奇術師の弟子

月夜 イクト

第1話 奇跡の欠片

 陽が沈みかけた草原に、一張りのテントがぽつんと立っていた。テントの周囲には、色とりどりの旗がはためき、風に揺れるたびに鈴の音が鳴る。旅するサーカスマジカル・キャラバンの、それが今夜の舞台だった。


 「……風の流れ、音の響き、照明のタイミング……全部確認よし、と」


 テント裏でチェックリストを読み上げながら走り回っているのは、一人の少年だった。金髪を無造作に束ねたその姿には、どこかまだ少年らしさが残る。だが、その眼には強い決意の光が宿っている。


 彼の名前はシルク。団の雑用係であり、演目を持たぬ新米団員だった。


 「シルクー! ライトがズレてるよ、もうちょい右!」


 テントの上から声が飛んできた。そこには細身の少女、サムがロープに逆さまにぶら下がっていた。双子の空中曲芸師の妹のほうである。


 「お、おう! 今直す!」


 シルクは慌てて照明台に駆け寄り、ライトをサムの指示どおりに調整した。サーカス団の仕事は、演者だけでなく裏方も含めて、すべてが息の合った連携で成り立っている。


 「よし、それで完璧!」


 サムがニッと笑い、地面にふわりと着地した。そのすぐ隣に、地上曲芸を担当する兄のラムが立っていた。妹と違い、無口で表情も乏しいが、着実な演技で団を支える存在だ。


 「ありがとう、シルク。君のおかげでステージが輝くよ」


 そう声をかけてきたのは、仮面をつけた道化師、ジャグラーだった。彼の本名はゼロ。世界を旅して奇跡——マジック——を届ける、不思議な男だ。


 「おれ、ただ雑用してるだけだし……」


 シルクは恥ずかしそうに視線を逸らす。だがゼロは首を振る。


 「いいや。君がいなければ、この団は回らない。舞台裏こそ、奇跡の心臓なんだよ」


 その言葉は、どこか重みがあった。ゼロは笑いながら、ぽんとシルクの肩を叩く。


 「さあ、今日も最高のステージを見せてやろう」


 舞台の時間が近づいていた。観客のざわめき、照明の点灯、音楽の入り——すべてが一つに重なり合い、サーカスという名の魔法が始まる。

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