた。
そそりたつ金ピカのインテリア。
創作の殺人事件でしか用途のない金のかかったゴミかもしれない。
それでもあのオブジェを手に入れることで満たされるナニカがある。
「絶対に手に入れてやる!!」
そしてついに大会がはじまった。
『陸上100m 自由形 決勝戦を開始します!!』
出場選手がスタートラインに並ぶ。
誰もがすごく早そうな見た目をしているが負けてられない。
今日のために自分がどれだけ練習していたのか。
「今回はちゃんとトロフィー予約したから負けられない!」
スタートの音がなり一斉に走り出す。
練習の成果がいかんなく発揮され、グングン後続を離していく。
みるみるゴールラインが目の前に迫ってくる。
「やった!! これで1位だ!!」
もうあとわずかというときだった。
「あっ」
油断してバランスを崩し前のめりに転倒。
すぐに上体を起こしたがすでにビリ確定だった。
ゴールラインはあと数センチだったのに。
「そんな……」
100m決勝はまさかの結果で終わった。
大会終了後スタッフに呼び止められる。
「〇〇さんですよね?」
「え? はあ……」
「こちらへどうぞ」
「なんですか? ビリだから表彰台じゃないでしょう」
スタッフにより裏口に案内された。
待っていたのは優勝トロフィーだった。
「はい、事前予約していたトロフィーです」
「いやいやいや!! ビリだったんですって!」
「そうはいっても、こっちも発注しちゃったもので」
「トロフィーが嫌味にしか見えない……」
トロフィーには優勝ではなく、祝!ビリと書かれていた。
賞状も事前予約していたのでビリであることを表彰されていた。
「これをバネに次に活かせばいいと思いますよ」
「うるさいなぁ! もうほっといてください!」
「ちょっと困りますよ。ちゃんと受け取ってください」
「こんな辱めトロフィー、誰がいるんですか!!」
「受け取ってもらわないと困ります!」
「困るのはそっちだろ!」
「いえ、あなたにキャンセル料発生します」
「え」
「トロフィーと賞状キャンセル料が発生しますよ?」
「……」
「どうします?」
「……持って帰ります」
こうして実家の倉庫には不名誉なトロフィーと賞状が飾られた。
それを見るたびに思うようになった。
「やっぱり次から動画でいいや……」
ビリ表彰のトロフィーがその珍しさゆえに
プレミア価格で取引されていることにはまだ気づいていなかった。
優勝トロフィーの経費削減 ちびまるフォイ @firestorage
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