男女比が狂った世界の恋愛事情

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第1話 ミーナ①


 ミーナには、生まれて14年、ずっと抱えてきた小さな悩みがあった。

 

「はぁ……」


 村の中央広場で新婚夫婦を見かけた瞬間、口から深いため息がこぼれた。羨ましい、というよりも不思議な気持ちに襲われた。


 

「ミーナまたため息?そんなにため息つくと幸せが逃げちゃうわよ?」


 突然背後から声がして、ミーナは「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げた。振り返ると、母のナリアが両手を腰に当て、からかうような笑顔を浮かべていた。


「お、お母さん! びっくりさせないでよ!」


「あらあら、そんなに驚くほど集中して何を見てたの?」


「べ、別に……」


ミーナは顔を真っ赤にして俯く。

 だが、10年前に冒険者だった父を無くして以来、宿屋をほぼ1人で切り盛りしてきた女傑にはお見通しだったようで


「女の子から積極的にいかないと、いい人は他の子にとられちゃうわよ? あの子、ここ3年前からずっと口説いたらしいわよ」

 

 余計に恥ずかしくなった。14歳になったばかりとはいえ、村の女の子たちは15歳結婚する子も多い。けれど、私にはそんな気配は微塵もない。


「内気なところは私に似なかったわね」ナリアは笑った。


 男性の少ないこの世界では恋愛は女性が積極的に動かないといけない。ましてや人口がそこまで多くない村では内気なミーナに出番はなかった。


「わかってるってば……」


 口ではそう言いながらも、実際には、どうすればいいのかわからなかった。たまに町に出ても、見かけた男性に話しかけようとすると、言葉が詰まる。というか、視線を合わせるだけで赤面してしまう。


「私、先に戻るね」


それだけを言い残し、宿屋へ小走りで戻った。

 

 この村の女性たちの大半は、いずれ都会へ出て行き、男性との出会いを求める。

でも私にはそんな勇気はなかった。


 それでも、時々思う。自分にも「恋」というものがあるのだろうか?


――――――――――――


カランカラン!カランカラン!


 気持ちを切り替え客室の掃除をしていたミーナだったが思わず飛び上がった。

 

 これは緊急事態の時に鳴らすベルの音だ。

 

 確か前に鳴ったのは、酔っ払った魔法使いさんが唱えた魔法でカウンターの半分を吹き飛ばしたときだ。

 その翌日、土下座させられながらも何も覚えてないと言った魔法使いさんだったが、何も喋らないお母さんの顔をふと見上げて「邪神」と呟いたあの時以来だ。あれで私の反抗期は終わった。

 あれは怖かった。


 おそるおそる1階へと降り、階段の陰に身を隠し、そっと覗き込んだ。


 お母さんがカウンターで満面の笑みで対応していた。

 その先に、旅人らしき格好をした人物がいた。

 

 立っていたのは、茶色の髪に疲れながらも優しげな眼差しを持つ青年だった。どこか異国風の雰囲気を漂わせ、背中には念入りに手入れされた剣を背負っている。年齢は自分と同じくらい、いや、少し上だろうか。

 

 確かにこれは緊急事態だ。

最近は旅人も減っていた。特に若い男性の1人客となれば、ここ数年で初めてかもしれない。


「2階の1番奥の部屋をご案内します。ミーナ!まだきてないの?」


ミーナは深呼吸をして、階段から姿を現し、床を見つめたまま、早口で言った。


「こ、こんにちは……」


「ミーナ、トーヤさんを案内してあげて」


トーヤ——。ミーナは心の中でその名を繰り返した。聞いたことのない響きだった。


「こんにちは、ミーナさん。よろしくお願いします」


トーヤの声は優しく、丁寧だった。ミーナは勇気を出して顔を上げ、彼と目が合った。予想していたような軽蔑や面倒くさそうな表情はなく、ただ穏やかな微笑みがそこにあった。


「は、はい。こちらへどうぞ……」


 期待と緊張が入り混じる中、階段を上り、ミーナは自分の鼓動が聞こえそうなほど高鳴っているのを感じた。



 そして気づかなかった。母のナリアが早くも近所の噂好きな常連客達に、「若い男性の旅人が泊まっている」という話をしに行っていることに――。

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